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「あれ?ロヴィーナちゃんは?」

午後3時、美味しいお菓子とコーヒーを届けてくれる彼女は来なかった。
来たのは以前この担当をしていた、ロヴィーナと同じ白と黒のメイド服に身を包む、けれどロヴィーナではない少女。彼女について尋ねると、少女は一瞬だけ眉を吊り上げて、すぐににっこりと微笑んで答えた。

「ロヴィーナは急用の為、参れなくなりました」
「急用…か」

今日も聞かせたい話が、聞きたい話が沢山あったのにと、アントーニョは内心口を尖らせたが、急用なら仕方がないと妥協した。急用なのだから疑うことは何ひとつないというのに、なんだか胸騒ぎが微かにする。それと同時に、彼女に会えなかったことを酷く寂しく思った。





「なんで…?」

誰も聞いているはずないのに、口に出してそう呟いた。目の前にあるその異様に、そう言わずにはいられなかった。
城唯一の門が閉ざされていた。普段なら閉門はとっぷり日が落ちる午後9時頃だ。今はまだ午後6時、太陽ですらまだ顔を全て隠してはいなく、その時間までに城に帰るには十分な程時間は残されているはずなのに。

「すみません、開けて下さい!私、この城の使用人です!」

見上げれば首が軋む程高く積み上げられた、城を囲むレンガの壁の向こうに人がいることを信じて、何度も叫んだ。買ってきた食品の入った紙袋を片手に、この大きく広い城の周りを一周する間ずっとそう叫んだが、返事は一度もなかった。
どうしよう、どうしたら…
不安は身体中を巡り、この冬の気温で既にかじかんだ両手を一層冷たくした。はぁ、と肺から息を押し出しても、その白い息で赤い手が暖まるはずもなく。
凄く絶望的で、凄く孤独だった。

同じように叫びながらもう一周している間に、太陽は遠くの山に顔を全て隠してしまった。
日光を失って一層下がった夜の気温は、容赦なくロヴィーナの細い身体に徐々にダメージを与えていく。唇は既に紫色へと化し、手は刺すようにじんじんと痛んだ。
何度叫んでも彼女の声は壁を越えることはなかった。
近くの木の下に腰を下ろし、どうしようかと考え込んだ。気温はさらに下がり、恐らく氷点下を下回っている。がたがたと震える己の肩を抱いて、耐えようとした。
何となくだが、門が閉まっているのも彼女達が企んだことだろうとは予想できた。でもそんな事はどうでもいい。帰らない自分を、エリザさんは…アントーニョ様はどう思われたのかだけが気がかりだった。

雪は絶えず降り続けていて、ロヴィーナの周りにさらに厚さ数センチの新しい絨毯をしいた。雪雲からふと覗いた月は真ん丸く、その位置は大分高かった。いつの間にか真夜中になっていたのだ。
…どうりで眠い訳ね
この寒いというのに、眠くて仕方がない。冬の野外で野宿すると命の危険があると、どこかで聞いたことのあるような気がしたが、睡魔にはどうしても勝てなかった。寄りかかっていた木の幹からずるずると背中を地面に滑らし、真っ白なベッドに身体を預ける。傍らの買い物袋がガサリと音を立てた。
始めはロヴィーナの体温でじわりと溶けた雪も、今では触れても溶けなくなってしまった。それだけ体温が下がったことを物語っている。身体に積もりつる雪も、むしろ暖かくさえ感じるようになってきて、朝になったらきっと全身を包まれているのかな、と思いながら重い目蓋が閉じられる。

雪の積もる音だけが、ただ耳の奥に響き続けていた。









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