欲深いなんて
夕食も終え、風呂から上がってまだ水が滴る髪の毛も拭かずにロヴィーノはソファーに座ると、携帯電話がアラームのバイブレーションをしつこく鳴らしていたことに気が付いた。開くと画面には、よく見知った名前が表示されてあり、早く早くと急かすように振動している。
「もしもし?」
『あ、ロヴィっ?俺やで俺!』
「俺俺詐欺ならお断りです」
『ちゃうって!分かっとるくせに!』
「冗談に決まってんだろ」
『意地悪やんなぁ…』
そういう彼も、受話器の向こうでは笑っているのが分かる。
自分はこういう口の聞き方をしているが、アントーニョからの電話は内心嬉しくてたまらないのである。
「今から外出れへん?」
「は?何で?」
「や、なんかロヴィーノに会いたくなってもうて」
そう受話器伝いに言われて、心の奥が掴まれたように鼓動をうったのは秘密にしておこう。
「ちゅーか、もう家の前に来てもうた」
「はぁっ!?」
ソファーから跳ねるように立ち上がり、玄関まで走って扉を開けると、確かにアントーニョが家の前で携帯電話を持って立っていた。家から飛び出てきた自分を見て、彼はへらりと顔を緩めて笑う。
玄関先には、彼が先週買ったばかりの赤い軽自動車が一台。アントーニョによく似合うと思って、ロヴィーノが色を決めてあげた車だ。
「ロヴィ!ドライブせぇへんっ?」
「え、今から?」
「どうしてもロヴィに見せたいもんがあんねん!な、駄目?」
「別に…構わねーけど…」
「ほんま!?せやったら話は早いな、行くで!」
夜風に当たったにも関わらず火照た顔を隠して目をそらしながら答えると、彼は嬉しそうに顔に花をぱっと咲かせ、俺の手を取り引いた。
「あれっ兄ちゃん!アントーニョ兄ちゃんも!どこいくの?」
その時玄関からひょっこり顔を出したフェリシアーノが少し驚いた様子で尋ねる。
「フェリちゃん、ちょっとロヴィ借りてくでー!」
フェリシアーノの返答を待つ暇もなく、俺は既に車の前の助手席に座らせられていて、フェリシアーノはいってらっしゃいとにこやかに手を振って俺たちを見送っていた。
行き先は、どこかの丘の上だった。辺りには住宅や人どころか街灯すら1、2本しか見当たらなく、ほとんど何も見えない代わりに、遠くに都心の明かりがちかちかと光を放っていた。地面に星空を見ているような、そんな不思議な気分だった。幻想的な街の光に見とれていると、隣の運転席に座るアントーニョが話し掛ける。
「綺麗やろ」
「うん」
「この前偶然ここ通った時綺麗やなぁて思てん。ロヴィに見せたなって」
とても嬉しかったんだ。ありきたりの言葉や行動だってなんだって、2人でいることに意義があって、今それが無償に嬉しくてたまらない。光に惑わされたのかどうか分からないが、なぜか自分の心が浄化されている気分だった。
「…ありがと、な…」
感謝の言葉は無意識に出ていた。ありがとうという言葉だけじゃ足りないくらい嬉しいのに、一体どんな言葉でありがとうを装飾して伝えればいいのか、俺には分からなかった。
すると突然目の前から街の明かりが消え、ぐるんと視界が回って車の天井だけが目の前に広がった。
刹那、アントーニョが視界いっぱいに広がり、唇を重ねてきた。最初は触れるだけ浅く、次第に口の中深く。ただただ彼の唇を受けとめているうちに、自分はシートを倒されたのだと分かってきた。
は、とひとつ小さな呼吸をして唇を離し、暫く見つめあった後、顔にかかった、まだ半乾きの髪の毛を左右にどけて、その額を自分のそれとをゆっくり合わせる。
「見せたいもんがあるなんてただの口実や…ロヴィーノに会いたかってん…」
力ない声で彼がそう言う。
「…あかんなぁ…俺ら、普通の人と比べたらずっとずっと長い間一緒におれるのに…なんでこんなに欲深いんやろね。すぐロヴィーノに会いたなって、黙ってられへんねん」
欲深い、なんて
そんなの、俺だって同じだよ
欲張りなのは、長く共に生きるからこそかもしれない。きっとその分、想いが深くなるんだ。