はじめまして、ぽちくん





ぼくがここに来て、初めてもらったプレゼント。

『ぽち』

ぼくを形作る、2文字の名前。
とっても素敵。ありがとう、ご主人様。

ぼくはまだ小さな犬でここに来たばかりだったから、ご主人様のことも、ご主人様のお家のこともよく知らなかった。だからお外に探検に行って、毎日白い体を泥んこにして帰った。でもご主人様はやれやれという顔をしながらも、お風呂場で優しく綺麗に洗ってくれたんだ。

ご主人様は優しい男の人で、皆から「菊」って呼ばれてた。ぽちときく、ぼくとおんなじ、2文字の名前。おそろい。

ご主人様は、お外にいる他の人とは違う服を着ていたから、偉い人なんだなあと思った。

なんとなく、ただの偉い人じゃないって分かったのは、もうちょっと後の話。
ご主人様は怪我をしてもすぐ治っちゃうし、いつまでもシワひとつ出来なくて、若いままだった。
ご主人様の上司とやらとの話を聞いて初めて、ご主人様は人間じゃないって知った。クニっていうんだって、よく分かんないけど。

でも、ぼくはそんな凄い人の飼い犬なんだぞって、ぼく、すっごく誇りに思うよ。

ご主人様が人間じゃなくたって、ぼく全然怖くないよ。だってご主人様がぼくを撫でてくれる手は、たまにここに来る茶色とか黄色い髪したお客さんよりずっとずっーと優しいんだもん。
ご主人様大好きだよって、ぼくも手を舐めて伝えるんだ。

だけど、しばらくの間、ご主人様は長くお家を空けるようになった。前みたいに、変なお客さんも来なくなった。周りの人もご主人様もぴりぴりしてて、笑わなくて、怖い。ご主人様のあんな顔なんか知らない。
そのあとも、ご主人様は笑わなくて、代わりによく怒ったり、泣いたりするようになった。どうしちゃったの?
でもぼくは犬だから分かんなかった。ご主人様をこんなにする原因を。ぼくがもう少し賢くて大きかったら、その原因を退治してやるのに。

ぼくは毎日玄関でご主人様の帰りを待った。帰ってこない日もいっぱいあって、ご飯も食べれないこともよくあるけど、たまに顔を出しに来ては、どんなに忙しくても一撫でしてくれる。ぼくを忘れたわけじゃないんだ、ぼくが嫌いになったんじゃないんだって分かって嬉しかったよ。

気が付いたら、ぼくはもう大分歳をとっていたみたいだった。なんだか最近身体中が痛いんだ。残念だけどぼくら犬ってのはさ、10と数年しか生きれなくて、なんとなく、死ぬんだなぁってのも自分で分かっちゃうんだ。ぼくが死んだら、ご主人様、悲しんでくれるかな。ぼくはそれくらい、ご主人様にとって大きな存在になれたかな。

今日も玄関でご主人様の帰りを待っていたんだけど、だんだん眠くなってきちゃったから、ご主人様が帰ってきて起こしてくれるまで一眠りしようかな。








「菊、」

後ろを振り替えれば、アーサーさんがいつの間にか立っておられました。

「裏庭にいたんだな。なかなか出ないから留守かと思った」
「すみませんアーサーさん」
「いや、いい…けど………」

アーサーさんは私の目の前に広がる光景に言葉を飲み込んだように見えました。本当はこんな時に、人に会いたくはなかったのですが。

「お客様が来られるような場所ではありません、すぐ戻りますから、先に上がってて貰えますか?」
「菊」
「はい」
「俺も手伝っていいか」
「えっ……ですが、」
「頼む」

西洋の方にも、分かるのでしょうか。土に垂直に刺さる板と、手向けられた花の意味を。

「こんなこと聞いて悪いんだが……誰の」
「……犬です」

土を被せていく。白いその小さな体が、見えなくなる。私の帰りを、待ち続けた。冷たい、痩せ細ってしまった、私の犬、私の。

戦争があったとはいえ、ろくに世話も出来なかった私が、私の犬だなんて偉そうなことを言えるはずがないのに。終戦を迎えて、半年ぶりに戻った家の玄関で、ぽちくんは横たわっていました。

私は、ぽちくんを飼うに値する人ではなかったのです。
ごめんなさい、私が飼い主でなければ、きっと、もっと幸せに。

アーサーさんにそう話すと、しばらく黙りこんだあと何か呟いて、こう言いました。

「でも俺は聞いたぜ。お前んとこじゃ、犬も戦争に出してただろ。国中の犬に命令が出ても、この犬だけは守りたいって、菊は最後まで拒んでたって」

戦争からは守れたかもしれない。けれど。

「菊、白い犬を買いに行こう。」
「…え?」
「そして同じ名前をつけるんだ。こいつがそれを望んでる。」

そう言ったアーサーさんの目先には、ぽちくんの墓がありました。










裏庭には、もう10を越える墓が並んでいました。
アーサーさんは、毎回ぽちくんの埋葬に同行してくださいます。
そして、ペットショップにも。

籠の中の白い犬は、遊びまわっていたのに、私が近づくとじっと目を向けてくる。まるで、ぼくを選んでと訴えるように。

私は店員さんに頼み、この子を選びました。













ぼくを、飼ってくれて、ありがとう。





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