星の瞬き | ナノ


  昔話@


少し昔話をしよう。これは望月ナルセという一人の少女の一人語りである。



私はある日、友達とショッピングに出かけた。

私にとってその友人達は新たなコミュニティーに入って初めての友達であり、初めてその友達と話した時は気が合うかと思った。けれど、そうではなかった。

話が合わなかった。

流行について行けなかった。私は流行にさほど興味がない。関心がない。それが余計に私と彼女達の距離を広げて行った。まあよくあることだ。世界中の誰とでもお友達、なんてふざけた絵空事を浮かべるような人間ではないのだ、私は。

しかし話が合わない。それだけでコミュニティーから外れることはままあるのだ。思春期独特のもの、とでも言えばいいのか。子供の世界も、実にシビアなのだ。


そんな気まずさ以上のものを抱くショッピングの最中だ。ふと本屋でお目当ての漫画が目に入った。もう新刊が出ていたんだ、チェックし忘れてたな、と自然と足が止まった。

それに気付いた一人が私に声をかけた。


「何それ?漫画?」

「うん、ちょっと…前から楽しみにしていたやつで…」


へらっと誤魔化すように笑った。

本当は今すぐにでもレジに行きたかった。早く封を破いて中身をじっくりと見たかった。私の欲求はこのような場で発揮された。

でも彼女は小馬鹿にするように笑ってこう言った。


「えぇー、ナルセはこんなキャラじゃないでしょ?というかオタクってちょっと引く」


その言葉に頭が真っ白になった。

自分を真っ向から否定された。自分を理解していないくせに偉そうなことを言うな。私の胸の中は怒りに満ち溢れていた。

いつも気が強い彼女達を前にして大人しくしていたが、こればかりは黙っていられなかった。


「な、にそれ……別に私が何を好きでもいいじゃん…」

「はァ?わっけわかんない。なに急にキレてんの」

「ね、行こ」


別の一人の提案により、私を置いて彼女達は先へと行った。

あーあ、やっちゃった。温厚に済ませる方法なんていくらでもあったのに。これで私は明日から一人だ。子供の社会はシビアなのだ。


目当ての漫画を手に取り、レジへと向かった。いつもの嬉しさはそこになかった。



次の日学校へ行った。想像通り、誰とも会話をすることなくその日を過ごした。

独りってこんなにつらいものだっけ。ま、いいや。もうどうでもいい。全部、ぜーんぶ要領が悪い自分がいけないんだ。こんなこと今まで何度もあったことなのにな。


こそこそと陰口を言う彼女達が目障りで席を立った。

登下校も、授業も、昼食も。全部一人で、独りでした。そんな日が何日か続いた。



消えて消えて全部消えてしまえばいいのに。私もあの人達も、世界も何もかもが。そうすれば喜びを感じなくなる代わりに悲しみを感じなくなることができる。

苦痛を感じなくていい。寂しさを感じなくていい。何も感じる必要がない。

私一人しかいない教室の中で涙を溢した。一粒溢すと後は堰を切ったように、ぽろぽろぽろぽろ溢れていく。なんで私っていつもこうなんだろ。嫌になる。

自分はなんて脆弱で、つまらない人間なのだろう。


窓の外は夕日に雲がかかって薄紫色になっていた。とても幻想的な風景で、写真におさめたいと思った。誰かに見せたいなとも。

そう思ったと同時に自分が惨めに思えてきた。一体誰に見せると言うのだ。

この涙を誰にも見られないことに安堵するが、またどうしようもない孤独感が胸の中を占めた。


私は弱い


人の世界などは所詮、自分とそれ以外で構成されているのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

世界に残っていたいのであれば、誰かの顔色を窺わなければならない時もあるし、世界から切り離されたのであれば、そこで世界には自分一人しかいなくなるのだ。


私はそのどちらも嫌いだ。私は弱い。そのどちらにも堪えられるほどの強い心を持っていない。

小さな頃からそうだ。何も成長していないではないか。私は今まで何をして生きてきたのか、何を学んできたのか。今までの歳月が全て無駄になったような気がした。


ああ、今私は独りなのだ。一匹狼などと言う高潔なものではない。ただ世界に取り残されただけの、ちっぽけな存在なんだ。

世界から自分を否定され、挙げ句に取り残され。自分を主張していいことなんてあったのだろうか。


鼻を啜りすぎて、奥の方がじーんとした。

弱い弱い駄目なやつ。ちっぽけで臆病で受け入れられなくて。敗北感と劣等感が入り交じり頭が重たくなる。


突然がらりと教室のドアが開いた。

誰にもこんな涙を見せたくない、誰にも会いたくない。そう思ったけれど、放課後誰も寄り付かなくなった教室に、誰が何の用で来たのか妙に気になり顔を上げた。


ドアの傍には同級生だと思われる女の子がいた。スリッパの色は青。私の学年色も青。同級生だ。

もしかして同じクラスかなと思ってよく顔を見ると、見たことがあったものだった。


大城莉愛奈


確かに同級生で、長く薄い茶色の髪を二つに纏めている子だ。可愛いと学年の皆から評判が良く、くりくりとした目が特徴的だ。私の目から見ても、彼女はとても可愛らしい。

その子はここまで走って来たのか息が切れていたし、長い髪も少し乱れていた。そして、私と同じで目が赤くなっていた。

大城さんは教室に私がいたことに動揺していた。勿論私だって動揺している。でもそれ以上になぜ彼女が泣いているのか気になった。


「ねぇ…そこ行っていいデスか?」

「うん、…この席使ったら」


一つの机を挟んで私達は向かい合わせになるように座った。

初めは妙な緊張感があり、会話も全くなかったが、段々落ち着いてきて、二人は同じくらいに涙が止まった。


「大城さんは何で泣いてたの?」


ずっと気にかかっていたことを直球に訊いた。何でこんなことを訊いたのかはわからない。もしかしたら仲間が欲しかったのかもしれない。

大城さんは少し躊躇って口を開いた。


「何て言えばいいのかな…。友達と、色々あって…」

「え…私も、かな?」

「そうなの!?えっと…」

「ナルセでいいよ。…何だろ、私が好きなものを言ったらちょっと、色々言われて…」

「嘘!あたしもそんな感じデス!」


お互いの泣いていた理由を知って歓喜の思いが広がった。

私だけじゃなかった。大城さんだって同じ理由で悲しんでいた。詳しくは知らないけど、でも独りではなくなった。


「何て言われたの?」

「んと……、私ね、こう見えて漫画とかアニメとか好きなんだけど。…この間遊びに行った時についつい気になって眺めてたら『キャラじゃない』って…」

「あたしも、かな?あたしもアニメとか好きなんデス。それを友達に言ったら、『気持ち悪い』って……」


ああ、同じ同じだ。独りではなかったのだ。世界は本当は広いんだ。

そこから意気投合してというか、何となく気が合ったというか。とにかく沢山話した。


「好きな漫画は何デスか?」

「色々読むけど、ジャンプ系とか多いかな?少女漫画とかも好きだな」

「本当デスか!?じゃあNARUTOは好きデスか!?」

「もちろん!あのど根性忍者(笑)でしょ!」

「そうそう、(笑)デスww」

「やっぱ中忍試験らへんが一番好きかな?」

「わかってますね。熱いと言えばそこと奪還編デスが、泣けるのは白が死んじゃったところデスね」

「あー、やっぱそうなるよね!?」


久しぶりに本当の自分を表に出せたような気がする。すごく晴々しい気分になった。


そのまま一緒に帰宅する形になった。偶然にも同じ方向に帰るので、その間もずーっと漫画の話になった。

幸せだった、本当の私でいられた。


家に着いて奥底に仕舞い込んでいたコレクションを引っ張り出した。うっすらと埃を被った表紙を拭う。

もう隠すのは止めよう。ありのままでいよう。これが私なのだから。自分だけは、自分を否定しないでいたい。



次の日もいつも通り起きて、いつも通り朝の支度をして、いつも通り学校へ向かった。

いつもと違うことと言えば、学校についてからのHRまでの過ごし方。今までは机に突っ伏していたが、今日は違う。席に着いて読みかけの本を一人で静かに読んだ。

教室の隅で何やら陰口を言っている人達がいるが、一度本に没頭してしまえばあとはその他の雑音と同じものにしか聞こえない。


「おはよう!」


私に挨拶をしたのは昨日漫画の話で盛り上がった大城莉愛奈さん。本に栞を挟んで私も挨拶を返す。


「来期のアニメ、もう確認しましたか?」

「もっちろん。とりあえずは声優陣に期待かな?」

「おっとぉ!作画のシャ〇トさんを忘れちゃいけませんよ!」


和気藹々とアニメの話で盛り上がる。

観衆は今まで何の接点もなかった二人がこんなに仲良さ気に話していることにざわついた。

私は彼女に救われた。彼女のおかげで私はようやく、これまでの人生で見落とした何かを見つけられた気がした。




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