暗い世界で
聞こえたものは

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「ねぇ兄ちゃん、こういう話知ってる?」

フェリシアーノがそう話し掛けてきたのは、冷え込む冬の日のことだった。

俺は普段、アントーニョの家に泊まっているが、仕事が忙しいらしく、俺がいても迷惑になるだけかと思い、俺なりに空気を読んで久々に自宅イタリアに帰ってきた。
突然の帰宅にも、弟は笑顔で迎えてくれた。

兄弟で夕食をとり、いろいろ話をした。

そして夜12時を過ぎたころ、2人で暖かいカプチーノを飲んでいたところで、話は冒頭に戻る。


「ねぇ兄ちゃん、こういう話知ってる?」

「ん?」

フェリシアーノはカプチーノをひとくち。
あち、と小さく言った後、話しはじめた。

「人ってね、死んじゃう前に、大切な人のところに現れるんだよ。どんなに遠くても。」

「?……どういうことだ?」

いきなりそんな話が出てきたことにも驚いたが、それよりも、その「遠くても現れる」ってのがいまいち理解できなくて、俺は聞き返した。

疑問符を浮かべる俺を見て、フェリシアーノはにっこり微笑んだ。
カプチーノからの湯気がふわふわと漂っていたからか。その笑顔はいつもより穏やかに見えた。

「ほら、猫とかって自分の死を悟ると飼い主の前からいなくなっちゃうってよく言うでしょ?でも人の場合ね、死を悟ると魂が、大切な人のもとに会いに行くんだって。」

魂、って……
なんか凄そうなのは分かったけどよ
うーん…まだいまいち分かんねーな…

フェリシアーノはそんな俺を見てふふっと小さく笑った。

「昔ね、俺がまだローデリヒさんの家にいた時のことなんだけど」

あぁ、ローデリヒとエリザベータと…あともう1人いたな。
…誰だったっけ

「そのくらい昔の話になっちゃうんだけど…


神聖ローマ、って覚えてる?兄ちゃん」

──シンセイローマ

…思い出した。
まだ幼少のフェリシアーノが、ちょこまか後ろを着いて回っていた、同年代くらいの奴。

「あぁ、あの黒い服の奴だろ?」

「うん」

フェリシアーノは目を細めて言った。

「神聖ローマね、遠くに長い間いくことになって…でも、ちゃんと帰ってくるって、待ってるよって約束したんだ。
今日か今日かと毎日玄関に張りついて帰りを待ってた。でもなかなか帰って来なくてさぁ…。」

昔話を、淡々と語る。
寒さでカプチーノから湧き出る湯気が少なくなっていくのを、見つめながら。

「でもね、ある夜寝てたら、神聖ローマの足音が聞こえたんだ。あの時は歩幅も小さかったから、小刻みにカツカツって。

でも俺寝呆けてたから…起きなかったけど…あれは確かに神聖ローマの足音だったよ。いつも彼の後ろにくっついて歩いてたから、リズムとか、分かるんだ。」

あれ、でも
神聖ローマって、もう…

「……それで?」

「次の日の朝、ローデリヒさんに聞いたの。昨日夜中、神聖ローマ帰ってきた?って。でも違うんだって。
じゃああの音はなんだったんだろう?
夢だったのかな?
ってずっと思ってた。

それから何百年も経ってから、フランシス兄ちゃんに本当のこと、聞いたんだ。神聖ローマは…もう、ね…って」

フェリシアーノの後ろにある窓から、ちらちらと光るものが見えた。
寒いから空気も澄んでるのか、夜空の星はいつもより多く見える気がする。


「………」

俺は何も言えなくなってしまって。

「…って、ごめん兄ちゃん。なんか暗くなっちゃったねっ」

えへへと頭をかきながら、笑顔で話を戻そうとする。
でもその笑顔は明らかに嘘の笑顔。
俺じゃなくても作り笑いだと見抜けるほど、不自然。

「だからね、神聖ローマはいなくなる前に、俺に会いに来てくれたんだ。だから、兄ちゃんの大切な人も、きっと来てくれるんだろうなぁ…て思って」

『大切な人』と聞いて、浮かんだ1人の男の顔。

「そ……だな……」

いつもはここで愛想ないことを言ったりしてしまうのだが、今日は弟もこうだし、少し素直に答えてやった。   

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