12





雪の上を走るような音がざくざくと聞こえてくる。
どこかで誰かがかくれんぼでもしているのか。
「見つけた」という声が、曖昧な意識の中で小さく耳に届いたような気がした。





………暖かい
不思議、さっきまであんなに寒くて凍えてたのに、指先まで凄く暖かい。
あれ…私どうしたんだっけ?
なんだかぼうっとして、意識も曖昧の中、だんだんと意識が浮上してくる。

「……ん…」

小さい瞬きと共にそっと両目を薄く開くと、見慣れない天井。うっすらと視界の端に灯りがぼんやりと見えて、そちらに顔だけを動かしてようやく目が覚めた。

ここはアントーニョ王子の部屋だと気付いたからだ。見覚えのある家具や壁紙がそれを決定付ける。毎日出入りしているのだ、間違えるはずない。
身体を起こしてさらに驚愕する。なんと自分は眠っていたのだ。しかもアントーニョ王子の部屋のベッドで!長時間布団に入っていたのか、それは己の体温でほんのり暖かい。

「えっと……」

まずは落ち着こうと頭に手を添えた。
確か城に入れなくなって、外にずっといて、……それで?そこからロヴィーナの記憶はぶつりと途切れている。ここに到るまでの過程が全く思い出せない。ぐるぐると思考回路に迷い込んだ精神は、その声で一気に引き戻された。

「あ、起きたん!?良かったぁ…」
「アントーニョ、様……」

手に湯気をもくもくと発する蒸しタオルらしき物を持ち、ドアから顔を出した彼は、ロヴィーナの目覚めを安堵のため息と共に喜んだ。ばさっと蒸しタオルを広げては、ロヴィーナに手渡す。

「とりあえずこれで顔拭き。寒くあらへん?」
「あ、はい…ありがとうございます…」

次いで暖かい飲み物を差し出すアントーニョに、ロヴィーナはずっと気になっていた事を思い切って問いだした。

「あの…私はどうして此処にいるのですか…?」
「……覚えてへんの?」

彼から笑顔がさっと消えたので、質問してはいけない内容だったのかと不安になる。アントーニョの持つカップからは湯気が絶えず出ている。ロヴィーナは静かに首を横に振った。

「雪の中で倒れとったん、覚えてへん?」

そう告げられて、まるで走馬灯のように記憶が溢れだし、蘇ってきた。途端みるみる青ざめる顔。

「部屋の窓から偶然外で倒れとったロヴィーナちゃんが見えてん。ほんま良かった…雪ん中は危ないんやで?」

そういえばこの部屋は凄く暖かい。アントーニョ様が微かに汗をかいている程。それは全て、私の為で。もし、もしも彼が私を助けてくれなかったら、最悪死んでいたかもしれなかった。目の前の命の恩人が、まるで救世主のように輝かしく瞳に写った。そんな心配している顔を見ていたら、自分の奥深くに閉じ込めておいた彼女達からのいじめによる悲しみが津波のように押し寄せてきて、堪らず下唇を強く噛んだ。涙を耐え歪む顔に、アントーニョはロヴィーナの顔を覗き込む。

「ロヴィーナちゃん最近ずっと様子おかしかったやんなぁ。どうしたん、言うてみ?」

あんなに元気に振る舞っていたのに、彼は気付いていてくれた。そう言われた途端、ついにロヴィーナの瞳のダムは崩壊し、溢れんばかりの涙をこぼした。

全て吐き出した。心の不安、愚痴、彼女達にされた事の詳細まで。こんな話を聞いても楽しいはずないのに、彼は最後まで相づちをうって、決して目を逸らさずに聞いてくれた。

「辛かったなぁ…気付いてやれへんでごめんな」

ロヴィーナの両手を力強く握って、俯いてアントーニョは言う。
高貴な手、既に何度も触れたそれらはやっぱり暖かい。既に涙は止まったが、目尻がひりひりと痛い。するとアントーニョは弾かれたように顔を上げたかと思うと、声色を変えて提案した。

「ほな、こうしようや!」

ロヴィーナは大人しく次の言葉を待つ。

「ロヴィーナちゃん、この部屋に住みぃ!」
「……えっ……?」

ちょ…ちょっと待って。住むって、王子の私室に?使用人で女でもある私が?
考える事は沢山あったが、勝手に決定される前にと聞き返す。

「で、ですが私のような者がそんな事…!」
「ロヴィーナちゃんにとってそれが一番ええと思うねん。いじめも受ける事あらへんし。この部屋から出ぇへんで、俺の部屋の掃除だけしてくれればええねん。俺の部屋広くて扉でいっぱい部屋別れとるし、風呂もトイレも小さいキッチンもついとるし、不便な事なんかあらへんで。な、無理?嫌なら言うて?」
「それは…」

確かに最良の策だとは思う。けれど問題なのはそこではなくて。どうしよう、困ってしまう。
微かに変わったロヴィーナの表情に気付いたのか、アントーニョは身を乗り出して更にもうひと押しをする。

「心配せんでええよ!?絶対夜中に襲ったりせえへんから!」

必死な言葉に、ロヴィーナは一度ぱちくりと瞬きをして、ふっと笑いだした。そうまで言われては、こちらも断れなくなってしまう。

「分かりました」

ロヴィーナの返事を、顔を強ばらせて待っていたアントーニョは、それを聞いて表情を一気に緩ませた。

窓の外は既に明るくなりかけていて、部屋のシンプルな造りの時計は、午前5時半をさしていた頃の事だった。








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