終着点で会いましょう





光のささない暗くて湿ったこの空間。
来たばかりの頃は汚くて汚くて我慢ならなかったけど、もうすっかり慣れた。私もこの汚い空間に等しいくらい汚い人間になったということかしら。いえ、汚い魔女かしら。世間は私を魔女と呼ぶけれど、残念ながらそうかどうかは私自身も分からない。
だって魔法なんて使ったことないんですもの。もし私が本当に魔女なら、これからその能力を発揮できるかもしれない。そしたら私はすぐにここから出ることを望むわ。

神様、私はあとどれくらいここにいるのです?ご存知でしょうに、教えて下さらないのは何故です?

手に繋がれた鎖を、古びたコンクリートの壁に擦り付けて削って描いた十字架越しにこちらからそう話しかけても、神様はここ最近私の耳にそのお声を届けて下さらないの。

次第に時間が意味をなくし、ここに入ってから何日経つのか、私にはもう分からなくなっていた。

夜は刺すように寒いのに毛布どころか長袖すら与えられなく、まともに眠った事はない。いっそこのまま眠って溶けてしまいたいと願ったけれど、それも叶わず今も生き延びてしまっている。
フランシス様は今頃どうしてらっしゃるかしら。私の事なんて忘れて、戻ってきたオルレアンに歓喜の声を上げているのでしょうか。そう思うと胸の奥が、針がぷつりと刺さったように一瞬痛む。
嗚呼、でもそれもいいかもしれない。好きですもの、ずっと。

キイと音が響き、もう見慣れた、眉毛が特徴的な男が入ってきた。

「ジャンヌ=ダルク、お前の火刑が明日に決まった事を知らせに来た」

「そうですか」

「そうですかって…言う事はそれだけか?」

「ええ」

人は誰しも生まれた瞬間から、いつか死ぬことが決まっているのだ。ただそれが、私の場合生後19年だったということだけ。何も驚くことはない。

「…そうか。じゃあ、最後に言いたい事はあるか?」

「言いたい事はありませんが、聞きたい事はあります。フランシス様は今どうしてらっしゃいますか?」

「あいつのことかよ」

「ご存知でしょう?」

「そりゃそうだけど…」

私の表情が余りに真剣だったのか、彼はがしがしと頭をかいている。私は彼を困らせてしまったよう。

「……あいつ、必死になってたぜ」

「…?」

「今朝も乗り込もうとしてきたから追い返したけど…叫んでた、お前を解放しろって」

ここに来て、初めて泣きそうになった。明日死ぬと知って、わっと泣き出さなかったのがおかしかったのかもしれない。

「…ありがとう」

「え?」

「これで私は心おきなく天に昇れます」

そう言ったら、彼はひどく驚いたように目を大きく開けて、何か言おうと口を半分開けたがすぐに閉めた。そしてそのまま何も言わずに立ち去った。

分からないのです。
彼が言い掛けた言葉は何か。
分からないのです。
生と死と、どちらが本当に怖いのか。
生と死は正反対のように見えて実は紙一重なのかもしれない。

人間は皆死ぬのを一番に恐れているけれど、実は死ぬのは簡単で、生きる事の方が辛いのかもしれない。
与えられた人生という旅を自分なりにどう歩くか。例えその中身がすかすかに空っぽでもぎゅうぎゅうに詰まっていても、旅の終着点はどこかに待ち潜んでいる。
私の旅は過激でしたよ、その分辛かったし、そして幸せだった。

フランシス様の頭の片隅に、私は小さく居れるだけでいいの。
朝見た夢を思い出すように、時たまふとそんな奴もいたなと、頭を霞めるだけでいい。

私は明日、長かったようで短かったような旅を、一足お先に終えます。
フランシス様、旅を途中で抜けてしまってごめんなさい。
我が儘を言うならばもう少しだけ、貴方と共に旅を続けたかった。
貴方の終着点はまだまだ見えない地平線の向こうでしょうが、いつかまた、貴方の隣で足を揃えて歩いてみたい。





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