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「ロヴィーナちゃん!」

「ア…アントーニョ様!」

王子の部屋にお茶を届けに行く廊下の途中、いつもなら部屋で待っているはずの彼が廊下を歩き回っていて驚いた。その上私の名前を呼ぶ。硬直した私に小走りで駆け寄り、にこにこと笑う。

「遅かったから何かあったんかと思ったわ」

「も、申し訳ありません、ちょっと台所で問題がありまして…」

彼は遅れたことに怒ってはいない様子だが、フランシスの所為で、アントーニョ様にお茶を持っていく時間が、いつもより少し遅れてしまった。たかがおやつの時間が5分遅れることでさえ、この城では大変失礼な行為なのだ。今や王族直属の使用人になっている私には責任重大なことであり、最悪解雇も考えられる。かといってフランシスだけの所為にするのもどうも罪悪感があり、私はただただ頭を下げて謝り続けるしかなかった。

「本当に申し訳ありませんでした!以後二度とこのようなことがないよう…」

返事が怖くて手と同時にカップがカタカタと小刻みに震える。ぎゅうと目を瞑って返事を待つと、帰ってきたのは優しい優しい言葉だった。

「全然気にしてへんよ。やって、ロヴィーナちゃんが悪いわけやないんやろ?」

言葉と一緒に頭に降ってきたのは、彼の大きくがっしりした、けれど暖かな手。白い三角布の上を右から左、左から右へとゆっくりした手付きで撫でる。
また、あれだ。ドクリという心臓の音が自分の中で響き渡った。

「そんなことより早よ、部屋行って話そうや。ロヴィーナちゃんともっと話したいねん」

彼は私の手からひょいとおぼんを取り上げると、頭を撫でていた方の手が私のそれを掴んだ。
引っ張られる感覚に、体が少し傾いて、本能で自然と足が一歩を踏み出す。
頭で考える余裕なんて無かった。彼に…そう、手よ。手を引かれて。ついていく他に何か出来ることなんて私にはある?ついていかないなんて選択肢はある?
彼は王子なのだから、彼の願うもの、望むものは全て叶われるべき。彼がそうしたいと言ったならそうしなくてはいけないの。今だって同じ事。彼が私と話がしたいと言うから、私は話すの。彼が私の手を握るから、私は離さないの。
でも、決して嫌々やってる訳じゃない。そこには私の願望もあった。
私が、この繋がる手を離しなくない気持ちにかられていた。
その証拠に、彼と手を繋いでいる手がじんわりと熱を持って熱い。でもその熱ささえ私の心を謎の嬉しさに浸していく。

王子におぼんを持たせてしまうなんて、使用人としてはしてはならないこと。私が持ちます、と言わなくてはならないのに、何故だか声が擦れてうまく出なかった。
やっとの思いで喉から絞りだした声は、2人の足音に擦れて消えていった。

彼の部屋に入る前に、背後で誰かが小走りした音が聞こえたような気がしたけれど、振り返った時にはもう扉は閉まってしまっていた。







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