午後7時。
さっき女友達からメールが来た。今から一緒に食事をしないか、という内容だった。別に暇だったし、2つ返事でOKして準備して待ち合わせ場所に行ったらなんか合コンだった。
「だからお洒落してこいって言ったのか!騙したな!」
「いいじゃーん!来る予定だった子が彼氏と元サヤとかで、急に一人足りなくなったの!」
「数合わせなら他にも誰かいたんじゃ…!」
「たまたま最初にメールしたらOKだったんだもん」
「だってご飯食べるだけだと思ったし!私、合コンとかしたことないよ…!なにすればいいの怖い!」
「別になにもしなくていいよ、一緒にお話して楽しく食事すれば!」
我ながら身勝手で強引な友人を持ったと思う。
でもここまで来たら仕方ない。
こんなに頼まれてるし、一度OKを出したわけだし…ああでも怖い!
友人に連れられて店の席に座る。まだ男の子組は来てないみたいだ。と思って私が壁側の椅子に座ると、その男の子組が現れた。
憂鬱だ。本当に合コンか。
私まだ彼氏はいい…!
「…ぁ」
思わず声が漏れた。あれ、あれ?見たことある顔。一番最後に入って来た人。うつむき気味でよくわからなかったけど、バイト先で一緒に働くペンギンくんだった。シフトの時間はあまり合わないから、それほど面識は無いけれど。
ふと目が合う。
彼も私に気付いたようで、ペンギンくんは一瞬目を開いた。
が、一秒後につまらなさそうな表情になった。
…え、なんで。
皆が座って自己紹介が始まった。ペンギンくんに挨拶した方がいいのか迷ったけど、彼は特に何も行動しなかったから私もそれに倣うことにする。
どうやら、こういう場合はお互い初対面という設定であるのが都合良いみたいだ。
「(そうだよね、合コンに参加するってことは彼女を作りに来たってことで、)」
私はたまたま居合わせただけだけど…。こういう場では知り合いがいるとなれば、何かと面倒なんだろう。
30分ほど経って、私は浮いていた。私はしょうがなく参加しただけで、その気も無いのに男の子に愛想振り撒くのも悪い。そう思って極力大人しく目立たないようにした。
自分から話さず、声をかけられても会話が続かない。
その結果がこれ。
(まあ当然だよねー)
お酒は飲めるし、ご飯は美味しい。
でも居心地は悪くてつまらない。
はぁ、とため息をついて周りを見渡す。すると、ペンギンくんが視界に入った。
私が壁側の席。
ペンギンくんは向かいの通路側の席。
つまり一番遠い席同士。
そして彼も私と同じような状態…浮いていた。ひとり黙々と食事をして、携帯をいじっている。典型的な「話しかけにくい人」状態だ。
(こういう場だし、緊張してるのかな…)
と、そんなことを思っていたらペンギンくんは女の子に話しかけられた。すると、変わらずつまらなそうな表情で二言三言話して、会話は終了したようだ。
ため息をついてグラスを手に取るペンギンくん。
なんだか自分を見ている気分になった。
ふいに彼が席を立った。
失礼だと思いながら観察していると、どうやらお手洗いのようだ。
(あ、これってチャンスかも?)
別に、お近づきになりたいとかの意味じゃない。
見る限りでは私と同じく合コンを楽しんでいるようじゃないし、ちょっとお話してみたかった。
少しして私も自然に席を立つ。
誰かに呼び止められないかと思ったが、案外大丈夫だった。
廊下に出ると、丁度戻ってきたペンギンくんに鉢合わせた。
「…」
「…あ、あの、ペンギン、くん」
「……」
「あ、私のことわかる?バイト先が同じ、なんだけど、」
無言のペンギンくんに焦る。
そっか私のこと知らないって可能性を忘れてた!
最初に目が合ったのも、もしかしたら勘違いなのかもしれない。ペンギンくんは見た目が格好よくて目立つ部類に入っている。けれど、私はいわゆる地味系だ。知らなくてもおかしくはない。一方的に知ってるのって気持ち悪がられたらどうしよう…!
「あ、えっと」
「…いや、知ってる」
「えっ」
「最初から気付いてたけど、話しかけていいのか迷ってた」
「あ、私も」
同じだよ、と笑うと、ペンギンくんも柔らかく笑ってくれた。
「それで、あの…見てたんだけど、もしかしてつまんない?」
「ああ、まあ…そうだな。楽しいわけじゃない」
「ずっと暇そうにしてたよね」
「自分の意思で来たわけでもないしな」
「あ、私も!友達にご飯呼ばれたと思ったら合コンだった」
どうやらペンギンくんも私と似たような境遇だったようだ(つまりは、数合わせ)。
「早く終わんないかな。いつまで続くんだろ…」
「さっき二次会の話してたぞ。カラオケ」
「え…やだなー」
「参加しなければいいだろ?」
「私、断れないというか…流されるタイプで…」
「あぁ…なんかわかる」
ペンギンくんはそう言ってまたゆるやかに笑った。
そしてまた口を開く。
「じゃあ今のうちに抜けるといい」
「え?」
「このままここに居てもつまらないだろう」
「まあ…出来れば早く帰りたい」
「二次会にも参加したくない」
「…はい」
「じゃ、別にいなくなっても構わないだろ。勝手に盛り上がってるし」
「そういうもの?」
「多分」
淡々と話すペンギンくんを見ていたら、まあいいんじゃないのかな、なんて気分になってきた。それに騙されて来たわけだし。
「…じゃあ、まいっか。ずっといる必要ないよね」
「荷物は?」
「カバンは持ってる、携帯もポケットにある」
「俺も手荷物は無いし、じゃ行くか」
「え?」
「?」
「ペンギンくんも?」
「ああ、俺もつまらないし」
「う、あ、そう」
そっか、ペンギンくんもつまんないし抜けるのか。
「(な、んだろうかこの罪悪感は…!)」
「どうかしたか?」
「あ、いえっなんでもない、です」
「?」
お会計をどうしようか迷っていたら、さっさとペンギンくんが店員さんと話して諭吉さんを一枚渡していた。行動はやっ!
「ぺっペンギンくん、私半分払う」
「気にするな」
「いやでもあの」
「こういう場では男が払うんだろ」
しれっと答えるペンギンくんに何も言えなくなってしまった。もやもやした気分でそのまま店を出る。
夜風が気持ちいい。
「あっやっぱり寒い」
「そうか?」
「寒がりでして、私」
ペンギンくんは帽子のおかげで暖かそうである。
「で、これからどうするんだ?」
「うーん、あんまり考えてなかったけど…」
どうしよっかな。コンビニ寄って帰ろうか。プリンと抹茶アイスとメロンパン買ってこ。
私がコンビニスイーツに思いを馳せていると、それを遮ってペンギンくんが口を開いた。
「よければ、なんだが」
「うん?」
「このあと暇か?」
「?」
暇、とはどういう意味だろう?コンビニ寄るという計画はしているけど…
私がよくわからない、という顔をしていると、
「つまり」
「あ、はい」
「少しおれと過ごす時間はあるか?」
「…えっと、うん?え?」
「気づいてないだろうけど、」
一呼吸置いて、彼は続ける。
「おれはアンタに興味あった」
「結構前から」と付け足してニッとペンギンくんは笑う。唇の隙間からちらっと見えた八重歯がかわいいなあ、なんて思っていて、彼が一歩近づいてきたのに気づかなかった。
(その後なんだか積極的にアタックされて、私がお付き合いさせて頂きます、と頷くまで一週間とかからなかったわけでして、)