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後にイタリア半島と呼ばれるようになるこの土地の入り組んだ森の奥には、古より長い間人が住んでいた。

そこに住む人々は代々、その森の神聖なる精霊と生命を感じとって生きてきた。
小さな部族が集まった部族連合が成立しており、その族長をつとめたのがローマであった。
老いの道を進む彼の顔には、戦いの数と同じだけの皺が刻み込まれ、背が高く均等のとれたその鍛え抜かれた肉体には、気負った若い戦士にも劣らぬ頑強さが残されていた。
彼は部族の誰からも尊敬され、そして愛された。彼がそうだと言えば皆もそうだと言い、彼が違うと言えば皆も違うと言う。彼に逆らおうとする者など、彼が族長の位に就いてからは誰一人いなかった。

そんな彼には2人の孫がおり、他の誰よりもその2人を溺愛していた。
兄の名をロヴィーノといい、弟の名をフェリシアーノと言った。
彼らはまるで双子のように良く似ており、それぞれローマの遺伝子から引き継がれた特徴的なくるりと一本飛び出た髪の毛が対象の位置に生えていた。兄弟仲は、周りから見れば特別良い訳ではなかったが、悪くはなく、そこそこうまくやっているようだった。

彼らは2つ名前を持っていた。ロヴィーノはロマーノ、フェリシアーノはヴェネチアーノ。
民族の間では、他人から実名を呼ばれすぎると魂が削られると考えてられていたので、彼らは親族以外の間ではロマーノとヴェネチアーノで呼ばれていた。
実名を呼ぶのも知るのも、家族だけである。


彼らは豊かな自然と生命に囲まれて、幸せな毎日を過ごしていた。彼らにとってこの国が全てだった。
…荒波が異人と共に激震を運んで来るまでは。




「兄ちゃん、いっぱい取れて良かったね!」

フェリシアーノがロヴィーノに笑いかけた。それにロヴィーノはああと微笑んで返した。

「今年は豊作で良かった。これで1ヶ月以上もつな」

手に持つ唐草を編み込んで作られた籠を揺すると、じゃらっと中の木の実が軽げな音を鳴らした。2人は森に食材を取りに来ていた。
ローマが支配する土地は自然に恵まれ、緑溢れる森、そこを貫く大きな川、沢山の動物たちの全てが揃っており、彼らは農業と狩猟で充分な生活をしていくことが出来ていた。

その時、ふいに風が吹いた。
風は木々の葉を揺らし騒めき、2人の髪を撫でて話し掛けた。

「…!」

彼らは風の声を聞く事が出来た。それは代々ローマの民族に伝わり受け継がれてきた、精霊を信じ祭ることで生まれる能力であった。風は時に楽しそうに笑い、時に哀しそうに嘆いた。そうして彼らに囁いたりして、幾度も彼らを災難から救ってきたりもした。
そして今も風は彼らにひっそりと教えた。

「何か…来る…?」

ロヴィーノは籠をフェリシアーノに押し付けて近くの大樹に速やかによじ登った。

「兄ちゃん、何が来てるの?」

風の声を聞く力がまだ弱いフェリシアーノは、風の声は聞こえたが、何を言っているのかまでは理解出来なかった。フェリシアーノは、見上げれば首が痛くなる程高い大樹の頂点まで登ったロヴィーノを見上げ尋ねた。

「……雲だ」
「雲ぉー?」

ロヴィーノの目に飛び込んで来たのは、見たこともない白く四角い雲…すなわち大型船の帆であったのだが、船といえばカヌーしか知らない彼らには分かるはずがなかった。
四角い雲はゆっくりと流れていき、入江の入り口でぴたりと止まった。されどそれから雲は動こうとも消えようともせず。ロヴィーノは不思議に思って大樹から降りた。

「ちょっ…兄ちゃんどこ行くの!?」
「お前はそれ持って先戻ってろ!俺ちょっとあの雲見てくる!」

フェリシアーノの返事も聞かず、ロヴィーノは雲の方向へ走っていった。フェリシアーノは「ちぇー」と口を尖らせながらも渋々1人で村へと帰っていった。








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