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鳥の声、風が木々を揺らす騒めき、踏んだ土の音。
澄んだ空、翠の植物、鮮やかな色の生き物。
湿った空気、気配、未知への緊張感。

身体中の五感で感じ取る大自然の奥深く、未開拓の森の中。

アントーニョは好奇心で単独行動を取り、ひとりで森の中へと入り込んでいった。心拍数がいつもより駆け足だけど、恐怖はなかった。

地獄の海を越えて辿り着いた新大陸。俺達が見つけた、地図にはまだない島。それがどんな所なのか、ただ、知りたかっただけなのだ。

森を抜け、岩場を降り、滝壺へと辿り着いた。高さはそれほどないが、横に広いその滝の周りには、落ちた水が跳ね上がってできた濃霧が広がっていて、酷く視界が悪い。滝壺の所々に顔を出す岩場を飛び飛びに、向こう岸へと向かう。岸の向こうにはさらに森が息を潜めるように緑の入り口を開けていた。
森へ入る前に、アントーニョは岩場で立ち止まって水を飲んだ。指の間からこぼれ落ちる透明な水は見た目通り、澄んでいておいしい。次にアントーニョは顔を洗おうとし、また水をすくって、目を見開いた。

手の中の水に映る影。
…誰かが、後ろからつけている。

アントーニョは濃霧に隠れて、滝の裏側にある岩に空いた穴に身を潜めた。
(姿を現したら、迷わず撃ったるわ)
現れるのは人か、熊か、それとも他の生命体か。
水の叩きつける音が、妙な緊張感でアントーニョを蝕む。
落ちてくる水の合間から、滝を挟んだ向こう側の岩に現れる影を待った。

深い霧の向こう、岩場を飛び移る何かの気配を感じた。
アントーニョは銃を構えて滝をぐくり岩場へ飛び出し、その影に銃口を向けた。


瞬間、全ての水の流れが止まったかのように思えた。まるで逆再生するように、霧が風でゆっくりと流れ、影の輪郭が見えてくる。

岩場の上に、小さなその影。
人の形をして、顔は横のまま目だけでこちらを見ていた。
霧の中で、夜の猫のように目ばかりが輝きちらついている。

影は怯えるようでも驚くようでもなく、ゆっくりと、ただ立ち上がった。
正面からこちらを見る、影。

霧が頬に当たっては染み込んでいく感覚が、妙に生々しい。
風が霧を少しずつ運んで視界を開き、2人は出会った。
身体は異様に細く、女かと思った。鹿のように大きいのに、猫のように目尻がシャープな瞳はオリーブ色。纏った服は簡素な布。頭には鮮やかな色彩の鳥の羽。
人形のように美しい、その"人"。
気が付いたら銃口は下に垂れ下がっていた。その人は疑いも恐怖もない無垢な瞳でアントーニョを見ている。

綺麗。
ただそれしか感じなかった。

アントーニョは敵意がないことを示すため銃を水に濡れないよう其の場に置いた。そして、浅い水に靴のまま足を踏み入れると、その人は一層目を開いた。糸を手繰るように、もしくは走行のように、アントーニョは水音もたたないほどゆっくりと、少しずつその人に近づいていった。
その人は、近づいてくるアントーニョを微動だにせず、彼の姿をそのオリーブ色の瞳に写していた。
手を伸ばす。触れる瞬間、その人は跳ね上がるかのように身を翻し、岩場を慣れたように跳び越え森の中へ走りだした。

「……あっ、待ったって!!」

アントーニョも我に返り、その人を追いかけた。







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