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「おやすみなさいませ」


たくさんの侍女や召使たちが、豪華で長い廊下を歩く王子に、深く頭を下げて夜の挨拶をする。
自分も、みんなに習って頭を下げる。


「おやすみ」

そのひとりひとりに笑顔であいさつを返す王子。
その笑顔は、女が一目惚れしてしまうような穏やかな笑顔で、見えないはずのキラキラ光るオーラが見えそうなほど。
というか見える。


彼が過ぎ去った廊下では、侍女や召使を含め、厨房の女たちまでもが一斉に騒ぎだす。


「今日もアントーニョ王子は素敵だったわね!」

「なんであんなに素敵なのかしら…!」


当然のことながら、アントーニョ王子はその笑顔で城中の女を虜にしてしまっていた。

…まあ自分も、そのひとりなんだけど。


きゃあきゃあ騒ぐ女たちの間を縫って、ロヴィーナはひとり歩きだした。



自分は召使だから。アントーニョ王子にとっては話す対象にもならないから。

だから、いいの
分かり切ってるから

憧れるだけで…見てるだけで、いいの…

そんなことを考えながら、まだ王子への熱が冷めない廊下を背に仕事に戻った。














うん、ここも大丈夫

一通り自分の担当する範囲の戸締まりを確認し、一息つく。

城の2階の窓の戸締まりの確認は、私の1日の最後の仕事。

もう日付も変わる時間帯だし、私も早く寝よう…
明日は、また早いし。

最後に電気の確認もしながら、静まり返った廊下を、自分の寝泊まりする使用人室へ向かって歩く。

普段は気にならないコツコツという自分の歩く靴の音が、静かな廊下ではよく耳に響いてくる。

1人になる時とか、こういう時、つい考えてしまうの。

…アントーニョ様のこと。

彼はみんなにお優しいけど、彼には大切な人はいるのかな…
恋人はいるのかな…

こんなことを考えてしまうはなんでなのかな…って

そうすると自然と顔は下を向いていく。


下を向いていて不注意だったから、あんなことが起こったのかもしれない。



普段あまり使わない物置の部屋の前を通りかかったとき。


物置部屋の扉が勢いよく開いて、暗闇から手が伸びてきて、ロヴィーナの腕を掴んだ。

「……えっ……!?」


突然のことに驚くが、伸びてきた手は力強く、下を向いていた顔を上げた時には、ロヴィーナは一瞬で物置部屋に引きずり込まれていた。
思わず叫んでしまいそうだったが、その前に自分を引きずりこんだ手に口を塞がれ、声が出せない。

引かれるままに物置部屋に入った瞬間、扉がしまって、何も見えなくなった。
すると突然両手首を捕まれて、何かに押し付けられる。


何、何っ!?

一瞬のことで頭が追いつかない。

物置の中は真っ暗で、何も見えない。
ただ分かるのは、

背中に平らで冷たいものが当たっているから…壁に押し付けられていることと

自分の動きを封じ、口を覆う手が大きくがっしりしているから…目の前にいるのはおそらく男だろうということ



今自分が置かれている状況をひとつひとつ理解していくと、心は驚きから恐怖へと変わっていく。

何をされるか分からない。怖い、怖い!

ロヴィーナは男の手から抜け出そうと抵抗を始める。

その時、物置部屋の扉の外すなわち廊下から、遠くカツカツと誰かの足音が小さく聞こえてきた。

この際誰でもいい!
お願い助けて!


死に物狂いでなんとか男の手を振り払い、そう叫ぼうとすると






「しーっ!」






……え、


耳元で囁かれた。

その声は紛れもなく憧れの人のもので。


びっくりして固まる私を、その人はまた私に手を伸ばし、今度はさっきよりも優しく自分の方へ引き寄せる。

「悪いんやけど、ちょっと静かにしててな…」



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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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