それが答えのような

※非常に長いです



今日はいい日だ。
天気はいいし、朝の占いは1位だし、バイトの給料入りたてだし。
昨日から決めてはいたのだが、思わず外に飛び出したくなるような快晴に心を躍らせて買い物に出かけた。
だって俺、お日さん大好きやし?

地元で人気のショッピングセンターにでも行こうか。それとも先に食事をとろうか。予定は立てても立てても決まらへん。せやけどそれもまた楽しいねん!
噴水のあるお洒落な広場を通過する。日中は鳩が群がり子供連れの親子やお年寄りが多い広場だが、夜になると中央の噴水が綺麗にライトアップされて、恋人達も多く集まる場所だ。

ちょうどその噴水の近くを通った時、少し離れた所から大声が聞こえた。その声に驚いた鳩が一斉に飛び散る。鳩が全て飛び去り視界から消えると、声の方向に人が集まっているのが見えた。
中央に2人、そして少し距離をとって丸く囲むような群衆。遠くてよく見えないので、興味本位でそれに近づくと、状況を理解するのに時間は掛からなかった。

群衆の中央にいる2人は男女で、女性の方は…えらい、べっぴんさんや…。目を見張るような美人であった。まだ若くタレントかモデルか、テレビでしかお目にかけれないような整った顔に細い体つき。
それに比べて男性はというと、帽子を深く被っていて顔はよく見えへんけど…多分中年のおっさんやんな。全身古そうな黒い服を纏い、そしてその手には鋭く尖った物が握られていた。日光に反射し鈍く光る。
女性は男性に後ろから首に腕を回され拘束されていて、鈍く光るそれを喉元に突き付けられている。

「いいか、警察を呼んでみろ、この女の命はねえぞ!」

男は荒く息をたて、女性の喉元にぴとりと刃物をつける。女性は恐怖で小さくひっ、と悲鳴をあげた。…可哀相な位震えていた。
周りの群衆はというと、人質になった哀れな女性に同情するだけで、何も行動を起こさず見て騒ぐだけの野次馬たちばかりだ。

「道を開けろ!」

男は相当興奮していて、手に持つ刃物の柄の部分が汗ばんでいるように見えた。群衆が悲鳴をあげながらわらわらと端に寄り道ができると、男はなおも女性を道連れにそこを少しずつ歩いていく。男が向かう方向には一台の車が見えた。
…あれで逃亡する気なんや、あの人を連れて

「ほら黙って歩け!散れ!」

女性と群衆に怒鳴り付けて刃物を振り回し命令する男。恐怖に足がすくんでいるらしく女性は中々前に進まない。けれどそのおかげで彼らの歩くスピードはとても遅い。

…今しかあらへん。俺が、やるしか。

2人が目の前を通った刹那、刃物を持つ男の手を素早く女性から引き剥がし、その手を思いっきり蹴りあげた。
こんな時、サッカー部で良かったなと初めて思った。
飛んでいった刃物は、くるくると回転しながら噴水に小さな水の柱を作って消えていった。

「逃げぇ!!」

気付いたらそんな言葉を叫んでいた。それは頭で文字を並べて作った言葉ではなく咄嗟に、考えなくても口にしていた。
肩がびくりと跳ね、女性ははっとして男の腕から抜け出した。逃げ込んだ群衆の中にいたおばちゃん達に、手厚く介抱されたのを目だけでちらり見て、視線をまた男に戻す。
唯一の武器を無くし余裕を失った男は、今度はその体ひとつで襲い掛かってきた。てめぇ!と叫ぶ彼は鬼のような形相だったが、その割りには動きは案外鈍かった。サッカーボールを扱うように男に蹴を2、3発入れると、咳き込んであっけなくその場に倒れこんでしまった。
途端に周りから上がる歓声と拍手に、はっと我に返る。男は群衆の中にいた男達に取り押さえられたので、おそらくもう大丈夫だろう。あとは警察の到着を待つだけだ。
周りの男達はお前やるな!とかでかした!と背中をばんばん叩いて、まるで英雄のような扱いで俺を褒め讃える。子供までお兄ちゃんかっこいい!なんて言うてくれて。なんや、照れてまうやんか。

そういや…あのべっぴんさんはどうしたんかな…
くるりと体を回して彼女を探した。その美貌は人ごみの中だとなお目に入りやすくて助かった。
良かった…おったわ

未だ肩を小刻みに震わせていて、男から解放された安堵からか、ついに声を霞ませてすすり泣いてしまっていた。目から顎にかけて引かれた何本もの涙の跡が、どれ程彼女が自分に突き立てられた恐怖を我慢していたかを物語っている。
周りのおばちゃん達が、怖かったねぇ、もう大丈夫よと励ますように背中を擦って声をかけ続けていた。
なんとなく、彼女の事が気がかりで一声だけでも声を掛けたかったんやけど……ま、ええか。
きっと今は男性恐怖症になってるかもしれへんし、俺が近づいたところでさらに泣きだされたら困ってまう。
彼女の事はおばちゃん達に任せて、俺はそのまま踵を帰して、ショッピングを再開した。















数日後、あの出来事がニュースで小さく放送された。映像なしで、原稿読むだけの。もちろん犯人は逮捕されたし、彼女も無傷ですんだらしい。そのことにほっと胸を撫で下ろした。
だが、その事件は俺が被害者でもないのに、何度も何度も夢の中でリピートされた。1週間たっても鮮明に覚えてる、彼女の怯えた表情、涙、声を。名前も知らない彼女がどうも頭から離れなくて、バイト中にも何度も脳内を霞める。そのおかげでバイト中ミスをして、店長に怒られてしまった。

「はぁー、怒られてしもたなぁ」
ぐうっと伸びをして、片手にはコンビニ弁当が入ったシンプルな白い袋。今日の晩飯や。
偶然にもバイト先はあの出来事が起こった場所のすぐ近くで、帰りには必ずそこを通る。またあの事をふと思い出すが…またこれだ。心臓を掴まれたように胸の鼓動が早くなる。

例の場所をちらりと見ると、近くのベンチに人影があった。今は夜の9時半すぎ。カップルはちらほら見かけるが、1人でいるなんて。待ち合わせか、はたまた振られたか。後者やったらお気の毒や。

じろじろ見ては可哀そうだと思い、ベンチの前を何事も無いように過ぎ去ろうとすると、軽く息を飲む音と、カタリとベンチから立ち上がる音が聞こえて、思わず振り返った。

「…あの……」

「………あ」

俺の脳内に頻繁に現れては俺を悩ませる女性がいたのだ。おどおどと近づいてきてくっきりと見えたその綺麗な顔、間違いない。

「あの……私の事、覚えてますか……?」

「もちろんやで」

忘れる訳がない。何でかは知らんけど。

「てかこんな暗い時間帯に1人でおったん?また襲われるで?女の子さかい、気をつ…」

「私っ…!」

驚いた。一見おとなしそうなのに、俺の言葉を遮って少し大きな声を出したからだ。

「私、どうしても…もう一度会いたくて…ずっと……」

ゆるゆるを顔を下げ、だんだん声が小さくなっていったが、ギリギリ聞き取れた。伏し目になって、長い睫毛が広場の電灯により影ができて綺麗だった。

「でも…やからって1人でこんなとこで待ってなくても…」

「だって私、まだお礼言ってない!」

途端にばっと上がる顔にどきりとした。反動でなびいた髪がさらさらしてそうで、思わず触れたくなる。

「……ありがとうございました、助けてくれて」

彼女の目が少し、少しだけ潤んだ気がした。その硝子玉のような瞳には俺の顔が映り込んでいる。

「無事ならええんやで、気を付けてな」

ほな、と言って軽く手を振り踵を返す。すると、背後から軽く、くんと服を引っ張られ制止を掛けられた。

「…え?」

「あの…」

振り向いて視界に入った彼女の頬は紅潮していた。この暗がりで分かる程なのだから、明るかったらもっと紅いのだろう、トマトくらいには。

「もし、良かったら…その、」

もごもごとどもってしまう彼女は、先程の綺麗な顔よりは幾分幼くとても可愛らしく見えた。なに?と聞き返すと、彼女は握る服の裾を更にきつく握る。

「な、名前………とか、」

「何で…?」

「何でって……自分でもよく分からない、けど」

彼女の肩が小刻みに震え出す。ふいに彼女の口から小さく嗚咽が聞こえてきて、俺は慌てふためいた。彼女に向かって体制を変えれば、手が触れる。初めて触れた彼女の手はほんのり暖かいのと同時にとても細く感じた。
なんで泣くん、とそっと尋ねてみる。少し顔を上げた瞬間に涙が一粒零れた。それはそこらの水とはまるで違う程透き通っていた。ライトアップされた噴水の水よりずっと綺麗ちゃうんか。

「今日だって、ずっと待っててやっと会えたのに…なんだか変で…緊張して、少し怖いくらい…心臓が痛いのに、嫌じゃないの…」

しゃくりながら言葉を並べてゆく。文として成立してないものの、彼女の言いたいことはよく分かった。
やって、俺も同じこと思っとった。

「頭ごちゃごちゃ……色々わからなくなって…」

溢れる涙を擦っている手と細い肩に、そっと触れてみた。一瞬体を強ばらせるが、視線は俺の目から離さなかった。
ごくりと唾を飲み込む。

「お、俺な?俺は…ちょっと分かったで。い、色々やないけど分かった」

彼女が手を握り返してくる。
瞳は真剣ながらもとろんとしていて。そのオリーブ色の瞳は、まるで魔女の住む迷いの森のような深い色で、吸い込まれそうになる。

「やってこんなの……ひとつしかないやん」

彼女はかあっと顔を更に赤らめる。俺も真っ赤で、夜風が寒く感じる程。

だってきっと同じ思い。





つまりは、





そういうことで。





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