今日は、他校との合同練習。
俺たち箱根学園が千葉県に赴いて、
県内の別の合宿場で練習することになっている。
「なんだ、真波。ご機嫌だな」
バスで起きてんのも珍しいしよ、と
隣の席になった黒田さんが、徐に声を掛けてくる。
「だって、総北ですよ♪」
そう、総北高校との合同練習なのだ。
笑みがこぼれて仕方ない。
待っててね、紬ちゃん。
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箱根学園のバスが少しずつ近づいているその頃、
紬と幹はタオルやドリンク、補給食の準備など、マネージャーとしての仕事に追われていた。
「紬ちゃんっ、そろそろ箱学が到着するころかな?」
幹ちゃんが屈託のない笑顔を向けてくる。
「う、うん…ソダネー」
私は、なんだか複雑な気分で答える。
…だって、箱根学園には、彼がいる。
私の穏やかな部活動生活に、波を巻き起こしてくるのだ。
いや、けどマネージャー業に徹していれば、
関わるタイミングはそうないはずだ。
そう、仕事に集中すればいい!
と腕を振り上げ堅く決意したその時だった。
耳元で、綺麗な声が聞こえた。
「きたよ、紬ちゃん」
「まままま真波くん!」
気付かないうちに背後に迫っていた彼に、驚いてたじろいでしまう。
これ持てばいーい?と大量のタオルの山を指指しながら微笑む。
「俺、手伝うよ。うちマネージャーいないし」
「えっ練しゅ」
「じゃあお願いしちゃおうかな♪私、先に行ってドリンク配ってきちゃうね!」
幹ちゃんはそう言うと、籠いっぱいのドリンクが入った籠を軽々と持ち上げ、
サッと部屋を飛び出してしまった。
いつからそんなに力持ちに?
「わっ、私も行くね」
「なんで?折角二人きりになれたのに」
この人はまた直球に。
こういうことを、誰にでも言っているのだろうか?
そんな事を考えているうちに、じりじりと迫りくる彼に、壁際に追い詰められてしまう。
「ねぇ、なんで逃げるの?」
近付けば、彼のボディラインと、華奢に見えるが私より高い身長も、鍛えられた身体も、
色っぽく感じて意識してしまい、ぎゅっと目をつむった。
「たまにしか会えないのに。紬ちゃんは嬉しくない?俺に会えるの。」
切なくて、甘い声で囁かれる。
「うれしくない…わけではないけど…」
あんな風に言われては、突き放すことはできるはずない。
けど、この人は王者・箱根学園の人気者。ファンクラブなんかもあって、
学校も互いに共学だし、誘惑も少なくないはず。
私は、他校のマネージャーで、彼の事だってあまりよく知らない。
彼も同じはずだ。大会や練習で顔を合わせて少し話す程度で、私のことをよく知らないはずだ。
私は深呼吸して、彼のペースにのまれないようにしなきゃと自分に言い聞かせる。
「逃げられると、もっと追いかけたくなる。」
更に距離を詰めてくる彼に、私はそれ以上近づかないでと肩を押さえた。
「…あんまり、簡単にそういうこと言わない方がいいと思うよ」
きょとん、という効果音が聴こえるような表情をする彼。
「どうして?」
「そういうこと言われると、みんな勘違いしちゃうから」
そう口に出しながら、胸がぎゅっと苦しくなる。
彼が普段どんな風にクラスの女の子と話して、笑っているのか、
私は知らない。
からかっているだけなんじゃないか?
という疑う気持ちと、
私の事を本当に好きなんじゃないか?
という信じてしまう気持ちに揺さぶられながら、
どんどん自分が彼を意識してしまうのも感じていた。
それが、こわい。
「紬ちゃん、俺、好きな子にしか、言わないよ。
君にしか、言ってないから。」
彼の、今までにないくらい真剣な表情。
強い瞳に、私の戸惑い顔がくっきりと映っていた。
「だから、そのまま受け取って?勘違いなんかじゃないから。」
はじめてハッキリと言われた。
嬉しい。つい、ときめいてしまう。
「なんで、私なの?他校だし…」
そう伏し目がちに返してしまう。
「確かに、俺たちはお互いの事、あんま知らないかもしれない。
けど、俺にとって紬ちゃんは特別。一番なんだ。」
肩を引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。
耳元に吐息がかかり、私の心臓は痛いくらいにドキドキしている。
「どうすれば伝わる?俺のこの気持ち。
今日だって、君に会えると思ったら、ワクワクして、
バスでもずーっと眠れなかったんだ。」
幸せそうで、だけど切なげな彼の声が、更に胸に響く。
「会いたかったんだよ、紬ちゃん。」
あまりにストレートに伝えられる言葉に、
こちらが恥ずかしくなって、固まってしまう。
絶対今、私の顔は真っ赤だ。
私の照れた顔を見て、にこにこと笑いながら、
私のおでこにこつんと自分のおでこをくっつけて、
「その表情、可愛すぎる。ずるいよ」
と、私の頬に触れたと思うと、
唇に触れるだけのキスをした。
「!!」
「じゅ、順番が逆!」
「あ、ごめんごめん。返事、聞かせてくれる?」
にへら、と何事もなかったかのように微笑む。
私もつられて、笑ってしまう。
「私、さみしがりやだよ?」
「うん。会いに来るよ。月1でも、週1でも。」
簡単に言うけど、箱根から佐倉まで150q。
って、彼にとっては簡単な距離なの?
「私、結構わがままだよ?」
「ははっ、ケンカしそー、俺たち」
そう言ってまた笑う。
何を言っても、楽しそうな未来を見せてくれる彼の背中に、
私も手をまわしてぎゅっと抱きしめた。
すると、嬉しそうに
「紬ちゃん、大好きだ〜」
と更に強く抱きしめられた。
天真爛漫で行動が読めない彼に、私はこれからも振り回されていくのだろう。
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名残惜しかったけど、紬ちゃんに戻れと言われて渋々チームに合流した。
「おい、真波。どこ行ってたんだお前。ロード練はじまんぞ」
黒田さんが声を掛けくる。
「はは〜スイマセン。ドリンク手伝ってきました」
ったく、とあきれ顔の黒田さんの後ろから、葦木場さんが
「まさか、総北のかわいい子と イチャイチャしてたの〜?」
と言ってきたので、「はい、イチャイチャしてました」と答えてしまう。
俺は、
「あと、紬ちゃんのこと かわいい とか言っていいの、俺だけなんで♪」
と一応牽制しておいた。
実は、やきもち焼きなんだよね、俺。
覚悟しててね、紬ちゃん♪
end