prologue 2



あの手この手で芥川君を起こし、なんとか放課後の部活に間に合うように連れてくる私を、「少しは役に立つじゃねーの」と跡部君が全然褒められている気になれない言葉で労ってくれるようになった。芥川君も私のことを覚えてくれて、あの可愛い笑顔で名前を呼んでくれる。芥川君の友人を中心に、話ができる部員の輪が広がっていく。それは喜ばしいことだった。

だけどマネージャー業務の方は想像以上にハードで、私に向いてないんじゃないかと何度も思う。二年の先輩マネさんに鬼のように厳しい人がいて、気が利かない、そうじゃない、一年早く動け!と言葉が飛ぶたび、同じ仮入部の誰かがひとりまたひとりと辞めていった。何の支障もないとばかりに引き留められることもなく。

「名前ちゃん、うちら他の部に入ろうかって話してるんだけど、どうする?」

ゴールデンウィーク二日目、練習を終えて立ち寄った駅前のレストランで、クラスメイト兼部活仲間にそう投げ掛けられた。さっき配布されたばかりの正式な入部届けが居心地悪そうに机上に横たわっている。

朝練、放課後、休日の練習に、怖い女の先輩。レギュラーにはレギュラー専属のマネさんがついていて、一年は憧れの跡部様との接点なんて早々持てない。跡部様とは幸運にもクラスメイトなわけだし、部活が同じでなくても話すチャンスはあるはず。

彼女達の辞める理由、辞めたい理由はよくわかった。
三人が私を見る。

マネージャーは向いてないかもしれない。先輩は厳しい。どの授業も進みが早くて、放課後も休日も練習となると、この先勉強についていけるか不安はある。みんなが辞めるのは寂しい。心細い。

「……私は、もうちょっと考えてみるよ」

頑張る決意なんてちっとも固まっていない。私が辞めたって、テニス部は滞りなく活動を続けられる。
でも、辞めるのは惜しい。
まだまだ小さな火だけれど、ここで頑張ってみたい気持ちがまさに芽生えたところだった。簡単に消えてしまう火なのかもしれない、それでも私には、見て見ぬふりが出来なかった。


五月頭の連休を終えて、授業が再開する日の朝練に出た一年生のマネージャーは私ともう一人。隣のクラスの青森 浩子だけだった。たった二人になった私たちはぱちくりと目を合わせて、苦笑いをする。
この状況に、先輩マネさん達は苛々しているようだった。厳しくも一生懸命教えてくれていたので、今さらながら、クラスメイトが辞めると言った時に一度も引き留めなかったことを申し訳なく思う。代わりに何人分も働きます、なんて安い約束は今の私には出来ないけれど、少しでも力になりたい。辛口の指導だけど、二年の鬼マネ先輩が、私はけっこう好きだ。

そんなことを、かいつまんで青森さんに言ってみた。

「苗字さん、変わってるって言われない?」

唯一の同学年マネとなった青森さんは、ハッキリとものを言う子だった。

「普通イヤだって。あの先輩のあんな言い方は。頭くる」
「青森さん!? 先輩に聞こえるって……!」

慌てる私を意に介さず、青森さんはけたけた笑う。変わっているのは青森さんの方だ、と思ったけれど言わずにおいた。





やたらと派手でお金のかかる学校行事が多い氷帝学園にも普通のイベントはあるらしい。今日行われる球技大会がその筆頭だそうだ。優勝したクラスの景品は豪華でも、基本的な運営は淡々と行われるのだと先輩マネさんが教えてくれた。
私は小さい頃から体を動かすことが好きで、体育の授業や運動会では活躍出来るほうだった。褒められたら嬉しくて、余計に張り切る。一年女子の種目、バレーボールはほとんど経験がなくって、経験者から見ればめちゃくちゃな動きだったと思うけど、必死で走ってボールに追い付いて、それを誰かに繋ぐことが出来た瞬間は爽快だった。よそのクラスの強いチームに当たり、準決勝に進めず終わったのは悔しいけれど、球技大会をきっかけにクラスメイトと打ち解けた。


初対面では別世界の人のようだと思った跡部君ともそれなりに話をするようになった。主に話すのは、芥川君の居場所や生態についてだ。跡部君に対して威圧感を覚えることもいまだある、でも気後れすることはほとんど無くなった。

「跡部って弟か妹いる?」
「いねえ」

後ろから投げ掛けた私の唐突な質問に、律儀にも体ごと振り返り、返事をしてくれる。
五月頭の席替えによって一度離れた座席が、六月の席替えでまた近くなった。今度は跡部の後ろの席だ。この頃から私は跡部君のことを跡部と、芥川君のことをジローと呼ぶようになる。ジローのほうは本人からそう呼んでと言われたからだけど、跡部のほうは、ジローが彼を跡部と呼ぶのが私に移ったのだと思う。呼び方を変えた私に跡部は一瞥をくれただけで特に何も言ってはこなかった。

「何でだ」
「意外と面倒見が良いから、いるかと思って」
「そうかよ」

俺様で高圧的で、口は良くないし人をバカにしたように笑う。平民のことなど何とも思っていない感じ悪い王様だと、私は勘違いしていた。……勘違いするだけの振る舞いはされたと思う。うん。
この二ヶ月ほどでひしひしと感じた彼のカリスマ性、存在感。キングだと言うに足る能力。統治する組織を見渡し、環境を変え機会を与え、人々を鼓舞する言葉を持っている。
でも、そんな輝かしく素晴らしいところばかりが彼の魅力ではない。

「お前はいるのかよ」
「いるよ。弟が一人」
「へえ、意外だな。一番下かと思ったぜ」
「意外は余計です」
「お前が先に言ったんだろ」

跡部は、なんでもない会話の中でムッとしたり、可笑しそうに笑ったりもする。鋭い眼差しに、時折優しさを滲ませる。ただの中学一年生とは決して言えないけれど、分厚い壁を感じて遠ざけてしまうのは勿体ない。

「おい、ジローを起こせ。行くぞ」
「ちょっと待って跡部、起きてジロー、部活部活」
「んー……もう食べられないC……」

机に突っ伏して夢の中を揺蕩うジローを揺さぶる。なんとも幸せそうに寝ているものだから起こしてしまうのは申し訳ないけれど、夢の続きは部活の後で見てもらうとして、彼の肩を大きく揺さぶる。

遅刻すんじゃねえぞ、と笑いながら教室を出ていった跡部の背中で初夏の空気が瞬いた。



2020/03/09

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -