時間の落とし穴





「ローヴィー!ロヴィーナー!」

先程から彼女の家の前で何度も名前を呼んでいるのだが、全く返事がない。明かりがついているから、中にいることは間違いなさそうなのだが。
母が自慢のパエリアを作りすぎたため、お裾分けしようと訪ねたヴァルガス家。早くしないと、せっかくのパエリアが冷めてしまう。

「…入るでー?」

躊躇がちに玄関の扉に手を掛けてみると、なんと鍵がかかっておらず、扉は中に入ろうとするアントーニョを拒まない。

小さい頃にお互いの家で頻繁に遊んだため、今でも家の作りや家具の位置は正確に覚えている。しかし思春期真っ盛りの近頃は、互いの家を行き来することはぱったりとなくなり、実はヴァルガス姉妹の家は久々なのである。だから入った玄関も、昔置いてあったガラス細工の動物の置物が無くなっていたり、靴の大きさやデザインが大きく異なったりしていた。

「ロヴィーナ?」

一応、また名前を呼んでみるが、やはり返事は返って来ない。ロヴィーナどころかフェリシアーナまでいないのだろうか。
もしかして、2人に何かあったのではないかと思うと、全身の血がさっと引いていくような恐怖が体を走る。
ぐるぐると2人がいない理由を考えこんでいると、何処からか小さくカタリと音がした。すかさず音のする方へ足を急ぎ運ぶと、今度は先程より少し大きく同じような音がした。立ち止まるとそこには扉があり、間違いなくここから物音がした。

「ロヴィーナ!?」

その扉を勢いよく開いて、驚愕した。

「え…」

ロヴィーナがそこにいた。それはいいのだが、どうやらアントーニョは開いた扉の先が何なのか、注意しなかったらしい。ロヴィーナの姿を見て、初めてそこは決して開けてはならなかった扉だったのだと気付いた。

「あ…」

むわむわと漂う生暖かい湯気の向こう、バスタオル一枚をその華奢な体に巻き付けただけのロヴィーナは、大きな目をさらに大きく開いて、羞恥と驚きでわなわなと震えている。
思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が、家中にびりびりと響き渡った。










悲鳴を背に大急ぎでその扉を閉めた。
開けてはいけなかったんだ。見てはいけなかったんだ。
一瞬だが、自分が見たロヴィーナは昔とは何もかも違っていた。
幼児体型を卒業した細くて白い体つきに露になった肌、少し膨らんだ胸元、くびれた腰。服の上からは分からないその変わり様に、ふつふつと熱いものがこみあがってきた。

アントーニョは顔を両手で覆って、へなへなとその場にしゃがみこんだ。顔が熱いのは、おそらく湯気の所為だけではないだろう。
時間が経っていくことを忘れていた。時間が作り出す、変化の落とし穴にすっかりはまり、抜け出すことを忘れていた。
時間は絶えず流れ続け、いつの間にか身の回りのものが知らず知らず変わってしまっていたのだ。
アントーニョは深くため息をつく。
昔から固く蓋をしていた彼女への感情が、今溢れようとしている。





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