lime light

西×女優南伊♀



「はいオッケーです!お疲れさまでしたー!」

監督の一声で、スタジオに賑やかな声がどっと戻ってくる。お疲れさまという、もう何度も聞いて、言ってきた言葉が飛びかうスタッフやカメラの間を縫って、自分の楽屋へと足を運ぶ。もちろんかけられた言葉には、同等に返していく。この世界のマナーだから。

「ロヴィーナちゃんお疲れさま!今日の演技すごく良かったよ」
「ありがとうございます!明日の撮影はもっといい演技出来るように頑張りますね!」

この上ない笑顔を向けてそう答えて、私はこのキャラクターを維持している。
可愛くて気配りができて、仕事熱心。完璧な女の子。
そんな完璧な人なんている訳ないのに、みんな私がそうだと信じ込んでいる。その証拠に、後ろで小さく聞こえて来る。

「ロヴィーナちゃんって、本当にいい子だよね」

誰も本当の私を知らないくせに。

その誉め言葉は鋭い矢じりとなって、心に新たな傷をつけていくのだ。そうしてまた、自身を捏造のキャラクターの奥深くに閉じ込める。
女優としてこの芸能界に足を踏み入れて、運良くすぐ人気も出て仕事も全うしているけれど、当時からずっとこんな調子だ。いい加減、狂ってしまいそう。

楽屋に入ってやっと1人になることができて、大きなため息が肺から押し出された。
今日のドラマの撮影で使った、モスリンたっぷりの可愛らしい桃色のワンピースを着ている自分が、楽屋の壁いっぱいに広がった鏡に映った。

…本当はこんな可愛い服似合う女の子じゃないのに

可愛い服に身を包む自分を見るのも、卑下するのも、飽きる程した。もう飽きた。だけど監督やプロデューサー達が、"もう1人の私"のイメージにぴったりな女の子の役を私に配属するから、結局何度も同じ事を繰り返してきたのだ。今まで告白してきてくれた人も、付き合った人も、本当の私を見た途端に、イメージと違うからと逃げ出していった。皆が好きなのは、私じゃなくて演じている私なんだと、何度も痛感した。
それ程、私にはギャップがある。
ため息がまた出る。

「あの…」

突然低い声が耳に届いて、驚いて顔を上げた。目の前の鏡に、男が1人映っていて驚愕した。振り向くと鏡に映っていた通り男がいて、疲れやストレスによる幻覚ではないと再確認。

「あ、すまへん…ノックしても返事あらへんかったから…」

彼の手には飲み物の入った紙コップ、首からは"スタッフ"と書かれた名札がぶら下がってあり、そして見ない顔…おそらく新人スタッフだ。

「…お茶、いります?」
「…あ、ええ。ありがとう」

そう言うと彼はにっこり笑ってお茶の入った紙コップを私に差し出した。お茶の冷たさが、紙コップ伝いに掌に感じられた。

「大変なんですか、女優さんて」
「…え?」

お茶を口に運ぼうとしたその時、何の前触れもなく彼は話を切り出した。

「撮影中、ずっと見てたんですけど…やっぱり可愛ええ人でも可愛ええ役を演じるんは難しいんかなーて…俺には簡単にこなしてる様にしか見えへんけど」

不思議な質問をする人だと思った。それと同時に、また自分を卑下した。私は貴方が言う程可愛い女じゃない。

「私は……」

変なの、彼の質問に答えようとしたら涙が出てきた。驚き焦る彼の姿がぼんやりと霞んで見えた。

「私は違う…可愛くなんかないし貴方が思ってるような女じゃない」

言ってしまった本心。晒してしまった素の自身。もう引き返せなかった。

「素直じゃないし我が儘だし!こんな可愛いお洋服だって似合わない…!」

涙も言葉も止まらなくて、ついにその場にしゃがみこんでしまった。彼はきっと困惑していることだろう。彼だって私に"可愛い"の印象を抱いていたはずだから。

「ほな、尚更ええやん…」
「え……?」

何のこと?と尋ねようとして見上げた彼の瞳は、"そのままの私"を拒絶するような瞳ではなかった。むしろ受け入れているような、そんな瞳。

「俺、そっちの方タイプや」










それはあまりにも斬新で真っ直ぐな言葉で。
随分と久しぶりに、演技じゃない笑顔を浮かべたような気がした。






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