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いつも見ているだけ。

話したことなんてない。

貴方と私は違いすぎるから。

きっとこれからも…










とある半島の大部分をしめる大国があった。
そこは気候や自然に恵まれていて、いつも活気に満ちていた。

そんな国の頂点に君臨しているのは、偉大な王。
王の身内には美しい妃、そして1人息子の王子がいた。




ロヴィーナは、王家の城で召使の仕事をしている。
主に雇い主の食事の準備や掃除をする。朝早くから、夜遅くまで。
休みがないので、なかなか大変な仕事だ。

だけど…

そんな多忙な毎日を過ごす自分の支えになっているものがあった。


彼の笑顔。




アントーニョ王子の、笑顔。


それは朝食の時間、彼の目の前の綺麗な装飾が施されている皿に、食事を盛る時。

彼は召使の私に、必ず「ありがとう」と笑顔で言う。
王と妃には、はしたないから止めなさいと注意をされているのだけど。

それでも彼は毎日おっしゃるの。

その言葉は、私にとってどれだけ大きなものなんだろう。
その言葉を、すごく嬉しく思うの。


でも、彼と私は違いすぎる。
育ちも、身分も。
だから言葉を交わすような関係じゃない。
交わしちゃいけない。

だから、ありがとう、と言ってくれている彼に、私は小さな会釈しかできなくて。
それしか出来ないのが、少し辛い。


彼は覚えてるかな。
半年くらい前…私がここに勤めたばかりの頃のこと。
…覚えてないと思うけど。
だって、何十もいる侍女のうちのひとりの私なんて、目にも留めないはず。

アントーニョ様は王子だもの。

きっとみんなにも「ありがとう」って言ってる。
彼はみんなに平等だから。
それでも私は思う。
主従関係でも、挨拶できたらいいのに…。
そしたら私は、彼に「どういたしまして」って、笑顔を返せるのに。


そう思わない日なんてない。

だけど私はただの召使。
アントーニョ王子に雇われている身。

そんなことはあり得ないと、分かっている。



でも望むだけなら

そうなれば素敵だな、って思うだけなら

いいよね……?










あの子が来てから、半年くらい経つんかな。


あの子は細長い手足に、一つにまとめたビターチョコレート色のふわふわした髪。
鼻目立ちもはっきりしていて、文句のいいようのない美人やった。


あの子は覚えとるやろか
半年くらい前…
あの子の姿を初めて目にしたのは、中庭だった。
ほうきで落ち葉掃きをしていた。
強い風が吹いて、せっかくまとめた落ち葉が散らばった時。
彼女のその綺麗な髪の毛に落ち葉がたくさん着いて。
だけど彼女は気にしないのか…気付いてないのか…落ち葉を払う気配がない。

そしたら彼女の視線と自分のそれとが交わった。

俺が
彼女の髪の毛に手を伸ばしていたから

──葉っぱ、ついてるよ


確かそう言った気がする。
彼女はその目からこぼれ落ちそうなほどくりくりで大きな瞳をぱちくりさせて。
こう言った。

──え…あっ……ありがとうございます

俺が王子だって気付かなかったのかどうなのか分からないけど

小さく微笑んで
しっかり俺の目を見て
その形の良い唇がそう言った。


それだけは、鮮明に覚えてる。
目の前に浮かぶほど、鮮明に。


なんていうんやろ、こういうの。

その後から、気付いたらたくさんいる召使たちの中でもすぐあの子を見つけられるようになってしもて、つい目で追ってまう。


あの子はどんな子なんやろか。
なんて名前なんやろか。

知りたい、知りたい。
彼女のこと、たくさん。





だから毎朝、彼女にありがとうって、声をかけている。

でも彼女は自分の身分を考えて、会釈だけする。



そんな気遣わんといて
もっと声を聞きたいねん
あの時みたいに微笑んで
お願い答えて




笑ってどういたしましてって



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