森の奥は異世界
「フッフッフ…見ましたかあたしの実力!」
そうリアナの三つの分身が一度にドヤ顔で綱手に言い放った。正直万が一にも習得できるなどと思わなかった綱手はもしかして本当は他里の間者かと疑ったが、そんな真似ができる小娘ではないと任務の参加を認めてやったのだ。
そんな彼女の我儘に付き合わされたのはカカシ班。サスケはこれでもまだ下忍という地位だが、そんなこと無視して普通にレベルの高い任務に駆り出されている。つまり、リアナ一人のためにDランク任務に班員全員が付き合わされるというわけだ。
まだ彼女の疑いが完全に晴れ切ったわけではないので、任務と監視を一度に済ませれて一石二鳥と言えばそうなのだが…。リアナに振り回されているように思えるのは間違いではないだろう。
「待てー!待つんデスこのにゃんこ――!」
そんなわけで本日の任務、迷子猫探しだ。なんだってこんなぺーぺーの仕事、と文句を言いたくなるが仕事は仕事だ。文句の代わりに猫の目撃情報を通信機の電波に乗せた。
世話になった三代目が突然亡くなったことにリアナも落ち込んだが、すでにもう割り切って毎日を過ごしている。……親友を亡くしたことがあるという過去の、その悲しみよりマシであったという理由もあるのかもしれない。
猫を追いかけるリアナは知らず知らずのうちに森の中に入っていたようだ。
猫はどこだ、と周囲に目を配ると建物が目に入った。うっそうとした森の中に異彩な存在感を発する家が一つあった。
「なんでこんなところに…」
「そこはナルセの家よ」
独り言の問いかけに答えを返したのはリアナを追いかけてきたサクラだった。それに続くサスケやカカシ先生も来たことがあるのか、目を細めながら家を見つめた。
こんな奥まったところにカカシ班の仲間が住んでいたなんて。世間との交わりを絶つような場所をあの人はわざと選んだのだろうか。会ったことすらないのだからあたしには答えを想像することなんてできないのだけれど。
「あ、迷子猫が」
頭が賢い猫なのか、鍵が掛かっていないようであった上げ下げ式の窓を自力で開けて家の中に入っていってしまった。
「どうしよう…」
「入るしかないだろ」
でも、皆にはつらい思い出とかあるんじゃないの?とリアナは問いかけようとしたが、その前にサスケが針金を使って家の鍵を開けてしまった。不法侵入……ではあるけれどこの場合仕方ないか、と家の中に踏み入った。
「お邪魔しまーす…」と持ち主がいないのに無意味な言葉を呟いて家に上がる。思ったよりも普通の家だ。
一足先に家に侵入していた猫はすぐに見つかった。スタスタと他人の家なのに遠慮なしに奥に進んでいく。薄っすらと埃が積もった廊下をそろそろと進めば、奥に行くにつれて心なしか明かりが小さくなっていくような気がした。
やがて猫が足を止めたのは一つの部屋の扉の前。「そこは…」サスケは覚えがあるのか呟きを零した。
「その部屋はダメ」
「友達にだって見られたくないものがあるのさ」
出入りを許されていても、あの部屋だけはナルセは絶対に入れてくれなかった。何か大事な物が仕舞われているのか。禁じられた間、とでも言うべきだろう。
気付けば唾を呑んでいた。恐る恐るリアナはドアノブに手を伸ばした。なぜだかわからないが、そうしろと心が告げていたのだ。
軋んだ音を立てるドアを開けると、目についたのは大量の本。埃の積もった何かの実験器具。積み上げられた紙類。天井まである本棚が、ずらりと部屋一面に並んでいる。ここは書庫だったのか。
サスケは手元にあった一冊を取り上げ中を見た。
「な、なんだコレは…!」
サスケの声に慌てて全員本を覗き込んだ。見たことがない文字が羅列している。もしやと思い他の本も広げてみれば、案の定、であった。難しい数式や何かの設計図。他にも研究の結果をまとめた物、社会制度に関するレポートがあった。
「これ…あたしの世界のものだ…」
リアナが一冊の本を手に呟いた。証拠はこの本に書かれている。日本国憲法の三つの柱。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義。これらをこの世界に当てはめてみればどうなるかという日本という国を知っていなければ書けない論文。
なぜそんなものがナルセの家にあるのか。その疑問にリアナは冷や汗を流しながら、ある一つの予想を立てた。
「考えられる可能性が一つあります……ナルセさんは“転生者”だった」
一度死した者が再びこの世に生を受けた者。
「ふ、ふざけたこと言わないでよ」
「だったらこれをどう説明するんデスか!?」
この部屋を埋め尽くしている本の大半がきっとこれらみたいなもの。どう考えてもこれ以外の結論は出て来ない。
大体トリッパーなるあたしがここにいる時点であり得ない話ではない。なぜこうも原作から脱線している。なぜ“ナルト”はいない。
平行世界だから、よりもこちらの理由の方が筋が通っている。ただの成り代わり主じゃない…転生者だったんだ。
「嘘、言わないでよ…」今にもへたり込みそうな表情をしたサクラにリアナは何も言い返さなかった。
なんで、いつものように任務をこなそうと思ったのに、こんな仮説に出会ってしまったのか。もう彼女を苦しませる要因を知りたくなかったと言うのに。
そして恐らく、四代目はこのことを知らない。知らない方がいいことがある、とは言うけれどこんな形になるなんて。恩師の顔を思い浮かべたカカシの背後で足音が鳴った。
「人の家の物を勝手に物色するのはいただけないね」
「せ、先生…!」
「まさか、今の聞いて…!」
返答を返さないと同時に段々と鋭くなっていく空気に、聞かれてしまったのだと直感した。その厳しい表情にカカシ班の誰も口を開くことができなくなっていた。
「あの子がどこの誰であろうと、オレの子であることに偽りはないんだ」
「……」
「オレ達にはオレ達なりの家族の絆がある」
強く言い切ったミナトの足元を、追いかけていた猫が横切りにゃあと鳴いた。猫の毛色は黒かった。
もう一人の異世界人
(真実に鍵をかけて)
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