テーブルの上の殺し合い
「だからあ、別に変な物なんて何も入ってないって言ってるじゃない」
「いいや嘘だな。絶対信じらんねえ」
商談のためにやってきた寒い寒いこの広すぎる国。
冷えた木製のテーブルについて出されたカップの中身は、見た目こそ普通だが、脳を直接叩くような異臭を放っていた。
飲むな飲むな飲むな飲むな!!
ギルベルトの体内の警報ベルは壊れる寸前まで鳴り続けていた。
先程まで湯気を浮かべていたそれは、もうすっかり冷めてしまっている。それほど頑なに飲むのを拒んだ。
「お前は客に薬を盛るのかよ」
「やだなぁ、薬なんか入ってないよ」
「明らかに変な臭いしてんだけど」
「アーサー君のスコーン食べてもぴんぴんしてるギルベルト君なら大丈夫だよ」
この国であるイヴァンはにこにこと静かに微笑んでいる。はたから見れば優しそうな微笑み。しかしイヴァンという人間を知ってからでは、それはまさに悪魔の微笑みだ。
「それ、新種のウォッカなのに。飲まないんだ?」
「知るか」
「おいしいよ?」
そう言ってイヴァンは自分の分のそれをゴクリと飲んだ。おいしいのにと不機嫌そうに呟いて、視線をギルベルトに向ける。
「僕、おいしいって言って笑顔になるギルベルト君が見たいだけなのに」
「……」
「証拠もないのに飲まないって決め付けるのは酷くない?僕もウォッカも悲しいな」
しゅんと眉を下げたイヴァンを見れば、ギルベルトは頭をがしがしと乱暴に掻いて言う。
「あーもう分かったよ、飲めばいいんだろ!?」
ようやく折れてカップに手をかけたギルベルトを見て、イヴァンがにっこりと微笑みを浮かべた。ギルベルトはカップの中身を、アルコール度数が高いことを承知の上一気に飲み干した。
空になったカップをテーブルに置き、一息ついた刹那、喉を焼くような痛みがギルベルトを襲った。
毒を秘めた酒は、ギルベルトの体を巡り侵食し、苦しむ時間もなく彼の意識をあっさり奪ってしまった。
「眠ってても綺麗だね、君って」
カタリと椅子から立ち上がって、床に倒れこむ銀髪の彼の頬に滑り込むように手を伸ばす。
これで、ずっと君と一緒。
好きな人にはそばに居てほしいものでしょ?
ほら、僕、寂しがりやだから。