僕等。





まわりの人はみんな、"暖かくなってきて嬉しいね"っていうけど、俺はずっと寒いままでも構わなかった。むしろそうであって欲しかったのに。季節ってのは黙ってても過ぎていく。
もしも願いが叶うならば時間よ、止まってくれ。
季節が、あいつと俺を引き離す前に。


『卒業生が退場します。盛大な拍手で──』

わっと雨のような祝福の拍手が体育館に降り注ぐ。中には涙ぐましくも一生懸命両手を手を叩く人もいるし、泣き崩れてハンカチで目を押さえている人もいる。
俺は前者でも後者でもなかったが、拍手はしなかった。黙って膝に手を置いて、真っ直ぐ一点を見つめたまま動かずに。
おめでとうなんて言えない、祝福なんて出来ない。だから拍手もしない。今日卒業してしまう彼が、拍手に包まれているのを複雑な気持ちで体育館から送り出した。
胸ポケットに入れておいた小さな紙がくしゃりと音を立てた。



卒業式が終わると、学校は人と祝福の言葉で溢れかえっていた。
フェリシアーノが、ある3人にかけよった。

「あ、いたいた〜。兄ちゃん達、卒業おめでとう!」
「フェリちゃん来てくれたん?おおきにー!」
「これからは朝のフェリシアーノちゃんの天使の笑顔が見れないとか…辛すぎるぜー」
「お兄さんも少し寂しいよ」

今日で着るのも最後になるであろう着慣れた制服の胸に、卒業生は皆お揃いの花のコサージュを咲かせている。周りを見渡せば、後輩達が先輩に色紙や花束を渡したり、3年間お世話になった先生や校舎と写真を撮ったりし、名残惜しくもめでたいこの日を存分に満喫している。
その光景を見てアントーニョは、はっと気付いた。まだ自分は、学年がひとつ下ながらも、いつも一緒にした彼に会っていないということを。

「フェリちゃん、ロヴィーノは?」
「え?会ってないの?」

驚いて開かれた瞳に、こくりと頷く。

「こんな最後なのに、アントーニョ兄ちゃんに会わずに帰っちゃったなんてことはないと…」
「俺ロヴィーノ探してくるわ!」

フェリシアーノの言葉が終わる前に、生徒や保護者でごった返しの人混みの中をアントーニョは走りだしたが、その直後誰かに呼び止められた。

「あのっ…アントーニョ先輩!」




人気のない校舎裏に、ロヴィーノは1人しゃがみこんでいた。
胸ポケットから、もはや皺だらけになった一枚の紙を取出し広げる。数日前、アントーニョ宛てに書いた手紙だ。何年も胸にしまってきた思いが綴られていて、何度も何度も書き直して納得のいく文になるまで書き続けた、大事なものだ。
だがいざ渡そうとしても、プライドが、羞恥心が、弱い気持ちが邪魔をする。それに彼の周りにはいつも人が絶えなかった。彼は同性異性構わず好かれる性格で、人気者なのだ。だから結局渡せずに、この卒業の日を迎えてしまったのだけれども。

彼はもう帰ってしまっただろうか。既に彼は遠い大学への進学が決まっていて、一緒に登下校するのも会えるのももう最後なのに…これでいいのだろうか。
離れてしまうと分かっていても、それは余計恋心を助長させる。せめてセオリー通り、第二ボタンでも貰っておけば良かったななんて思う。あいつは鈍感だから、多分そのボタンに込められた意味など深く考えずに簡単に差し出すに決まってる。

こんなにも、アントーニョが好きなのに、今日でお別れなんだと考えると、彼の目の前で泣いてしまいそうだった。だから、こんな校舎裏なんかに逃げ込んでしまって。俺はなんて弱い人間だと自分を嘲笑った時、聞き慣れた声が聞こえた。

「ロヴィーノ!そこにおったんや!」

息を切らして覗いた顔を見て、どきりとした。やばい、泣きそうだ。涙を見せまいと視線を少し下に降ろして、彼の制服の異変に気付く。無いのだ、ボタンがひとつ残らず!

「お前っ…制服のボタンどうしたんだよ!?」
「あー…、これ?いやぁ、何人もの女の子にボタン下さいー下さいーって頭下げられてん。最初は断ってたんやけど泣きだされてもうて…」

だからって第二ボタンまでやるなよこの鈍感野郎!!と出かかった言葉をごくりと飲み込んだ。すると今度は大きなショックに心が侵食されていく。
黙り込んでしまったロヴィーノの顔を不思議そうに覗き込んでいたが、ふとロヴィーノの手に握られている小さな紙に気付き、ひょいと奪う。ロヴィーノが気付いた時には時既に遅し、アントーニョはロヴィーノの心の内が綴られた恋文を読んでしまった。

ああしまったと思った。どうせ離れるのだからいっそ気持ちを伝えないでいようと決めたのに。

「ロヴィーノ…」
「なんだよ…気持ち悪いとか思ってんだろ!男なのに、こんな…お前のこと好きだなんて」

言葉と同時に、つうと頬に沿って涙が綺麗な曲線を描いて伝わり、アントーニョは焦った。

「ちゃうよ!俺もロヴィのこと好きっ…!」
「いいよ別に…お前の好きと俺の好きが違うってことくらい分かってる」
「ちゃうって!」

ガッと両肩を掴まれ驚愕した。顔と顔が向き合う状態で、鼓動がどくりと1回鳴る。

「ロヴィーノが好きや…愛しとる!ずっと前から!!」

それを聞いたロヴィーノは、ただ呼吸という2文字の動作しかできない程驚いた。切羽詰まったような…そんな顔をされたら、答えは決まってるのにこちらもどう答えればいいのか分からない。

「せやからこれ、」

そう言って彼が制服の内ポケットから取り出したのは、ひとつのボタン。それを見てロヴィーノはひゅっと息をのむ。

「これ……」
「ん、俺の第二ボタン。ちゃんと取っといてん」

最初っからロヴィーノ以外に渡すつもりなんてあらへんもんと微笑んで、それをロヴィーノの手のひらに握らせる。言葉にならない気持ちを涙で表現するロヴィーノからは十分、ありがとうという気持ちが伝わってきた。その証拠に、彼は渡された第二ボタンを離すまいとぎゅっと握り締めている。

「せやから、代わりにロヴィーノのちょうだい」

返事をする前に、胸元のボタンに手をかけられ、プツンと糸の切れる音と共にボタンが外れた。取ったそれを、アントーニョは自分の第二ボタンがあった場所に当てる。

「第二ボタンて心臓に一番近いとこやんなぁ」

これからはしばらく会えなくなるというのに、アントーニョが幸せそうに目を細めるものだから、ロヴィーノの頬は思わず紅潮する。やっと涙も止まったのに、目尻までちり、と熱くなった。

「これで、お互いいつでも近くに感じれるなぁ」

そう言う彼の瞳の奥にも光るものがあって、ロヴィーノは更に泣きだしてしまう。

「離れたくねぇよ…」
「俺も…」
「俺、勉強頑張るから…お前と同じ大学いく」
「ん、待っとるよ」

















お互いの気持ちは、いつでも心に一番近いところに。





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