pygmalion
全2ページ
ほんま今更やけど
画家って凄いな
時には瞬きを忘れるほど美しい絵を。
時には呼吸が止まりそうなほど衝撃的な絵を。
時には思わず笑ってしまいそうな滑稽な絵を。
その手ひとつで描いてまうんやもん。
なぁ、魔法みたいやって思わん?
「いやぁ、どうしてもアントーニョはんに一番に見せたくてなぁ!すんまへん、忙しいとこ」
「ええよええよ!俺かて一番とか誇らしいわぁ」
先日、知り合いの画家から、「傑作ができたから是非見てほしい」との電話があった。
その画家は絵を描き始めて30年も経つほどのベテランだが、余り有名でもなく、それほどの名作もない。
だが、ひょんなことから知り合って、今では一緒に飲みにいったりするほどの仲だ。
これがまたえらい人のいいおっちゃんでな。
俺もたくさんお世話になっとるんやで。
せやから陰ながらいつも応援させてもらってん。
でも、そんな彼から絵を見てほしいと呼ばれたのは、長い付き合いの中でも初めてだ。
「はは、汚くてすまへんな…」
案内されて着いたのは、彼のアトリエ。
その古く狭い部屋は、絵の具やら筆やら描きなぐったデッサンやらで散乱していて、どっから足を踏み入れていいのか分からない。
足の踏み場がないとはこのことやんな。
「それはええけど、早よ見せたって!絵のアドバイスは出来へんけど、感想くらいなら言えるで!」
「文句でもええで」
「それはないと思うわー」
「はは、アントーニョはんにはかなわへんな。これやで。」
そう言って彼は枕くらいの大きさの額縁を持ってきた。
こちらに裏側を向けているため、まだ絵は見えない。
「笑わんといてな!」
彼は絵をひっくり返して、アントーニョに見せた。
なんや、これ
全身から汗が噴き出る感覚
うまく呼吸ができなくて
手足が微かに震える
俺、どうしたんやろ
「───ん!!──ニョはん!」
あぁ、誰かが呼んどるけど…なんかぼーっとして…
「アントーニョはん!!」
「ふぅおっ!!?な、なんや!!」
「だ、大丈夫なん…?」
「え……?」
名前を呼ばれて一気に意識が浮上した。
何故か死んだあと生き返ったような感覚がする。
いやいや、死んだことなんてあらへんけど。
「なんや、固まったまんま動かへんからどないしたんかと思ったわぁ…」
「え、俺固まってたん?」
「そやで。瞬きもしないから…俺の絵があんまり酷いのが悪かったんかと思ったわ…」
ああそうや。
俺は絵を見にきて…
再び彼の絵に視線を向ける。
その途端、またさっきと同じ感覚が蘇ってきた。
額縁の中には、青年が1人、描かれていた。
その顔は横を向いていて、微かに笑っているような、でも怒っているような、いや悲しんでいるような……なんとも言えない表情で。
でも、綺麗。
さっきの感覚は、きっとこの絵の魅力に圧倒されたことからきたものなのだろうか。
これは…あれやな
なーんか……
「ほんまに生きとるみたいやぁ…」
「ほんま!?よっしゃ!!」
ニヒ、とガキのように笑って見せるおっちゃん。
おっちゃんとは正反対に、俺は口を阿呆らしく開けたまんま、その絵から目が離せへん。いや、離したない。ずっと、見てたい。
それにしても…
「これ…、この絵のモデル、誰なん?」
「あぁこの人?いやぁ、名前とかは知らんのやけど…イタリア人やで。」
「イタリア?なんでまたそない遠いとこ…」
「半年前スランプになっとって、気晴らしにでもや思て旅行に行ってん。
公園で絵描いとったら偶然この人に会ってな。
あまりにべっぴんさんやから、モデルになってほしい頼んだんや。」
「連絡先とかは…」
「なぁんにも」
「……そか……」
「この人用事で急いどるみたいやったから、軽くデッサンさせてもろただけで、その後はすぐどこかに行ってしもたんや。」
なぁんや……
何故か小さなため息が無意識に出てしもた。
なんでやろ、うっすらショック…
そもそも俺はこのモデルさんの名前とか連絡先とか知ってどうするつもりなんやろね。
なんやキモいストーカーみたいやん。
でもなぁ…綺麗やなぁ…
「実はこれ、今度のコンクールに出そう思ててん。賞に入ったら、小さいけど美術館に飾られるんやでー!」
「へー…そうなん……」
おっちゃんには悪いが感情のない返事を返した。
コンクール?
美術館?
嫌や。
こんな綺麗な絵…こんな綺麗な青年は、他の人には見せたない。俺だけがずっと見てたい。
なんぼでも金は出すから絵を譲って欲しい、と何度頭を下げたんやろ。
さすがのおっちゃんも、それだけは許してくれへんかった。
数週間後、あの絵が金賞をとったという朗報をおっちゃんから知らされたが、俺は素直に喜べなかった。