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「ロヴィーナ最近ご機嫌だね」
午後3時が近づく頃、いつも通りコーヒーとお菓子を彼に届ける為、それらを受け取りにキッチンへ向かった。今や密かな楽しみになってしまっている。でもこの掛けられた言葉には、本心では答えなかった。
「やけに楽しそうだよ?」
「そんなことないけど」
「うっそだぁ。…まあ、お兄さんにはなんでか分かってるけどね」
髭を生やしておいて自分のことをお兄さんなんて呼ぶこの男は、名をフランシスという。フランシスは料理が得意らしく、城のキッチンに務めている。
何でも、王が彼の作る料理を大分気に入って、もともと個人でフランス料理店を出していた彼を城に呼び寄せたらしい。
王はいつも彼の作る料理を食べては大絶賛している。私は彼の料理は食べたことはないが、テーブルに運ぶ時にそれらを見たことはある。とても綺麗だった。盛り付けから色のバランスまで絶妙で、料理も芸術なのかと勘違いする程。食べたら見た目に等しく、さぞかし美味しいのだろう。
でも彼は筋金入りの変態なので、私にとって苦手な存在。
「毎日楽しそうにして…そんなに彼がいいの?」
フランシスが言う"彼"とは誰のことかなんて、今更自分に問わなくても分かる。
フランシスが彼の存在を知っているのにも関わらず、何故かばれたくない思いが込み上がり、無性にいらいらしてしまって、焦りと不安が私の中をぐるぐると混ざりあう。…私はどうして焦っているの?
「そうねっ!」
そっけなく答えただけで、ロヴィーナはコーヒーとお菓子の乗ったおぼんを少し乱暴に手に持ってキッチンを出ようとした。
そしたら何故かフランシスが行き場に立ちふさがっていて。じりじりとロヴィーナを壁に追い込んで行く。おぼんの上のものを気に掛けると、抵抗なんてする余裕はなかった。
「ちょ、ちょっと!近寄らないでよ変態!」
「ふぅん…俺よりいい男がいるなら一度見てみたいね。ねぇロヴィーナ、俺にしといたら?彼だと後悔するよ?」
そんなもの聞こえませんとでも言うようにロヴィーナの言葉を無視し、ロヴィーナの後ろはもう壁しかないほど追い込まれた。
「何であんたなんかっ…」
そう言い掛けた殺那、キッチンにはあるまじき重く鈍い音が響いて、目の前のフランシスが頭を抱えてしゃがみこんだ。
「フランシス!何してるのよ!」
次に響いたのは侍女長エリザベータの声。彼女の手にはフライパンが握られており、どうやらそれで殴ったらしい。助かったと思いながらも、フライパンは痛そうだと少しフランシスに同情する。普段温厚な彼女を怒らせたら命はないとかいう噂を聞いたことが以前あったが、それはこのことなのか。
「いいったぁ〜…エリザ、後頭部はダメでしょ、後頭部は…」
「ロヴィーナにちょっかい出した罰よ。いっつも仕事さぼって女の子ナンパしてんだから!どうやらお説教が必要のようね!」
「えぇ…それは勘弁してよ…」
「さぁロヴィーナは早くそれを届けて。私はこの変態のお説教しなくちゃいけないから。」
「エリザさんありがとう。行ってきます。」
少しこぼれてしまったコーヒーを拭いて、ロヴィーナはキッチンを後にした。
「あんたの気持ちはどうであろうと構わないけど…仕事の妨げになるような事はよしてよね」
「お堅いなぁエリザは。だって可愛いじゃない、ロヴィーナ」
「…手出すんじゃないわよ」
「ははっ、親みたいなことを言うね。気をつけるよ」
疑いの眼差しをフランシスに向けて、エリザベータはフライパンをしまった。