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ぱしゃり、ぱしゃりと目が痛い程眩しい光が数回。その光に包まれると、しばらく視界に白い余韻が残って少し不快だ。
「うーん……」
先程撮った俺の頭のレントゲン写真を光に透かして、頭をぽりぽりかくのは長い金髪の髭男。白衣を来ているが、中のワイシャツは胸毛を見せ付けるかのように第三ボタンまで外してあり、さっきから自分の事を"お兄さん"なんて呼んでいる。
信じがたい話だが、アントーニョ曰くこの髭男がこの病院の院長らしい。
「おっかしいなぁ…何も異常なんてなさそうだよ?」
「んなわけあるかよ。しこりなり出来物なりもっと探せよ。」
「何度も見たけど見当たらないんだよ、ひとつも。全く正常な脳と変わらない。」
記憶がなくなる病気。
それを自覚してから、俺は脳に異常があるのだと考えてきた。
記憶なら頭、すなわち脳が関係しているのだと。病院でレントゲン写真を撮って頭の中を覗けば、必ず、いや絶対病原体をこの目で見れるのだと。ずっとそう信じてきた。
それなのに、病原体がないとは一体どういうことなのだ。じゃあ今俺を悩ませ苦しめているこれは何なのだ。単なる俺の極度な思い込みか、はたまた俺の頭がいかれているのか。
…そんなの、治れば原因なんてなんだっていい。
「どうやったー?」
レントゲン室と外とを隔てていたカーテンが開かれ、アントーニョがひょっこりと顔を覗かせた。
「ロヴィーノ、お疲れさん。病室に戻っていいよ。」
院長に出るように促されて、ロヴィーノは不機嫌そうにレントゲン室を出ていった。
ロヴィーノが出ていったのを確認すると、すれ違いに部屋に入ったアントーニョに、院長が話し掛けた。
「脳には、何の異常も見られなかったんだ。全くといっていい程正常だよ。」
「フランシス、じゃあなんでロヴィーノは記憶が…?」
フランシスと呼ばれた髭男の院長は、きっぱりと答える。
「分からない。だからこれから突き止めるつもりだよ。」
「俺も出来ることなら協力するさかい、何でも言ったって!」
「あぁ、ありがとう。…ただ…」
一瞬口元を緩ませたフランシスだが、すぐに険しい顔になる。
「もしかしたら、異例で新型の病気…という可能性もある。」
「…え」
「まぁ、アルツハイマーじゃないだけ良かったじゃない!アルツハイマーは記憶だけじゃなくて、感情のコントロールも出来なくなって大変だから。」
励ますようにぽん、と肩に手を置くフランシス。アントーニョも少しだけ安心して、小さな笑みを浮かべて、そうやねと答えた。
扉の向こうで、その病人が涙を流しているのも知らずに。
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