風邪をひく





アントーニョ様と同じ部屋で寝食をしていた、ある冬の日のこと。

一体どこで菌をもらってきたのか、朝から喉が痛み、身体中がだるかった。おそらく風邪だろうということぐらい分かっていたが、この位の風邪で仕事を休むわけにもいかないし、アントーニョ様にも迷惑をかけたくなかった。
だけど、私は嘘を隠すのが下手らしい。

「ロヴィーナちゃん、もしかして具合悪い?」
「…え、」
「なんか顔赤いし、フラフラしとるやん。熱あるんとちゃうの?」

そう言いながら伸ばされた手は、そのままロヴィーナの額へ触れた。ロヴィーナは驚いて朝食を運ぶトレイを落としそうになったが、なんとかもちこたえた。熱を持つ額よりは冷たいが、温かいその手は、ロヴィーナの前髪の間に滑り込み、片目まで覆ってしまうような大きな、男の人の手だった。

「んー、俺の手もぬくいからなぁ…よう分からへんな…ロヴィーナちゃん、ちょっとごめんやで」

ようやく手が離れて緊張がほぐれたかと思った刹那、どんどんアントーニョの顔が近づいてきて、ロヴィーナは思わず身体を大きく反らしてしまったが、アントーニョはそれを阻止するかのように背中に手を回し、ぐっと2人の距離を縮めた。

アントーニョは自分の額をロヴィーナの額と合わせ、熱をはかった。鼻先同士が触れ合う程の近距離に、ロヴィーナの体温がみるみる上昇するのは当然だろう。そして、それを風邪による熱だとアントーニョが勘違いすることも。

「ちょ、やっぱめっちゃ熱あるやん!」
「そ、そうですか…?」
「せやで、今日は寝て治し!」
「ですが、仕事が…」
「そんなん1日くらいせえへんでも大丈夫や」
「…でも、」

この部屋の掃除やアントーニョの身の回りの世話をすることが、ロヴィーナの仕事。その仕事をしないということは、この部屋に置いてもらう意味がなくなってしまうのではないかと思ったのだ。

「仕事熱心なのはええことやけど、体調管理も大事やで?それに、そんな身体で働かれたら俺が心配やねん」

王子が、ただの召使を心配するなど、過去あったろうか。ロヴィーナはその言葉が嬉しかった。

「王子命令や、今日は休んで回復に努めること!」

ロヴィーナはくすりと笑みを浮かべながら頷いた。







「アントーニョ様…あの、あとは1人で大丈夫です」
「あかん!病人は大人しく看病されんのが仕事やで」

そう言ってアントーニョはキッチンへ行ってしまった。
腕を引かれてやってきたのはロヴィーナの寝室。アントーニョの前で寝巻きの格好は正直恥ずかしかったが、いつまでも召使の服装でいたら治るものも治らないと言われ、アントーニョがキッチンへ行っている間に着替えた。

なんだか今日のアントーニョ様、いつもより強引…

「ロヴィーナちゃん入るでー」

開いた扉から、おかゆを手にしたアントーニョが顔を出す。途端、美味しそうな香りが漂う。

「おかゆ、食べれそう?」
「ええ、ありがとうございます。わぁ、すごい…料理お得意なんですね」
「まあなぁ」

アントーニョはへら、と嬉しそうに笑った。そしてスプーンで少し掻き混ぜると、一口分すくってロヴィーナに向かって差し出した。

「はいっ、あーん」
「あ、の…アントーニョ様、それくらい私1人でできますから…王子様にそこまでしていただくなんて」

真っ赤になりながらもやんわりと断るロヴィーナに、アントーニョは少し口を尖らせる。

「いつもロヴィーナちゃんにはお世話になってるさかい、今日は俺が普段の感謝の気持ちを込めて、ロヴィーナちゃんの回復のお手伝いしたいねん。あかん?」

お世話。それはロヴィーナの仕事だというのに。

「だめ、ではないです…」
「ん!なら決まり!」

うつむき気味に答えたロヴィーナに、アントーニョは明るく返す。ロヴィーナが、決して嫌がってうつむいている訳ではないことを、アントーニョも分かっていたのだろう。

「ほな俺、氷枕作ってくるさかい、ゆっくり寝ててや!」

ロヴィーナをゆっくりベッドに寝かせ布団をそっとかけたあと、一瞬一瞥して静かに部屋を出ていった。

…顔、赤いの、ばれたかも。

ロヴィーナは嬉しさと恥ずかしさが入り混じって、さらに熱が上がったように思えた。














暖かい布団の中で目を開けると、大分楽になったような気がした。氷枕がからんとなれば、すぐ横にアントーニョの姿をとらえた。

ベッドの横に突っ伏して眠る彼の手は、ロヴィーナの手と繋がれていた。ロヴィーナはまた目を閉じる。


やっぱり、好きだなぁ…






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