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結局一睡もできず、寝ることを諦めて窓の外がたんだん明るくなっていく様子を眺めていた。
どれくらい経ったのだろう。移り行く空の色に集中しすぎていたらしい。ドアがこんこん、と軽く叩かれて、スローモーションの世界から連れ戻された。

「ロヴィーナちゃん朝やでー」

アントーニョさんの声。時計を見ればまだ6時半で、随分早いなと思いながらも返事をした。

「はい、起きました」
「お、早いなぁ」

ドア越しで見えないにも関わらず、口調から笑みを浮かべているのが分かる。
布団を畳んで、寝癖を軽く直して部屋の鍵をカチャリと開けた。そろそろと顔を出すと、そこにはアントーニョさんはもういなく、変わりにいい匂いがふわふわと漂ってきて、鼻をくすぐる。
もう一度変なところはないか全身をチェックして、ぺたぺたと裸足でキッチンへ向かった。

「おはようございます」
「おはよーさん!」

彼は台所で、エプロンを着用して何かを作っていた。良い匂いはこれだったのだと理解する。

「朝ごはん、シーフードのピラフでええかな?簡単なものしかあらへんけど」
「何でも食べれるので大丈夫です」
「良かったぁ、ほな座って座って!」

良い匂いを漂わせる料理が盛り付けられた皿を2つ手に、アントーニョさんがダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。その向かいの椅子に私も座った。いただきますと律儀に両手を合わせて、アントーニョさんが食べ始めた。料理は本当に美味しそうで、私もスプーンを手にそれを口に運んだ。途端口に広がる豊かな味。

「おいしい…!」
「ほんま?良かった!」
「料理、得意なんですか?」
「作ることは少ないんやけど、嫌いではあらへんなぁ」
「え、少ないって、」
「最近は忙しくて外食とかコンビニが多かってん。せやけど今日はロヴィーナちゃんがいてはるから頑張ってもうた」

にかっと子供のようにはにかむ彼は、ロヴィーナより年上のはずなのに幾分幼くみえた。でも彼は大学生。ただでさえ忙しいのにここに住まわせてもらってしかも食事も負担掛けてしまって、なんだかとても申し訳ない思いでいっぱいになった。
なるべく彼を煩わせたくないと思い、思い切って提案してみる。

「あの…私が作りましょうか?ご飯、」
「へ?」
「孤児院にいたころは料理も自分でしていたし、大抵何でも作れます!だから…」

彼は驚いたようにその両目をぱちくりさせている。迷惑だったかもと少し出過ぎたことを言ったのが恥ずかしく思った。
でも、返ってきたのは予想に反した優しい言葉。

「…ええの?任せても」
「…!はいっ!」
「ほんま?わぁー嬉しいわ!」

どうやら喜んで貰えたみたいで、一安心する。

「楽しみやなぁ、ロヴィーナちゃんのごはん」
「アントーニョさん、私頑張りますね」
「アントーニョ」
「…え?」
「そろそろ呼び捨てにして欲しいなぁ、俺のこと。あと敬語もなしやで?いろいろ不便やろ。俺ら家族なんやから、な?」

孤児院で育ったからか、"家族"という言葉が酷く頭にこだました。家族の一員としていられることに至福を感じた。

「ア…アントーニョ…?」
「そ!今度からはそう呼んだってな!」
「じゃあ私も…!私のことも呼び捨てにして!」

片肘をテーブルに頬杖を付いていた彼は、頭の角度を少し変えて名前を呼んだ。

「ロヴィーナ」

"ちゃん"が消えただけなのに、何故か心臓が大きく打った。男の人に呼び捨てで呼ばれたのは初めてだったかもしれない。

初日にあった2人の溝は、確実に少しずつそのくぼみを埋めていた。







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テーマ「人外ファンタジー」
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