「ねぇ君、ちょっといい?」

アントーニョと久々に、えと、その…デートをしていたら、突然後ろから声を掛けられた。

こんな昼間の街中で、しかも大通りで一体なんの用だろうと思いながら振り向くと、そこにはピシッと黒いスーツを着た若い男の人が、にこやかに立っていた。

声を掛けられ、足を止めた私に気付いたのか、アントーニョもその男性の方を振り向く。
彼の顔をちらりと目だけで伺うと、少し眉をしかめていた。

「忙しいとこ悪いんだけど、君に用があって。」

全く知らない初対面の人なのに、なんか馴れ馴れしいその男。
まぁ、昼間だし大通りだし…アントーニョもいるし…そんな危ない人じゃなさそうだけど…

「あ、僕こういう者なんだけど」

そう言いながら、男はロヴィーナに少し近づいて、小さくてシンプルな名刺を差し出した。

「あ……どうも……」

差し出されたのに受け取らないのも無作法なので、ロヴィーナは丁寧に両手でそれを受け取った。

名刺の文字を目でたどっていくと、よく耳にする有名な会社の名前が記されていた。
人気のあるモデルばかり載っている雑誌を出版している会社だ。


「僕、街でスカウトをしててね。君を一目見て、いいなぁって思ったんだよね。」

男は腕を組み、ロヴィーナの頭の先から足のつま先までじろじろと舐め回すように見る。

「顔も可愛いし、スタイルも抜群。おまけにすごく服のセンスいいよ、君」

当たり前よ。だって今日のデートのために、選びに選んだ服なんだから!

…なんて言ったら、きっとアントーニョが後で騒ぎだすだろうから、今はその言葉をぐっと喉の奥に閉じ込めておく。


「しかも肌も綺麗だね、君」

「…ひっ……」


男がロヴィーナの腕をとり、下から上へと撫でた。
妙にいやらしい手つきに、思わずロヴィーナの肩が跳ねる。

「ねぇ、僕の事務所においでよ。君ならすぐにトップモデルになれるよ!ね?」


モデルなどには興味はないが、圧倒されるほどの男の押しに返事ができないでいた。
掴まれた腕が強くて振り切れない。







すると今まで黙っていたアントーニョが

「あかん」

私の代わりに答えた。


男の手をロヴィーナから引き剥がし、ぐいっと体を引き寄せる。
え、という声も出す間もなく、ロヴィーナはアントーニョの腕のなかにぽすりとおさまった。


「絶対、あかん」

アントーニョが、もう一度言う。

「な、なんだ君は!僕はこの子に話し……」

「ロヴィは俺のもんやからや」

人前を気にして彼の胸を少し押していた手が止まった。
せっかく作った彼との距離は、背中に回ってきた彼の手により、また縮まった。
力が、こもっていて。
彼の胸板に押し付けられている。

「ロヴィはモデルになったら世界一や。世界一やけど、ロヴィは俺のもんや。俺だけのモデルでやないとあかんねん。」

…なんて、漫画の中でよくありそうなセリフを言う彼の胸板に押し付けられているから視界は真っ暗で何も見えないけど、私は彼の鼓動と呼吸の音をただ聞いていた。
彼の鼓動は私のそれより幾分早いことに驚く。


「ちょっと君いい加減に…」

スカウトの男がそう言い掛けた。
言い終わる前に、すごく低い声が上から聞こえてきた。

「あかんてさっきから言うとるやろ」

……あ…怒ってる……

訛りを忘れて標準語になるほどではないけど、分かる、絶対怒ってる。





しばらくしてから彼の腕が緩み、視界が明るくなった。
振り向けばスカウトの男はいつの間にかそこにはいなくて、多分アントーニョの威圧に勝てなくて自ら去っていったんだと思う。

「ロヴィ、」

名前を呼ばれた。
さっきとは違う、穏やかな声。

「な、なに…」

「手、大丈夫?」

手、すなわちさっき男が撫でてきた腕のことだと思ったから、私はその質問に「うん」と頷きながら返した。

「そか」

彼は眉を下げて優しく笑った。

彼に手を取られ、また2人で歩き始めた。




「なぁロヴィーナ、ほんまは、モデルなりたいとちゃう?」

「……は?なんで?」

「さっき、俺が勝手にあいつ追っ払ったのも同然やん。ロヴィの意見聞いてへんもん…。もしロヴィーナが、ほんまはモデルになりとうかったら俺、悪い事したなぁ思て……」

しゅんとうなだれる表情に少し胸が縮こまるのを感じながら、その顔は私のためを思ってくれているんだと、アントーニョには悪い気がするけど、嬉しく思った。
ごめん、アントーニョ。

「ううん…!なりたくなかった…とても助かったの……!だから……」


だから?

と私の方を振り返って、言葉の続きを待つアントーニョの表情を見て、赤面する。


「だ……だから、ね……」

あぁ自分の意気地なしさに絶望するわ。
顔はどんどん下を向いてしまって、今やコンクリートの地面しか視界にはないけれど

「……あ、りがとっ……」

言えた。
強く握った拳がじっとり汗をかいていた。



「ふはっ」

頭上から小さな笑い声が聞こえてきたので、ゆるゆると顔を上げる。

アントーニョが安心しきった顔で笑ってた。その顔を見たら私まで安心してしまうのはなんでだろうね?



「ロヴィーナは俺だけのモデルでおったらええねん!だぁれにも渡さへん!」

「ちょっと!何恥ずかしいこと言ってんのよ!」

「えーやんかぁ!」







なんだかんだ言ってアントーニョもモデルになれるくらいの体つきとルックスがあると思う。

いつか今日みたいに、アントーニョをスカウトする奴が現れたら

その時は私がそいつを追い返そう。

密かに心に誓ってみた。





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -