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山に陽が落ち、夜が来る。
城内に響き渡る鐘の音と共に、執務室に居た者達が一斉に本や筆記具を片付けて一列に並ぶ。
夜になると、蝋燭の心許ない明かりだけでは文字は読めない。

「それでは、于禁将軍。本日の業務をこれにて終了致します」
「うむ。皆、明日に備えしかと休め」
「はっ」

部下の中の行動を取り仕切る者が于禁の言葉に応えると、他の部下と共にぞろぞろと執務室を出て行く。
于禁も読んでいた書簡を閉じると、居室で読むためにそれともう一つ手に取り、既に暗くなった廊下に出た。
曹操に仕え始めて何年も経つ。
その年数と共に挙げた武功を称えられ、今の将軍という官位を手に入れた。
今履いているこの靴でさえ、賜ったものだがやはり上等なものだ。
着ているものもそれなりに値が張るものだが、これも賜ったもので、自ら誂えたものではない。
于禁は派手な着物や、装飾品は苦手だった。
今身に付けているものも、半ば不本意であった。
武官といえどそれなりに上等な物を身につけなくては、部下に示しがつかぬ。
そう曹操に言われて、毎朝上等な絹で織った着物に袖を通してはいるが、気分は晴れやかなものではなかった。
かつ、かつ、と靴に飾られた金属が石で出来た静寂な廊下を蹴り、その不本意な音にやはり于禁は眉間に皺を寄せる。

「…余計なものなど、私には不要だ」

そう一人吐き捨てながらも居室への廊下を歩いていると、ひとつの部屋に仄かな明かりが灯っているのに気が付いた。
明らかに人の気配がするその部屋は、書庫だ。
執務時間は先程の鐘が鳴った時点で終了したはずである。
于禁は眉間を若干寄せながらも、書庫の重い扉をゆっくりと開けた。
そこには。

「あ…これは、于禁殿」
「徐庶。執務時間はもう終了している。これからは明日に備え休む時間だぞ」
「は、あ、そうですか。…ええと、もうそんな時間でしたか」
「終了を促す鐘はとうに鳴っている。許可された時間外の書庫の使用など、厳として認めぬ。早々に帰られよ」
「ああ…そうですね。では、これは居室で片付けます」

そう言って徐庶が抱えようとした書簡は、一つや二つではなかった。
徐庶は于禁には劣るが、背丈は高いほうで、その分腕も通常よりかは長い。
だが、書簡の数はその収容能力も凌駕するほどの数で、当たり前だが腕に収める事に難儀している。
一気に抱えようと試みてもうまく行かず、困った、というように眉尻を下げた。

「…手伝おう」
「えっ!?」
「私の手助け等、受けるに値しないか」
「め、滅相もありません。ですが、私事に于禁殿のような方の手を煩わせる事なんて」
「構わぬ。じきに陽が落ちる、暗くなる前に運んでしまった方がお前のこれも捗るだろう。貸せ」
「あ、…。ありがとう、ございます」
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