星の瞬き | ナノ


  群青より濃い悲しみ


ああ、忌々しい故郷に帰ってきたのか。木ノ葉隠れの里の正門を睨み付けながら、少女は口に出さずにそう思った。もう一度ここの地面を踏むのはまだ先であると思ったのに。


「ああ、すみません」


門の通行を監視する結界班のコテツが通行人に声をかけた。正門を睨み付けていた少女だ。彼女はさっと表情をすり替え、不審に思われぬよう愛想笑いを貼り付けた。


「はい?」

「あの、通行証を」


通行人の少女は「ああ…」と言ってカバンの中から通行許可証を取り出し二人に差し出した。ざっと目を通し、異常がないことを確認する。


「ありがとうございました。さあ、どうぞ」

「どうも。お仕事お疲れ様です」


少女はぺこりとお辞儀をして里の中へと進んで行った。それをコテツとイズモが顔を出して少女の背を見つめる。


「…いい子だな」

「…ああ」


*****


「相変わらず警備の手が薄い」


ぬるい。甘い。平和惚けしてる。虫酸が走る。平和ボケした結果がこれなのであろうから仕方ない。

まさか数年前に考案した警備システムが今も然程変わらず適応されているとは思わなかった。警備の人間に労いの言葉をかけたのは半分嫌味を込めていたものだのに。これは己の策を超えるものが今もなお出て来ていないのだと自惚れる状況なのか何なのか。


見下しているこの里の風景は昔と変わらず、同じく自身にとって忌々しいものに変わりない。やれ禁句だ、やれ化け狐だ。あの日々耳に入ってきていた言葉が今も耳の奥で反響しそうだ。

腹の奥で相棒がぐるると唸った。お前も、やはりここにいい思い出はないのだな。なぁ、相棒。


「お前が、大蛇丸が仕向けた忍だな」


背後からの声に目線だけを振り向かせた。その言い方だとまるでオレが大蛇丸の言いなりになっているようだが、ここで反論したところでどうにもなるまい。

ようやくやつらとオレ自身が接触できた。ここまで長かった。ゆっくり、じんわりと作戦は進行していっているのだ。

ああでも、あまりその額当てを見せびらかさないで欲しい。鬱憤が溜まっていく。


「三代目火影の暗殺。それがセイジ様の望みだ」


男は言った。それが今回交わされた密約だ。見事成功させれば信頼を勝ち取ることができる。

五大国の影の一人の暗殺など、互いにリスクが高すぎるがその分それ相応の見返りがある。互いがリスクを負うことで決して裏切らぬ信頼関係を築こうとでもしているのか。

あの大蛇丸は既に忍の世の中で最も危険視される人物の一人なのだから、悪者のレッテルなんてあまり効果を発揮しそうには思えないがな。


「ところで、大蛇丸はあの革命軍と関わりを持っていると耳に挟んだんだが…噂は本当か?」

「……」

「だんまりか。…フ、まあいい。お互いメリットを得られればそれでいいんだからな」


こいつが大蛇丸と革命軍が繋がってるのを知っているのは恐らく暁、それも多分トビからの情報だろう。

暁サイドと大蛇丸サイド。これで二方向からの接触に成功。さて、仕込みはあともう少し。勘付かれてはならない。



こっそり、影に紛れて三代目がいるとされる建物に忍び込む。護衛の者もいたが欺くのは簡単だった。どうしても避けられそうにない障害には麻酔針を打ち込んだり等々。

到着した建物の最深部。中には人の気配が一人。十中八九、三代目火影に違いない。話によれば三代目は病に伏せっているようなので、遠慮なくここには正面から乗り込んだ。

襖を開ければ中央に布団。そしてそこに寝そべっている一人の老輩がいた。あちらもオレ達二人の気配に気付いていたのだろう。焦る様子なく、その瞳に二つの人影を映し出した。


さて、標的に抵抗する力はない。やれ、と隣の男が目配せしてきた。それに仮面で隠れているのをいいことに、思い切り顔を顰めた。

ギラリ。懐から取り出した銀色に輝く刃物を振りかざす。男が愉快そうに顔を歪めたのが、老人が目を細めたのがわかった。躊躇いもなく、その刃物を一気に振り下ろした。


「な、にを…!」


赤い飛沫が散った。急所は外していない。直、事切れることだろう。

赤色を噴き出しているのは三代目火影ヒルゼン、ではなくオレが連れて来た男。蝙蝠隠れの六人の…何だったか。そのうちの一人だ。


「蝙蝠隠れのヘンジョウは暗殺任務を達成したものの、三代目身辺の護衛に刺殺された」


何を言っているのか、と男は先程の狂喜以外の色で歪ませた。あの男の思うように行動してやるものか。全てはオレのシナリオのために。


凶器が突き刺さったまま男を放置し、ヒルゼンの元へと歩み寄った。別の短刀を取り出し、また振りかざす。

オレのシナリオの通りに。書き変えるところがいくつかあろうとも、これは書き変えるつもりはない。


刺客の男とは別に、彼には急所でない部分を刺した。またもオレに躊躇する心はなかった。

刀には僅かだが麻酔を仕込んでいるから見た目程の痛みはないはず。いずれ大量出血で死ぬのは確定事項だが。


その間に男はやがて呼吸を止めた。つまらない死に目にフン、と鼻を鳴らして再びヒルゼンにと目線を戻した。

か細い呼吸をするヒルゼンにはもはや最強の火影の面影はなかった。ただの一人の老爺となっていた。より近くに、と地に膝を立てる。


「すまん…すまんな、ナルセ…」


やはりオレだと気付いていたのか、この人は。

それはいつか聞いたことがある謝罪の言葉だった。ああ、それを聞いたのはいつのことだったか。覚えているのに過去を回想した。


「あの時、何もできなくて…すまなかった……やつは…カナデは…」

「いえ、あいつのことを気にかけていてくださるだけで、それだけで十分です」


思っていたより声色は淡々としていた。


しわがれて、節くれのある手をじーさんはオレの面へと伸ばした。ナルセは拒絶しない。面には赤い線が一本増えた。

指が面にかかり、結んでいた紐がはらりと落ちた。俯いているからこそ、横からはオレの素顔は見えない。けれど下からナルセの顔を覗くことのできるヒルゼンはその顔を見て柔らかく笑った。


「大きく、なったなぁ…」


オレはきゅっと唇を結んだ。じーさんはそんなオレの頬を何度も何度も撫でた。何度も、何度も。


「ごめんけど、弔いの涙は流せないよ」

「よい…わしには、お前のしたいことがわかっておる……」


「そこに…」とじーさんは震える手で机を指差した。卓上には一つの白い封筒。最初からこのような結末もあるかもしれないということを、この人は予想していたのか。

ああ、流石三代目様。あなたは本当に、間違いなくオレの理解者だ。


「そこを頼れ…きっと、力になってくれる…」

「……最後までご迷惑をおかけして、すみませんでした。そして、今までありがとう、じーさん」

「いや…わしを頼ってくれて、お前がわしのことを、祖父と思うて慕ってくれて…嬉しかったぞ…」


感謝の言葉に頬を緩ませたじーさんは、ぽんぽんと子供の背中を宥めるように、オレの背を叩いた。


ヒルゼンに死に対する苦しみはなかった。恐怖はなかった。

寧ろ喜びの方が勝っていた。もう二度と会えないと思っていた命の恩人に、愛する里の貢献者に、愛おしい孫にもう一度会えたのだから。後悔することは何もない。


「もう行け…じき、異変に気付いた者がやってくる…」


立ち上がり「はい」と返事をした。返事に満足した三代目はやんわりと微笑み、その腕はスローモーションのように落ちていった。まるで映画のワンシーンのような。

唇を噛み締め、面を付け直してオレはじーさんの顔を見つめた。穏やかな死に顔だった。


結局命あるものの待つ先は死だ。それはオレにも変えることのできぬ摂理。受け入れなければならないことなのだ。


せめて、とじーさんの腕を胸の上で合わせた。そして立ち上がり、再度その顔を見た。

どうせ、いずれやって来る未来だった。カナデの時とは違う。オレが中途半端な存在だからか、悲しいのか悲しくないのかすらわからない。ただ、胸に空洞ができたようだった。


「おやすみ、じーさん」


仮面の下に隠れたナルセの表情は誰も知ることはなかった。



藍より深い絶望
(せめて安らかに、と)


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