耳元で輝く絆と
こちらの世界に来てそんなバナナなことがたくさんあった。
まず最初に。サスケが里抜けしていなかった。代わりに里抜けしていたのはうずまき“ナルト”の成り代わりだと思われるうずまき“ナルセ”っていう人。
その次、原作と違って生存者が多すぎる。
波風ミナトから始まって、奥さんのうずまきクシナも生きているらしい。三代目の猿飛ヒルゼンも。ついでにいうと砂のチヨバアも死んでないらしい。それなのに、一尾は抜き取られている。
うずまきナルセという人は恐らく原作のサスケポジションとして里抜けしたらしい。が、暁とつながっていたかと思えば大蛇丸のアジトで会ったことがあるらしい。ますますうずまきナルセという人に対する謎が深まるばかりデス。
つくづくここは原作世界と違うところなんだと思い知らされた。
そんなこんなで五代目火影の綱手と話した後は里を案内させると言われた。でも第七班はこれからまた別の任務があるそうで代わりに第十班に案内してもらった。
しょっぱなからこんなにもたくさんのキャラクターに会えるなんて…感激デスっ!
「昼飯を奢ってやる」と熊さn…アスマ先生に言われて例の焼肉屋に到着!熊なんて思ってごめんなさい☆
一つのテーブル席に五人で座る。肉が焼けるのを待っている間暇なのか、いのが手を組みそこに顎を乗せて尋ねてきた。
「リアナのいたところってどんなところなの?」
「うーん…大体ここと似たようなところデスけど、科学技術が全然違いますね」
焼肉屋の内装や肉を焼く機械は同じなのに、自動車やパソコン、インターネットはここにはないんデスね。あ、自動車っていうのはエンジンを内蔵した自動で動く車で。インターネットはパソコンっていう機械とかに接続して使う情報伝達媒体のことデス。
と、いのの説明に答えたものの、いのは聞いたこともない単語や説明に頭を悩ませていた。
IQ200のシカマルは流石というか、頭の回転が早いからか理解できたようで。アスマ先生はなんとなく、というような感じだった。チョウジは始めから理解できないと決めつけ、肉にだけ注意を向けていた。チョウジェ…
それから聞こえましたよ、アスマ先生。意外と頭いいって何デスか、意外とって。
肉の焼けた色に、油が弾ける音、食欲をそそる匂い。まだかまだかと肉を待ちわびていると、狙っていた獲物がひょいと自分のものではない箸に奪われた。
「あーっ!ちょっと!それ狙ってたのにー!」
「早い者勝ちだよ」
肉の奪取者、チョウジはそう言うと一口で肉を平らげた。悔しいぃぃいいい!と箸をかちかちと鳴らす。いのに行儀が悪いと叱られた。ちくしょー…
「あー、そういえば第七班の皆さんはやたらうずまきナルセっていう人を気にかけていたんデスが。どういう人デスか?」
純粋な疑問だった。
自分の知らない人。自分と似たような境遇の人が既にこの世界にいたのだ。気にならないほうがおかしい。
「あたしは何でサスケくんとサクラがあそこまでナルセに執着するかわからないわ」
いのは眉を寄せて苦々しく言った。
「どうしてそんな表情をするんデスか?」そう尋ねると、「いいわ。話してあげる」と、いのは言った。
*****
中忍試験第三の試験予選の時のこと。サクラといの対戦の時であった。
審判に名前を呼ばれた二人は向かい合わせで佇む。
一般に観客はサクラの心配をした。アカデミー時、いのの成績はくの一の中でトップであった。ペーパーテスト以外取り柄のないサクラがいのに勝つことは困難であろうと思っていた。いのもそれを理解しているのか口角を上げている。
「まさか…アンタとやる事になるなんてね…」
一見挑発ともとれる発言。
サクラも大変だよねー、出来のいい親友を持つと。勝手に周りから比べて評価されて面倒だっての。ナルセは観客席で呑気にそう思っていた。
でもサクラは特に気に留めていないようで額当てに手をかけた。そして額当てを何かを祈るような目で見つめる。
「(大丈夫…私も強くなったのよ)」
ぎゅっと握りしめて額当てを本来あるべき頭で結んだ。いのを下から睨みつけるようにして見る。
いのは普段と違うサクラの様子にたじろいだ。それは同じルーキー組も同じ。なんたってサクラの向上した実力を見たことがあるのは第七班だけなのだから。
「…いの、本気で来なさい」
「っ!あんた如きになんでそんなこと言われなきゃいけないのよ!」
異様な雰囲気のサクラに慄くいの。サクラもそれがわかっているのかふっと息を吐いた。
会場にずんっと重い音が響いた。観客は思わず目を見開く。ナルセはうっすらと笑った。
会場には亀裂が入っていた。まだまだ小さいものであるが、あの歳であれば十分すぎるほどの威力だ。
「このオレが鍛えたんだ。いくらいのとはいえ、一筋縄ではいかないさ」
ナルセの独り言を聞いた傍にいたサスケとカカシ先生は冷や汗を流した。
豹変が本当に恐ろしいのはサクラではない。この、目の前にいるナルセだと。
「…わかったわよ。これ以上舐めてかかるとあたしがやられそうだわ」
昔を思い出し、いのは小さく笑った。真剣な顔つきのサクラを見る。いのも覚悟を決め額当てを頭に付け替える。
「「((正々堂々勝負!))」」
二人は同時に動いた。
先に行動を起こしたのはサクラ。印を結び、自身の傍に二体の分身を作り上げる。
いのはそんな初歩の術を使ってどうする、と思うものの先のサクラの馬鹿力を見て考えを改める。簡単にはいかないはず。
いのの読み通りサクラは得意のチャクラコントロールを使って速度を速める。さらには分身というカモフラージュがあるためサクラの攻撃を紙一重で避けた。
サクラの拳は地面にめり込んでいた。いのは恐怖する。もし今のが当たっていたら…ごくりと唾を呑みこんでふっと笑った。
「(やってやろうじゃないの!)」
そこからはおよそ十分以上の殴り合いが続いた。
サクラはチャクラを節約するためか、まだチャクラを上手く制御し切れていないのか、馬鹿力は時々しか使用していない。だがその馬鹿力を使った攻撃は全て避けられていた。いのも警戒しているのだ。
互いの拳が互いの頬に当たった時、二人の体はドサリと倒れた。二人は息切れをしながら立ち上がる。
「くっ…アンタと私と互角なんて…あるはずないわよーっ!」
「フン…見た目ばかり気にしてチャラチャラ髪伸ばしてるあんたと…私と互角なわけないでしょ!」
長い髪のいの。一方死の森で髪を切ったサクラ。いのはサクラの発言にピクリと反応した。
「アンタ!私をなめるのも…大概にしろ!」
いのはクナイを取り出して己の髪を掴んだ。サクラはその先の行動に目を瞠った。いのはサクラのように、躊躇いなく大事に伸ばした髪を切った。
「オラァアアアア!!こんなものー!」
切り捨てられた髪はそこらに投げ捨てられた。いのの行動を見たサクラは単純だと見下し、シカマルは青ざめていた。
ナルセも思う。同じ女でもこれはないわ…。いくら本気でやり合おうと決心しても、流石に公衆の面前でそこまで感情を高ぶらせねェよ…女の子の執念って恐ろしい、とぶるりと震えた。
いのはその後、ケリをつけると言って【心転身の術】を使った。サクラは術の範囲外に出て術を回避した。残念だったわね、と笑う。
がしかし。止めをさそうとしたサクラの足が動かない。いのの髪が絡みついていた。自分のチャクラを流し込んだ特別性の縄だと演技をしていたいのは言った。
「じゃ…心転身の術!!!」
サクラの体はがくりと項垂れた。そしていのが精神を支配する。
サクラの体はすっと片手を上げた。ギブアップ宣言をするためだ。ハヤテ審判もサクラの方を向く。
「私…春野サクラは、この試合…棄権……」
棄権する
そう続くであろう言葉に観客は驚いた。心転身の術を知らない人であれば尚更。
仕方ないね、心転身の術は厄介だもの。少し手助けしてあげるかな、とナルセは口を開く。
「サクラ」
静かにサクラの名前を呼んだ。サクラの中にいるいのはサクラを呼んだ人、ナルセの方向を向いた。
「そんなことで負けたりなんかしないよね?今までの努力はどうするの?」
そんなことをしても何にもならないと、いのは高をくくった。ナルセはただ優しげに微笑むだけ。ナルセの口調が変わっていることには気付かなかった。
刹那、悪寒を感じた。サクラの体は震えていた。
「(――そうね、ナルセ…)」
精神の中のサクラはナルセの問いかけに答えるように呟いた。
「(私は…ナルセを守れるくらい、強くならなくちゃいけないのよ…!)」
精神はいのが完全に支配しているはず。そんな馬鹿な、といのは頭を抱えた。
「どうしたんですか?棄権ですか?」
様子が変わったサクラに問いかけるハヤテ審判。サクラは暫く黙って答えた。
「棄権なんかして……たまるもんですか―――――ッ!!」
高らかにそう言った。サクラが精神の支配権を取り戻した。
お互いにもう術は使えない。最後の最後は互いに殴り合った。二人とももう限界だったのだろう。一度は起き上がろうとしたのだが、意識を失った。
「両者続行不可能…ダブルノックダウンにより、予選第四回戦通過者無し!」
上々だよね、とナルセは笑った。
意識を取り戻したサクラはその後、ナルセに泣きついた。
悔し涙だった。それだけこの試験に打ち込んでいた。最初こそ試験に躊躇していたが、死の森での出来事以降サクラはナルセを守っていこうと誓ったのだ。
「ごめん、なさいっ!わ、たしっ、…負けちゃったっ!!勝てなかったッ!!」
「うんうん、サクラは強くなったよ。大丈夫だってば」
「…いい試合だったと思うぞ」
「成長したネ。出会った頃とは大違いだよ」
泣きじゃくるサクラを慰める第七班。
あのクールで、他人に見向きもしないサスケでさえサクラを慰めていた。カカシ先生はにっこりと笑い、ナルセは聖母のような笑みを湛えてサクラを抱きしめていた。
第七班の結束は想像以上に強いものだった。
他には踏み込めない絶対の信頼関係が存在していた。班分けをした時の最悪の組み合わせだと思わせるような仲の悪さなど、最初から存在しなかったようであった。
サスケくんと仲良くやってるっていうのに僻みすら感じたけど。正直、羨ましくもあった。
「なのに!ナルセはそれを自分から捨てたのよッ!!」
いのはテーブルを叩き付けてそう叫んだ。隣ではチョウジがいのを宥めていた。
「すごく…いい人じゃないデスか」
里抜けしたと言うのだから、悪役に回っているのだとばかり思っていた。でも、いのの話を聞く限りとても仲間思いのいい人だと思う。
「あたしは平気で人の心を傷付けるような人だとしか思えないわ」
いのは全てサクラのことを思って言っている。
確かにそのナルセさんって人は他人の心を掻き乱すような行動ばかりしているようだ。いのがこんなに怒るのもわからない気もしない。
「シカマルはどう思いますか?」
「…わかんねェんだよ。何であいつがあんなことしたのか」
シカマルに話を振ってみるも、彼もかなり悩んでいるようだ。少し間を置いて答えた。シカマルは難しい顔ばかりしている。
「あいつが何を思って行動してるのか…全く読めねェ!!」
シカマルは叫ぶように言って、机を拳でだんと叩いた。
先程からしている不穏な空気に周囲の客がなんだなんだと静まったが、アスマ先生がへらっと笑って誤魔化していた。
「…悩むのは二の次でいいんじゃないデスか?」
三者三様の反応が引っ掛かり、気付けばあたしは声を上げていた。
「とにかく悩むのは後だと思うんデス。捕まえて、引っ叩いて、説教して。それが終わってから理由を聞けばいいんデス」
三人は顔を上げてあたしを見た。別に感じる必要はないのに緊張が走った。
でも、ここでやらなきゃ意味がないと思う。立ち止まってる皆の背中を押す、誰かが彼らには必要なんだ。
「シカマルはその人がそんなことするはずがないと信じていたんデスよね?」
シカマルの取り乱しようからの判断。間違っているかもしれないと思ったけど、シカマルは「ああ…」と小さく言った。
「なら最後まで信じてあげるべきデス。ナルセさんはこの里で孤独だったんデスよね?そうならシカマル達が帰ってこれる場所を作っておいてあげないと。でないと帰って来たくても帰って来れなくなります」
これは原作からの予想。ナルトがあれだけ虐げられてきたんだから、この世界でもありえないことではない。
シカマルも思うところがあるのか難しい顔をしていた。
「あのデスね。絆の感じ方なんて人それぞれなんデス。別に一方通行でもいいんデスよ?躊躇う必要はないんデス」
「リアナもこう見えて悟ってんだなあ」
「…ちょっとアスマ先生。こう見えてって何デスか、こう見えてって」
ちょっとギスギスした感じだったけど、いのが小さく笑ったのを始まりにその場は笑いに包まれた。ま、これでいいとしましょう。
いのは第七班の絆が羨ましかったって言ってたけど、四人の耳元で輝くものも、十分に絆の強さを語ってると思います。
目に見えぬ絆
(一方通行の想い)
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