罪深き飴玉






私、絶対子供扱いされてると思う。






高校生になってからついた、私にとって初めての家庭教師。
そんな家庭教師は、隣人であり、大学生であり、幼なじみであり、そして私の好きな人であった。
成績だってそんなに悪い訳じゃないのに、母が家庭教師をつけると言いだしたのは、高校1年の夏休みが始まって間もない時のこと。

聞いたときには女の人だろうなぁと思っていたのだが、呼び鈴を鳴らして、招かれて玄関に立つ姿は、紛れもなく幼なじみの男子大学生だった。




「で、ここでさっきの公式を使てな…」

「うん」

ロヴィーナの部屋で2人、数学の勉強をする。
アントーニョが私の家庭教師になってからもう半年近く経つのに、未だ部屋で2人きりという状態には慣れない。

あと数センチで触れてしまいそうな肩の距離や、目の前の紙にシャープペンシルを走らせるがっしりとした大きな手、近距離から聞こえてくる低くて優しい声。
全てがたまらなくもどかしく、切なく、恋しい。
滑らかに動くその綺麗な手がいつか私の手を握り、数式を唱えるその声がいつか私に好きと言ってほしいと、何年も思い続けてきた。結局叶わないまま、ここまでやってきたけどね。

わざわざ教えてくれているのに、考えるのはそんなことばかりで、数式なんて聞き流してばかり。
駄目だなぁ、私。

「で、こうすれは簡単に解けると思うで!ほな、ロヴィーナやってみ?」

「…うん」

名前を呼ばれて心臓が思わず跳ねたことは内緒。
大丈夫、アントーニョは鈍いから気付かない。

彼の解き方の説明なんて聞いちゃいなかったけど、このくらいの問題ならできる。だっていつも聞いてない分、彼が帰った後は1人で猛勉強してるから。
だってあまりに成績が悪くなって、彼が悲しむのも、彼を母に解雇されてしまうのも嫌。
ほら。アントーニョを思えばなんだって出来る。
…ちょっとキモチワルイかもしれないけど。


ためらいも悩むこともなく出された問題を解きすすめ、アントーニョがその式と答えを目で追って確認する。
きっと私の手も彼の視界に入ってるんだろうなと思ったら、自然と頬が熱を持ったのが分かった。
ばれたくなくて、唇をきゅ、と噛み締めた。


「ん!正解やで!すごいなぁロヴィーナ、俺おらんくても出来るんちゃうー?」

そう言ってアントーニョは、大きな笑顔をその整った顔に咲かせ、私の髪をくしゃりと撫でた。

撫でられた手が嬉しかった。
でも冗談まじりに言ったそのセリフは悲しかった。

きっと顔に出てた。
口を開けば女の子らしくない言葉ばかり喋って、つんけんな態度を取ってしまうが、気持ちにだけはとても素直なロヴィーナだ。
人一倍、顔に出やすい。

自分がどんな顔をしていたかは分からない。だが私のその顔を見て、彼が少し驚いたのは確実に分かった。






「……ロヴィ、目…閉じて」

「……へっ!?」

驚いて顔を勢いよく上げた。
反動でロヴィーナの長く艶やかな髪が、頭の動きより少しだけ遅れてなびいた。

いつもよりワントーン低い声。
貫かれるような、真っ直ぐな視線。

「…な、んで」

擦れた声でなんとか聞き返す。
それでも彼はええから、と素っ気なくしか答えてくれない。
いつもと別人みたいなアントーニョに不安を覚えたのか、シャープペンシルを持つ右手が震える。否、それは期待からだろう。

「早よ、」

急かされて、目を閉ざささるを得なかった。


目を閉じれば真っ暗だ。
心臓の音が自分の中で響いて、汗がひとつ、つうと背中を伝った。目を閉じて10秒、何も起こることなく目蓋がピクピクと震えるころ。

コロンと口唇に、固い球体が転げ入った。
途端、じんわりと広がる甘い味。

「…え?」

予想とは違って、ふと目を開けた。
飛び込んできたのは、視界いっぱいに埋めつくされたアントーニョの屈託のない笑顔。

「飴、問題ぜぇんぶ解けたご褒美やで!」

「……あ…ありが、と……」

未だ状況の整理がつかないまま礼を言った。
だって、目閉じてって…それって…私、てっきり……

なんて、1人恥ずかしいことを想像してしまい、慌てて首を横にぶんぶんと振った。
舌で飴玉を転がすと、どうやらイチゴ味のようで、なんとなく、ファーストキスはこんな甘い味がいいなと思った。

















ロヴィーナに勉強を教え終え、また明日と彼女にひらひらと手を振った。
少し歩いて、彼女が家の中に入った音を聞くと、アントーニョはその場に頭を抱えてへたりとしゃがみこんだ。

「…あっ、ぶなー……」

ため息まじりにぼそりと漏れる声。人通りが少ないので、幸い誰にもじろじろ見られずにすんだ。

目を閉じた時のロヴィーナの可愛さといったらもう…
あかん、手ぇ出してまうとこやった…


はあ、と一息つき、飴玉が入っていた包みをくしゃりと握った。
ロヴィーナが目を閉じている間、ギリギリまで顔を近づけて見たものの、やはりその先にはどうしても進めなくて。
とっさにポケットに入っていた飴玉を彼女の口に入れた。
誤魔化した。
感情に任せてしてはならぬ事をしてしまいそうだった俺の代わりに罪を被ってくれた飴玉にひそかに感謝した。
飴玉は言い訳でしかないのだから。

「いつまで我慢せなあかんのやろ……」

家庭教師と生徒という関係を、これほど憎いと思った日はなかった。






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