幼稚園の先生
「せんせーさようなら!」
「はーいさよならー」
自分の膝の高さの丈しかない子供達に、玄関で靴を履かせながら挨拶をする。
子供が好きで選んだ仕事、念願の幼稚園の先生になって1年。
幸いにも子供達とすぐに溶け込むことが出来、毎日が楽しい。
好きな仕事で楽しめるなんて、俺はなんて幸せなんやろ!
ひょっとしたら世界一の幸せ者かもしれへん!
なんて浮かれてばっかりはならないが、やっぱり幸せだ。
「アントーニョ先生ー」
「なんや?」
ふいにくいっとズボンの裾を引っ張られ、視線をずっと下に降ろすと、くるんと一本だけはねた髪の毛が特徴的な少年が俺を見上げていた。
「フェリちゃんやん!どないしたん?」
この子はフェリシアーノ・ヴァルガスといって、フェリちゃんなんて呼んでいるがれっきとした男の子だ。だが女の子と見間違える程可愛くて礼儀正しくて、沢山いる園児達の中で誰よりも懐いてくれている。
「今日ね、マンマ忙しいんだって。だからね、今日は兄ちゃんがお迎え来るの!」
「へえ、フェリちゃん兄ちゃんおったんや」
「うん!ぼくそっくりだよ!」
短い手足を精一杯使って、体を揺すって楽しそうにフェリシアーノは話す。
こんな可愛い子のお兄ちゃんだ、きっと美人なのだろう。
「あ」
「おう」
フェリシアーノが笑顔に花を咲かせて駆け出した。そして体当たり並の勢いで抱きついたのは、制服を着た1人の男性。
まるで天からの贈り物のような整った顔は、フェリシアーノみたいな可愛いというよりは綺麗だった。
フェリシアーノの反対側にそっくりなくるりと丸まった一本の髪の毛、だがその色はフェリシアーノより少しばかり暗めだ。フェリシアーノの髪がチョコレート色なら、彼はビターチョコレート色という表現が適切だろうか。
暫くそんな彼に見とれていたようで、ふいに我に返ってはっとした。
「えと…フェリちゃんのお兄ちゃん?」
「はい、フェリシアーノがお世話になってます」
うっすら浮かんだ笑顔は本当に綺麗だった。世の中にこんなに綺麗な男がいてもいいのかと、神様は不平等やなと少しばかり妬んだ。
「アントーニョ先生、俺の兄ちゃんだよ!かっこいいでしょ〜」
フェリシアーノが彼の膝下にくっつき、俺を見上げて嬉しそうに話す。
普段お前は空気を読まないとか鈍いとかよく言われるけど、逆手に取るとある意味長所だ。
こんな時ためらいなく思った事を口にできる自分の性格に感謝した。
「かっこいいってか…綺麗やな」
その瞬間フェリシアーノのお兄ちゃんは目を大きく見開いて、ぼっと、それはもう火山が噴火する勢いで顔を赤くした。
そんな赤い頬も綺麗だと思ってしまった。
暫く肩をすくめていた彼は、挨拶をした後フェリシアーノの手を引いて帰っていった。
耳まで真っ赤で、後ろから見てもまだ熱が引いてないことが分かった。
「そういや名前聞いてへんかった…」
彼らが去っていった後で、大事な事に気が付いた。
まあ、また来てくれた時でいいだろう。
「頬っぺた真っ赤やったなぁ、りんご病やろか」
りんご病なんてどんな病気だったか忘れてしまったが、なんとなく紅潮した色がそれと似ていたような気がした。
いや、りんごというよりはトマト、やんな。