掌の中の飴玉
苺味の飴玉っていったら何を思い浮かべる?口に含んだ時の甘さ?飴玉を買った駄菓子屋?可愛いらしいあの色?
テンテンが思い浮かべるのは彼との思い出のこと。
それはアカデミーにいた頃のことだ。帰りの支度にもたついていると、あたしは先生から雑用を押し付けられた。面倒だけど頼まれてしまったのだから仕方ない。
「って言っても、何なのよこの量はーーッ!?」
明らかに女子一人に運ばせる量じゃないでしょ!?しかも皆もう帰っちゃったからあたし一人で運ぶってことでしょ?何考えてるのあの先生は!?
心の中でぶつくさと毒を吐きながらも、仕方ないかとそのプリント類を持ち上げた。さ、流石に重いかも…。
ふらふらと足元が覚束なくなるけれど、周りに人はいないし一人で運ぶしかない。
プリントの重みに耐えながらも歩き続けていると、廊下で窓の外を眺めている人を見つけてラッキー!と思った。
思ったけれど、すぐに後悔した。
人影は金髪に青い瞳の、いつもぶかぶかなパーカーを着ている一学年下の男の子だった。
彼の名前はうずまきナルセ。
学年は違うけれど、あたしはそいつのことが嫌いだった。
里の皆のように化け狐だから、っていう理由からじゃなくて。ナルセの態度が気に食わなかった。
いつもヘラヘラと馬鹿みたいに笑っていて、ガキのような(実際まだガキだけど)行動をするからだ。知性のちの字もないやつだと思っていた。だから本当は姿を見たくもなかった。
嫌いなやつにこんなみっともない姿を見せたくなくて、とっとと通り過ぎようとした。ふっと彼があたしに気付いたようでこちらを向いた。しまったと思ったけれど、それは一瞬だった。今の彼には普段の馬鹿げた笑みはなく、無表情だった。
元は綺麗な顔をしているからドキリとしてしまった。肩に乗っている目付きの悪い狐が彼の魅力を引き立てていた。
「(って、何あたしってばときめいてんのよ!)」
あたしのタイプとこいつは全然違うでしょ!?ナイナイナイ!
ナルセはあたしの持っている大量のプリント類に目を向け、こちらに近付いて来た。
な、なんでこっちに来るの!?動揺している間に彼は持っていたプリント類の半分の量をひょいと取り上げてしまった。
「どこまで」
「あ、…第2資料室まで――」
場所を聞くと彼はすたすたと歩き始めた。慌てて後を追って隣を歩く。相変わらず冷たい表情をしている彼を見て、あれ?と思った。
「どこか調子悪いの?」
あたしがそう尋ねると、あたしより背の低い彼は怪訝そうにあたしを見上げてきた。青い瞳と目が合った。
「…何故」
「いつもと態度が違うから」
即座に返すと彼は「ああ…」と呟いて不敵に笑った。悔しいけれどそれが様になっていた。
「今日は疲れたから。監視の目を撒いたんだ」
監視?なぜ彼に監視をつけるのだろうか?化け狐だからってそこまでするものなの?監視を撒くってそんな簡単なことじゃないわよね?
それでも嫌いなやつへ対する疑問が口から出ることはなく、ただ目的の資料室へと向かう廊下を歩いた。その間もうどちらも口を開くことはなかった。
やがて資料室に着いた。どさりと重たいプリント類を机の上に置いた。やっと終わった。疲れた…。
ふと、運んだ荷物に目がいった。その時、彼へのイメージが変わった。
彼はあたしより少し多く持っていたようだった。意外と紳士なのね、って思ったのはあたしだけの秘密。
重たいものを持っていたせいで凝った肩を回してほぐしている最中、彼から拳を差し出された。何かくれるのだろうか。無視するわけにもいかず自分も手を出すと、コロンと何かを掌に渡された。
何かは苺味の飴玉だった。「くれるの?」と尋ねると、「余っていたから」と素っ気なく返事が返ってきた。
彼はまたどこからか自分も同じ苺味の飴玉を取り出し口に放り込んだ。彼の肩に乗っている狐にも彼は飴玉を与えた。狐に飴を与えても大丈夫なのだろうか。そう思ったけれど、深くは追及しないことにした。
あたしも口に含むと、苺特有のほんのりとした甘さが口全体に広がった。
「これ、どこで買ったの?」
「8丁目にある、お婆さんが経営している駄菓子屋」
「ふーん…」
今度暇があったら買いにでも行こうかな、なんて思った。舌を動かすと飴はコロコロと口の中で転がる。
「苺味って甘いものなんだ」
彼は突然に口を開いた。
そんなことは知っているし、当たり前のことで、常識だ。でも、不思議と何かを言い返すことができなかったし、その言葉が頭から離れなかった。
彼との関わりなんて、これぐらいしかなかった。
*****
そして今、懐かしいその8丁目の駄菓子屋にあたしはリーを連れて来た。
店先に並ぶ数々のお菓子。どれも愛らしい。いろんなものに目移りするが、今日の目当てはこれだけ。
残りはあたしとリーのちょうど二人分。ビンに手を伸ばした時、横からにゅっと別の腕が出て来た。
「「あっ…」」
二本の腕が行き着く先は同じビン。腕の持ち主の方へ顔を向けるとキラキラと光るものが目に入った。同じ年頃の女の子で、金髪に青い目をしていた。彼と同じだった。
その女の子もあたしと同じ、苺味の飴玉を欲しがっているようだった。途端に気まずくなる。それは女の子も同じようで、目をきょろきょろと動かした後隣のレモン味の飴玉に手を動かした。
「あ、あのっ!こっちのおかっぱの分であれば大丈夫ですから!」
「テンテン〜、おかっぱって酷いですよ、おかっぱって。無理に連れて来たのはテンテンですよ〜…」
女の子はまだ戸惑っているようだった。きっと遠慮しているんだろうというのがすぐにわかった。
「リー、問題ないわよね?なんたって木ノ葉のナイスガイだもの」
あたしの説得の言葉にリーはきらんと目を輝かせた。
「はい、問題ありませんね!なんたって僕はナイスガイですから!!さ、どうぞ!」
「はぁ…それじゃあ遠慮なく」
ふっ…ちょろいもんね。女の子も訝しげにリーをちらりと見て、また苺味の方へ手を伸ばした。寧ろこのリーを目の前にそれだけってすごいわ。
あたしも残った一つを手に取って会計を済ませる。女の子は店先で買った飴玉を光に透かしていた。同性だけれど、その行動がとても綺麗に見えた。
女の子は少ししてその飴玉を口に入れた。あたしも飴玉を口に含む。うん、やっぱり甘いな。
飴玉を口の中で転がしていると女の子が声をかけてきた。
「知っていますか?苺味ってとても甘いんですよ」
「え…?」
いつかの彼がフラッシュバックした。
「そう、この里のようにね」
それって誰からか聞いたの?そう訊こうとしたけれど、遮られた。
「おい、呼び出しだぞ」
「あ、ネジじゃないですか」
女の子は「それじゃあ」と言って立ち去って行った。ネジが後ろでリーに何かあったのか?って尋ねてたけど、聞こえない振りをした。
その代わりに女の子が立ち去る時、ガリッと飴玉を噛み砕く音がしたような気がした。
噛み砕かれた苺味
(甘さはいらない)
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