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言葉が出なかった。正しくは、何も浮かばなかった。
頭の中を駆け巡るのは"何で"、"どうして"ばかりで、何か返事をしようと口を開いても、意味を持たない短い文字しか出なかった。
「俺からプレゼントや」
アントーニョ王子がそう丁寧に言ってくれて初めて理解できたのだ。これは私への贈り物なのだと。王子から、召使への。
「えっ…!私に…ですか!?」
「さっきも言うたやん」
「でっ…ですが私、王子様から贈り物を頂くのを許される身分では…」
渡された紙袋を彼に返そうとすると、彼はその両手首を掴んで再びロヴィーナにしっかり持ちなおさせる。
「ロヴィーナちゃんはいっつもそれやんな。身分気にしすぎやで」
「…だってそれは事実ですし…」
「どうでもええやん、そんなん!それに、ロヴィーナちゃんは自分を卑下しすぎやで」
アントーニョは、前のめりになりながら話す。
身分などどうでもいいと言う王子様なんて、他にはいるだろうか。つくづく変わった方だと思った。
「俺がええって言うたからええの。貰って」
「は、はい…」
ロヴィーナはその時自分がどんな顔をしていたのか分からなかった。だけどきっと、恥ずかしさと嬉しさを混ぜたような、不思議な色をしていたに違いない。
開けるように促されて、宝箱を開けるかのように、予想も付かない中身に胸を躍らせて、恐る恐る紙袋を開き中を覗いた。
その中身にロヴィーナはひゅっと息を飲むことになる。
「…!」
思わずアントーニョ王子に振り返るけれど、彼はそんな反応を待ってましたといわんばかりに、ただにこにこと微笑んでいた。
壊れ物を扱うようにそっとそれを紙袋から取り出してみる。
自分の体長とほぼ同じ大きさで、手触りは川の流れに受動するように滑らか。一部は光を帯びて光沢し、また一部はカゲロウの羽の如く透過している。
最高級の生地がかき集められて成り立った、アントーニョからロヴィーナへの贈り物。
世界にひとつの、ロヴィーナの為のパーティードレス。
「……」
ゆるゆるとアントーニョの方へと向き直ってみたが、言おうとしていた言葉など一瞬にして頭を飛び越えて、脳内は真っ白いキャンパスのようになってしまった。
何を言えばいいのか必死に頭を回転させたが、むしろ何も言わない方が適切とも思えてきた。
驚きに未だ言葉が出ず、瞬きをただいつもより速い律動で繰り返して彼に訴えた。己の胸にそのドレスをぎゅうとあてがって。
「気に入らへん?」
振り返ったロヴィーナに、アントーニョは小首を傾げて尋ねた。
「いえ!そんなことないです…!」
「ほんま?」
「ありがとうございます…本当に…」
気に入らないなんて事ある訳ない。そんな滅相もない。言葉通りロヴィーナは心の底から嬉しかったのだ。
所々生地に花の装飾がバランスよく施されていて、四季の花がひとつのドレスに一斉に咲きみだれている。見れば見るほどため息が無意識に出る程美しいドレスを、もう一度眺めた。
しかし、ひとつ問題が彼女の頭の中を霞めていた。
「ですが…ひとつ問題がございます」
「ん?」
「せっかく頂いたのですが…着る機会がございません」
アントーニョ王子は少しの間ぱちくりとまばたきをしていたが、すぐににこりと歯を出して笑って見せた。
「それなら心配あらへんで!ちゃあんと考えてあんねん!」
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