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忙殺されるかと思った。
各選手の微調整、スポンサーの偉いさんの接待、クラブの財政確認、ほか諸々。
年末はいつもだ、下手すると現役にボールを蹴っていた時より疲れているかもしれない。
年のせいだと言われればそれまでだが、体力的な問題より精神的な疲れのほうがくる。
半ばふらつく足を引きずってマンションに帰り、ビールを一気に飲んで風呂の追い炊きボタンを押し、ベッドに倒れ込む。
スーツを脱がねば、とは頭では考えているが体が動かない。
壁に掛けている時計は、もう日を跨いでいた。
明日、いや今日は休みだ、久しぶりにゆっくり出来る。
達海を誘って飲みに行ったりしてみようか。
嫌がるだろうか。
そういえば、なぜこの日は休みになったんだっけ。
そうだ、達海がクリスマスは休みにしてやるから、ってみんなに言ってクリスマスイブは練習、俺も働いたんだ。
クリスマスは休みとか、達海も結構気が利くじゃないか。


…クリスマス?


がば、と起き上がって再び時計を見る。
短針が真上を指して、長針がほぼ真下。
床に脱ぎ捨てたコートを乱暴に羽織り、そこらに落としていた鞄を引っ掴んで玄関のドアを押し破るように開いて飛び出した。
真冬の刺すような寒さと雪が顔を襲うが、そんなことは言ってられなかった。
すっかり履き慣れた革靴でアスファルトを蹴って、ガタが来始めた体を懸命に動かす。
すぐ息が上がる、これほどまでに老いが急激に近く感じる。
差し掛かったコンビニに駆け込むと、店員が少し動揺しながら挨拶をしてきた。
息を切らせたまま洋菓子の棚に行って見回すが、もうホールケーキは残っていなかった。
仕方なく三角形に切り分けられたショートケーキを手に取って、急いでレジを済ませて、コンビニから出てまた走り出す。
国道沿いに出ると、街路樹に巻きつけられた電球はもうついていなかった。
クリスマスくらいつけていてくれてもいいのに、と頭の隅で考えながら人通りが少ない道をひたすら走る。
車は頻繁に通っているのに、歩いている人は本当に少ない。
当たり前だ、今日はクリスマスだ。
家族や恋人と過ごす日だ。
もう家や店で幸せな時間を過ごしている時間だ。
そんな日に、俺は。
もうどこで息をしたらいいかわからないくらい走りまくって、やっとクラブハウスに辿り着いた。
フェンスの鍵をかじかむ手で開けて、玄関の鍵も開けて、また走る。
自分の足音がうるさく聞こえるぐらい、辺りは静まり返っている。
真っ暗な廊下の中に、ぽつん、と一部屋だけ淡い明かりがついている。
きっとまた、他チームの試合を徹夜で見て戦略を練るつもりだったのだろう。
俺は、ノックも断りもせずにドアを開けた。

「達海っ!すまん、起きてるか!?」

ドアをいきなり開けたもんだから、部屋に散らばっていたメモや書類がばらばらと辺りに飛び交う。
ああ、すまん、何も考えていなかった。
後で拾うから許してくれ。

「んだよ後藤…忘れもん?ふあぁ」
「すまん、これ…一緒に食おう!」

ぜえぜえ言いながら差し出したケーキを、眠そうな顔の達海が受け取る。
中を見て、途端にに眉根が寄ってしまった。
何か、まずかっただろうか。

「…ぐっちゃぐちゃなんだけど」
「え、あ…!は、走ってきたから、ああっ…俺の馬鹿!」

そういえば、走るのに必死すぎて手に持ったケーキの事は全く考えてなかった。
クリスマスを忘れていたうえにこんな失態、39にもなってするなんて。
俺は、最低だ。
でも、俺はこの日に、達海と一緒に過ごしたかった。
だからこんな中年に片足突っ込んだおっさんが全力で走りまくって、恥ずかしくもケーキを買って、大事な達海と一緒に少しでも一緒に。
笑われても、呆れられてもよかった。
息を無理やり整わせようとしてもうまくいかないが、途絶えがちにでも、伝えたかった。

「達海…、俺ですまん、が、はぁ、一緒に…」
「うん」
「あ?」
「一緒に食おう、後藤」

ケーキが達海の手から離れて、ベッドに落ちる。
そして、へばっている俺に少々堪えそうな体が飛び込んできた。



後藤視点メリクリ
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