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その日から、私はため息が多くなったらしい。
朝身支度しながらひとつ、食器洗いをしながらひとつ、集めたゴミを塵取りに入れながらひとつ、そして寝るときもひとつ、はぁ…と。

「どうしたの?最近ため息多いわね」

「え?」

寝泊まりする使用人室が一緒であり、一番仲の良いエリザベータが、寝る前にそう話し掛けてきた。彼女は若いのに侍女長という大役を務めるほどの実力の持ち主だ。家事全般をなんなくこなしてしまう。

「ため息!ここ最近ずっとしてるわよ?」

「え、気付かなかった…」

「あら、無意識だったの?」

少しは自覚していたものの、他人から言われる程していたのだろうかと、ここ数日の自分の生活を振り替える。が、1日の出来事を、ため息の回数まで覚えていられるほど私の頭は働いてないらしい。きっとそれが彼女の言う無意識に値することなのだろうけど。
首を小さく傾げると、エリザベータはにっこり笑ってロヴィーナの肩にぽん、と手を置く。

「あんまりため息ばかりついてると、幸せが飛んでいっちゃうわよ。何か悩み事があるんなら言って頂戴ね。」

励ましの言葉をかけながら、エリザベータは高く積みあがった洗濯物を抱えて、長い廊下を歩いていってしまった。さすがは侍女長といったところか、他の使用人たちへの気配りも欠かさない。
心の中で彼女にお礼を言いつつも、悩み事など自分にあったろうかと、また小さく首を傾げた。





城の豪華な時計塔の鐘が、午後3時を知らせる音色を3回とどろかせた。
ロヴィーナはいつもと変わらずエントランスホールの掃除をしていたところ、突然名前を呼ばれた。

「ロヴィーナ、」

声の主は同い年位の女の子。彼女もこの城の使用人であり、自分と同じ時期にここに就いたけれど、あまり話したことはない。互いに名前を知っている程度の付き合いだ。
自分を呼び止めた彼女の手には、華美な装飾が施されているカップに入ったコーヒーとチュロスが乗せられているおぼん。
そういえば、彼女はアントーニョ王子の午後3時に菓子を持っていく係だったなと思い出して、これからそのおぼんを彼のもとへ持っていくであろう彼女に、要件を尋ねる。

「何?」

「これ、」

何故か不機嫌そうに、その両手に持っているおぼんをずいっとロヴィーナに突き出した。

「今日からアントーニョ王子のおやつ当番、貴女がやって。」

「え?」

それはどう考えてもおかしい話だった。この城に就くときに、それぞれに仕事がきちんと分配されている。しかも彼女はその時から今までずっとその仕事を全うしてきたのだ。それなのに今更当番を変わるだなんて、何か特別な理由がある他考えられない。
侍女長の命令か、はたまた彼女はこの仕事を辞めるのか。

「どうして?だってそれは貴女の仕事じゃ…」

「アントーニョ王子がそうして欲しいっておっしゃったの!」

彼の名前が出てきたことに、胸がどくりと波を打った。彼の要望となれば、侍女長だって逆らえない。すなわち私達も、それに従うのは絶対だ。
それにしても、私は彼女に何か気に障るような事を言ったのだろうか。彼女はどう見たって怒っているようにしか見えない。

「アントーニョ王子は3階の自室のベランダにいらっしゃるから。早く、時間がないよ。」

そう言って強引にロヴィーナからホウキを奪い、おぼんを押しつけると、彼女はロヴィーナの代わりにエントランスホールの掃除を始めた。小さく、文句のようなものが聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。
…何が気に障ったのか分からないけど、後で一応謝っておこう。
ついでに、理由も聞いて。

ロヴィーナは踵を返すと、コーヒーがこぼれないよう、慎重をおぼんを持って、3階まで登っていった。









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