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やってしまった。
先程から背を向けて大股で歩く彼は、完全に怒り心頭に違いない。

「法正殿、待って下さい」
「……」
「法正殿」
「……」

いくら呼びかけても返事はなく、これは相当だ。
なにが発端だったのかと言うと。


『法正殿は、殿以外に味方はいるのだろうか?』
『味方って?ここは成都だろ』
『そうじゃなく。殿は気に入ってるが、他の者は法正殿を疎んじているらしい』
『まあ、あの性格じゃあな。でも、俺この前徐庶殿と居るところを見たぞ』
『徐庶殿と?これは意外な』
『あんまり仲良くされてたみたいだから、二人が別れた後、徐庶殿に、法正殿と仲良いんですねって聞いたんだ』
『で、徐庶殿は何て?』


という、衛兵の話を二人で歩いてる時に聞いてしまい。
みるみる機嫌が悪くなった彼と、しばらくこうして距離の縮まらない追いかけっこをしている。
咄嗟に出た言葉とはいえ、あれは確かに自分でも酷いと今でも思う。

「法正殿、すみません、俺、咄嗟に」
「別に構わん。お前が俺を意地が悪く恐ろしく、怒った所などまるで悪鬼羅刹のようで近付きたくないんだったら、もう近付かんでいい。俺もそうするからな」
「ほ、法正殿〜…」
「ついてくるな。もう軍議以外で会う必要もないだろう」
「だから違うんです、うう…」

頭から湯気が見えそうなくらいに憤慨しているのか、先程からこんな調子だ。
あ、まずい、彼の自室が見えてきた。
自室に入られると閉め出される、と思い、駆け寄って彼の手を掴むと、ようやく足が止まる。
振り向いた彼の顔は本当に恐ろしかった。
が、ここで引いてはだめだ。
彼の手を強く握ると、少しだけ瞳が揺れた。

「法正殿、誤解です」
「どうだか。どうせ俺の事などその程度のものなのだろうが」
「ち、違います」
「それとも何か?俺が怖くてずっと断りきれなかったのか。なら、今正直に言え」
「正直に、って」
「俺が、嫌いなんだろう」

お前も。
そう言った彼の声は、普段の根を張ったようなしっかりとしたものではなく。
若干粘膜が絡んで、上手く発せられなかったようで。
いつの間にか掴み返してきていた手も、小さく震えていて。
その手を引き寄せると、彼の呼吸を唇で塞いだ。
自分からするなんて、そう言えば初めてだ。

「…そんなつもりじゃ、なかったんです」
「……」
「ごめんなさい、この関係を二人だけのものにしたかったんです。でも、あんな酷いことを言ってしまったのは確かに俺で…。どんな罰でも受けます」
「…徐庶、」
「罰は受けますが…、あなたとは別れたくありません」

言いながら再度口付けると、彼はゆっくりこちらに身を預けてきた。
自分より少し低い背を抱き締めれば、遠慮がちに彼の手も服を掴んでくる。
ああ、なんて愛しいんだろう。

「俺はあなたを慕ってます、孝直」
「…わかってる」
「ですから、嫌うなんてとんでもないですよ」
「そうか。それなら、いい」
「はい」
「ただし」

がっ、と突然胸ぐらを掴まれて顔の距離が縮まる。
彼の目が細まり、口角が吊り上がる。
あ、これはだめだ。

「罰として今日から十日間は毎夜相手してもらうぞ」
「いっ!?ちょ、夜ってまさか、なにを」
「そんなもん情交に決まってるだろう。この俺を一丁前に不安にさせたんだ、当然だ」
「そんな、か、枯れてしまうよ!」
「俺に口答えするのか」
「い、いや…ええと…、本気なのかい」
「愚問だな」

一瞬垣間見えたあのしおらしい彼はどこへ行ったのか。
獲物を狙うかのような獰猛な眼差しで見つめられ、これから待っている罰に今から気が重い。
嫌ではない。
嫌ではない、のだが。
彼は、少々、貪欲すぎる。

「覚悟しておけ、元直」

もう二度と、彼を怒らせるような事はしないでおこう。
心からそう思った。
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