prologue 1



一目見て直感する。


氷帝学園中等部への入学初日、同じクラスになんだかすごい人がいた。おとぎ話か、映画か、少女マンガか……ドラマチックなストーリーの主人公みたいな人。
跡部景吾は、私が今まで出会ったことのない、強烈なキャラクターの……住む世界が違う、まさにそんな人だった。

「跡部様は跡部財閥の御曹子で、すっごいお金持ちらしいよ。跡継ぎ息子だから、中1って言っても色々大変みたい」

どこから仕入れてくるのか、クラスメイトの女の子達は情報通だ。入学二日目、お昼休みは跡部くんの話題で持ちきりで、まるで一流レストランのような食堂で井戸端会議が繰り広げられる。私には提供できる情報が無いので、へえと驚いたり頷いたりするしかない。
ちなみに、この食堂は跡部君が作らせたらしい。食堂だけでなく講堂なんかも跡部君の……跡部財閥の手が加えられているそうで、すごいとしか言いようがない。
その跡部君は、入学早々テニス部に乗り込み、レギュラーの先輩達をなぎ倒して部長になったとかなんとか。ランチのハンバーグを食べ進めながら飛び交う話に着いて行くのは難しい。大体スケールが大きすぎて、ピンとこない。

「名前ちゃんはいいよね。跡部様の隣の席なんて、うらやましい!」
「え、あはは、そうかな」
「そうだよー。早く席替えしないかなぁ」
「5月になったらするでしょ」
「その前に部活部活。みんな決めた?」

急に話を振られてびっくりした。と思ったらもう次の話題に移っている。この子たち三人の会話のペースは本当に早い。東京の女の子の特徴なのだろうか。

私はつい先日まで神奈川県に住んでいて、中学に上がるタイミングで東京に引っ越した。あっちで通っていた小学校は極々一般的な公立で、ほとんどが幼稚舎からの持ち上がりだというこの環境に、しかもお金持ちばかりが通うと有名な私立に、これから自分は馴染めるのかと不安でしかなかった。
ひとまず近い席の女の子と仲良くなれればなと、お昼ご飯にご一緒させてもらえないか、勇気を出して声をかけたのがこの子達だ。

「決めた決めた」
「あたしも昨日決めた」
「名前ちゃんは? 何部があるか知ってる?」
「全部はわからないかも……」
「だよね。うち部活多いから」

みんな、部活決めるの早いな。一ヶ月くらいかけて決めていくものかと思っていたけど、一貫校だとそういうものなのかもしれない。

「ね。私らと一緒に見学行かない?」
「うちらテニス部行こって話してて」

全員テニス部希望なんて、仲が良いと気も合うんだなあ。……私も行ってみようかな。

「よかったら、一緒に行ってもいい?」
「うん、行こ行こ。希望者多いらしいから早めに行って顔覚えてもらお」
「そんなに人気なんだね、女子テニス部」
「え? 違うよ」
「女テニじゃなくて、男テニに行くんだよ」

勘違いをしていた私に、やめとく?と一人が声をかけてくれる。
女子テニス部であれば、体を動かすことは好きだから楽しめるかもと思ったけれど、男子テニス部……マネージャーだよね。務まるだろうか。希望者が多いのなら、私の席なんてあるんだろうか。
だけど、折角彼女たちが誘ってくれたから、ここで断るのは気が引けた。ひとまず行ってみよう。部活が一緒になれば、彼女たちと仲良くなれるかもしれない。そう期待して、早速その日の放課後、私は男子テニス部を訪れた。


前情報の通り、テニス部のマネージャー希望者は多かった。男子部員は全体で200人ほどいるらしく、それだって驚くほど多いけど、今年の一年女子だけで50人も希望者がいるというのだからびっくりだ。私を誘ってくれたクラスメイトを含むほとんどの女の子が跡部景吾目当てだったのも、……もう驚くことに疲れた。

二年のマネージャーさんがマネ業や一年のスケジュールの説明をしてくれるのを聞き、言われるまま仮入部届けに署名をした。ほとんど悩む間も与えられず、あっという間に回収されたけど、みんなが迷わずペンを走らせていたから私も慌てて名前を書いてしまった。
……まあ、仮入部だし。

そうして私は男子テニス部のマネージャーに一応なったけれど、隣の席の跡部君が私を同じ部活の人間だと認識しているのか、定かではない。入学以来二週間クラスでも部活でも彼と話したことはないし、跡部君は部長として男子部員を見るのに忙しそうだ。

「おい」
「……」
「おいお前」
「……」
「聞いてんのか? 苗字」
「……え? あ、私?」

だから、まさか私に話しかけているとは思わなかった。

「ああ」

朝練を終えて自分の席についたところで、跡部君に話しかけられた。初めて対面した彼は、まるで作り物のように整ったお顔を少し不機嫌に歪ませて、私を見下ろしている。私の反応が遅かったのが気に障ったのかもしれない。同じ中学一年生だというのにこの威圧感は何だろう。
……というか、私の名前、知ってたの。

「お前、マネージャーだろ。放課後はジローを連れて部活に来るようにしろ」
「え」

同じ部活だと認識されていたことにまず驚いたけれど、跡部君の指示にはもっと驚いた。
跡部君が名前を出したジローというのは、クラスメイトでありテニス部員でもある芥川君のことだ。授業中はほぼずっと眠っていて、朝練も放課後練習もよく遅刻してくる彼。そんな彼を起こして部活にも連れて行くとなると、私が遅刻してしまう。
私は部長の跡部君とは違い、仮入部の、マネージャー見習いの一人に過ぎない。練習に遅刻したら先輩に何て言われるか……。

「わかったな?」

私がなかなか首を縦に振らないからか、跡部君の眉間に一層皺が寄る。返事はイエスかハイしか許さないとでも言いたげな雰囲気に、仕方なく、わかった、と頷いた。
横暴だ。部長だか御曹子だか知らないけど、同い歳の男子になんで命令されないといけないの。

「アーン? 何か言いたそうな顔だな」
「……何もないよ」

言い返すと面倒なことになりそうなので、不満は飲み込むことにする。くそう、何よ。視界の端で眠たげに教室へやって来た芥川君をとらえて、私は跡部君の横を通りすぎ、芥川君に声をかけた。絶対に遅刻はしたくない。芥川君を叩き起こしてでも、引きずってでも、連れて行かなくちゃ。そう意気込んで「芥川君」と呼んだけど、

「んー……誰?」

なんて言われて、がっくりきた。きみは覚えてくれてなかったんだね……。
背後で、跡部君がくくくと笑う気配がする。振り返って見ると、小馬鹿にしたように口角を上げていた。



2020/03/03

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