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「やっべ…どこだっけ…」

しまった、と心から思った。
入院してから今まで部屋から出たことはなく、このコンサートで初めて院内を歩いたのだが、それがいけなかった。
ロヴィーノは自分の病室の場所を忘れてしまったのだ。
部屋の番号だけならまだしも、部屋の階も部屋の雰囲気も、全く覚えていないのだ。

「何処だよちくしょー」

さ迷い歩く院内はどこもかしこも壁は白く、作りもほぼ同じで、何処が何なのかわからない。
よりによって自分の過ごしている部屋の場所を忘れるなんて!
思い出せない自分にいらいらしてきて、なんとなく一番近い病室にふらふらと入っていった。

「ここか?」

部屋の作りは同じだが、ベッド脇の荷物が自分の物と違い、ここは違う病室なのだとわかった。

「何処だよちくしょー」

そう誰も聞くはずもない独り言を呟いて踵を帰した時、声がした。

「…待って」

それは、鈴を転がしたように高く可愛らしい声で、ロヴィーノは足を止めた。声は部屋の奥のカーテンで仕切られたベッドにから聞こえた。

「なぁ、ちょっとこっち来てくれへん?」

ロヴィーノは躊躇したが、声の主もお願い!と頼み込む。ついにロヴィーノは折れて、病室の中へと引き帰した。

「開けていいのか?」

声からしてこの人は明らかに若い女性で、そう簡単にカーテンを開けるのはどうかと思ってそう聞いたが、彼女はええよと即答する。
ゆっくりカーテンを開けると、予想通り若い女性がベッドに寄りかかって座っていた。ウェーブのかかった短めの金髪に、吊り上がった大きな瞳が可愛らしい、誰もが認めそうな美人だった。

「まさかと思ったけど…ほんまに若い人やったわぁ」

彼女は俺の顔を見るなりにこにことそう言った。何て返せばいいのか困っていると、彼女から話を切り出してくれた。

「あっ、いきなりごめんな!うちベルって言うねん!君は?」

「ロヴィーノ、だけど」

「ロヴィーノ、ええ名前やね!」

「ありがとう…ところで、俺に何か用とかあったのか?」

「ええと…別に用って訳やないんやけど、若い人の声がしたから…ほら、ここってお年寄り多いやん?数少ない同年代の人がおるって、嬉しくなってもうてつい」

彼女の顔は常に明るく輝いていて、患者だということを忘れてしまいそうだ。

「俺も、同年代の人を見たのはベルが初めてだ。」

「ほんま?うちもやで!せやったら早い話、うちと友達になってくれへん?」

「友達?」

「うち、この体やから1人では何処にも行けへんねん。せやからたまに…たまにでええねん。こうして話相手になってもらいたいんや」

急に彼女の顔から楽しそうな笑みが消え、悲しそうな笑みへと化す。見ると彼女の傍らには確かに点滴があり、痛々しく手の甲にその針が刺されてある。

「…何の病気…?」

なんとなく問いてはいけない質問なんだとは薄々分かっていた。でも知りたかった。

「…分からへん。先例がない病気なんやって。治るのか治らないのかも、死ぬのか死なないのかも分からへん。」

それを聞いて、俺は体の奥からなんとも言えない感情が沸き上がって来たのを感じた。
ベルも俺と同じなんだ。
得体の知れない病気に蝕まれ苦しみ、誰にもこの辛さを打ち明けられないでいる。
俺は、俺ならそれを分かってやれる。ベルも俺を分かってくれる。
痛みを分かち合える友達の存在は、強い薬になる。

「…ロヴィーノ!?どないしたん!」

声をかけられて瞬きをしたら、ぼろりぼろりと雫が目から零れ落ちた。慌てて抑えようとすると、それは逆効果で止まらなくなる。

「…俺も…俺も異例の病気でっ…!記憶が無くなってくんだ…だから、ベルの辛さよく分かるし、悲しくて…!」

まるで子供みたいにいきなり泣き出したりして、きっとうまく言葉になっていなかっただろうに、ベルはありがとうと言う。

「じゃあうちもロヴィーノも、お互いに辛いの分かち合えるなあ…嬉しいなあ」

そう言う彼女の目にも、涙が浮かんでいた。

俺、友達ができたんだ。




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