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落ち着かない弟と、病気を持っているという兄を、さっきまで自分が仮眠をとっていた看護師の休憩室に通し、2人にコーヒーを差し出した。


「…ありがとうございます…」

弟くんが俯いて礼を言った。一方、兄は

「……コーヒー、か……」

とコーヒーをじっと見て独り言のような事を言っていた。

「そうだよ、兄ちゃん」

弟が笑顔で、でも悲しそうに返した。



「それで、」

アントーニョが話を切り出す。

「弟くん、その…兄ちゃんの病気ってなんなん?」

弟はしばらく俯いたまま黙り込み、やがて口を開いた。






























「記憶がなくなる病気、なんです………」



「………え?」


一瞬何のことだか分からなかった。
記憶?無くなる?
…なんで?

「ど、どういうことなん?」

「小さい頃は普通だったんですけど……だんだん予定とか知り合いの誕生日とか忘れるようになって…。
当時は物忘れが激しいね、なんて軽く流してました。
でもインターネットで兄ちゃんの症状に当てはまる『記憶がなくなる病気』っていうのを見つけたんです。
成人した辺りからしばらく症状はなかったんですけど、最近また……」

弟は涙目になりながら話続けた。
兄は黙って俯いている。


「早く治さないとっ…兄ちゃん、いつか俺のことも忘れちゃうんじゃないかって…!!」

瞬きせずともボロッとこぼれる大粒の涙。

「忘れねぇよ、馬鹿弟…」

兄が涙する弟の手を握り締め、そう言い聞かせた。だが、その表情は酷く強張っていて、絶対に忘れないという自信は100%ではないと物語っているように見えた。

アントーニョは、この兄弟の状況を知って、胸が締め付けられる思いだった。
この若さで得体の知れない病気を背負い、失われていく記憶に怯えながらずっと生きてきたというのだ。

なんとか、
なんとかしてこの兄弟を救ってあげたい……

アントーニョの心は、その想いでいっぱいだった。


「…なぁ、その病気、治したいん?」

「……はい」

か細い声で、弟がこくこく頷きながら言った。

「お前は?」

アントーニョの視線は、兄の方を向いている。

「治したいに決まってんだろちくしょーが……」

兄が眉間に皺を寄せて即答した。
その答えを聞くなり、アントーニョはにっこり微笑むとガタンッと椅子から立ち上がり、こう言った。

「よっしゃ!俺が上に頼んでなんとかするわ!」

「「えっ!?」」

兄弟はそっくりな顔を同時にあげて、同じことを言った。


「治してあげたいねん、迷惑やないならうちの病院に任しとけや!」

「えっ…で、でも!」

「心配せんでええよ」

そう微笑んで言ったら、兄弟は小さく頷いた。

兄は冷めたコーヒーを手に、アントーニョを見上げている。
さっきコーヒーを出したとき、『……コーヒー、か……』と言っていたのは、単語を忘れないためなんだろう。
常日頃から忘れていくものを最小限に減らそうと、習慣付けているに違いない。


もうそんなことせんでもええ。
普通の楽しい生活をしてもらいたいねん。

せやから俺は、絶対に病気を治したる。





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