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一方、ロヴィーノの弟のフェリシアーノはというと、仕事をしながらも毎日病院に足を運んでいた。
兄をよく気遣い、笑顔を絶やさない。自由のきかない狭い病院でたまったストレスを、フェリシアーノと話すだけで随分と解消できたような気がする。
「兄ちゃん、病院は慣れた?」
「まあまあな」
本心を言えば、慣れたどころか退屈で仕方がない。持ってきた漫画や本は何度も繰り返して読んだし、テレビだって番組や見れる時間帯が限られていてつまらない。
…だが、飽きるほど読んだはずの漫画や本の内容は、いつくか覚えていない。入院してからの1週間は、自分が持つ病気の恐ろしさを痛感しただけだった。
けれど、『異例で新型の病気』という、あの髭面院長の言葉が頭から離れなくなっていた。夢の中でその言葉は黒い塊に変化して、俺を追い掛けてくるのだ。さすがにそんな夢をほぼ毎日見ていれば、忘れる事はない。忘れられる訳がない。
「…兄ちゃん?どうしたの」
「え、いや…なんでもない」
ぐるぐると考え事をしてぼうっとしていたところに声をかけられ、慌てて返事を返す。フェリシアーノは眉を下げて、俺の手をそっと握る。
「何かあったら俺に言ってね?唯一の家族なんだから、こんな時くらい頼ってよ」
…いい弟を持ったな。
ひっそりと、自分とフェリシアーノを兄弟にしてくれた神様に感謝した。兄弟仲は微妙だと思っていたが、こういう時に、血の繋がりのありがたみをひしひしと感じる。
「……パスタ」
「へ?」
「パスタが食いたい。ここで出される食事、不味くはねーけど、パスタとかピッツァ出ねーから…」
数回瞬きして、ようやく頭の中を整理できたフェリシアーノが嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。
「了解であります!トマトいっぱいいれるね兄ちゃん!」
じゃあ今すぐ作ってくる!と、敬礼したフェリシアーノは病室を飛び出した。
「おい!病院では走んなよ!」
そう声を加減して叫んでフェリシアーノを見送ると、入れ違いにアントーニョが病室に入ってきた。にこにこと花を飛ばして嬉しそうに微笑んでいる。
「ええね、兄弟って」
伏し目になりながら、体温計と取り出してそう言った。
「お前にはいないのか?」
「一人っ子さかい、兄弟ってもんにちょっと憧れてんねん。」
「……そうか」
少し気まずくそう返すと、アントーニョはくしゃりと俺の頭を撫でた。同じ男の手なのに、どうしてかとても優しく感じた。
「弟くんの為にも、はよ病気、治さんとな」
「……おう」
異例で新型の病気に対して、なんとなく、なんとなくだが決意が固まった気がした。
ついでに、こいつに心を少し開けたような気も。
≪ ≫