ちょっとそっとぎゅっと
ふわりと部屋に漂う、腹の虫を呼び起こしそうないい匂い。
すうっと鼻をすすると、それは肺いっぱいに吸い込まれてとても心地よい。
キッチンからはカチャカチャと軽げな音がする。彼が料理を作る音。週に1回、彼がおいしいご飯を作ってくれる貴重な日。
「ロヴィー、まーだー?」
「もう少しで出来るから大人しく待ってろ」
「分かったわぁ」
口調は少々荒いものの、彼はご機嫌みたいだ。その証拠に、小さく鼻歌が聞こえてる。
この匂いはペペロンチーノやんなぁと、キッチンから少し離れたソファーに寝そべりながら思った。
料理を作る背中は細くて、シンプルなエプロンがよく似合う。野菜を切りに左へ行ったり皿を用意しに右へ行ったり、彼が動く度にさらさらと髪が綺麗に揺れた。
料理をしている、ただそれだけなのに、ロヴィーノがいとおしくて仕方がない気持ちが溢れてくる。
立ち上がると、重みをなくしたソファーからぎしりと小さく鳴った。余程料理に集中しているのか、ひたひたと近づく足音にロヴィーノは気付いていないよう。
ああ、好きや
そんな暖かい気持ちが胸の奥に広がり、後ろからロヴィーノをぎゅっと抱き締める。
「わっ…アントーニョ!?」
「ええなぁ〜幸せやな〜」
「おい、料理が出来ないだろ」
「頑張って作ったって〜」
伸びた声で返事をするが、回した手は離すまいと緩む気配はない。
「………離せよ」
パスタを茹でているお湯の沸騰みたいに、ロヴィーノの顔がみるみる赤くなる。逃れようと腕の中でもぞもぞと動くが、それは虚しい抵抗に過ぎなくて。
「嫌や」
この上ない笑顔でそう答えれば、今度はそっぽを向いてしまう。
「何だよ……いきなり何してんだよ」
・・・
「愛してるんや」
「……っ!」
大きく開かれた目と、ぼっと熱くなった顔が可愛くて、思わず頭を押さえて己の唇を重ねた。
ちゅ、と受け入れて拒みはしない。
多分きっと、生涯こんなに愛しいと思える人には出会えない。
今、愛してる。
「おい、どうしてくれんだパスタ。完全に伸びちまったじゃねーか」
「すんません、今日は俺が作ります……」