何を考えているのかというと、特に何も考えているわけでもないのだが、それでも何か考えているふりをしていないと、それはもうなんというか何もできなくなってしまいそうな気分になるからで。
なぜか、成り行きで巻ちゃんの家に来てしまっている。なんでこうなった。どうしてこうなった。誰か教えてくれ。俺が一番知りたい。

俺は世界をまたにかける予定の、日本一のアイドル東堂尽八。
誰が何を言おうとも、この美形でトークが切れるというのは神が与えし、産物だと思う。

しかし、その俺が今、まさにたじたじになっている。
たじたじというのは動作を表す音だと思うが、それ以外の表す言葉を見つからないのだ。それはもう、巻ちゃんのせいだと思う。巻ちゃんのせいだ。

俺が恋をしたというのは知っているな。その相手は、俺のマネージャー巻ちゃんだ。一目惚れだといっていい。一目見て、恋をした。冗談のようだが、本当に恋に落ちる音がしたんだ。
巻ちゃんのその長い髪の毛に、目の下の泣きぼくろに、不敵に笑う笑みに。それはもう心底惚れているらしい。
トークが切れるこの俺が思わず口をあけてぽかんとしてしまうくらい、巻ちゃんは恰好がよかった。

それがなぜか、巻ちゃんの家に来ている。
えっと、確か、さっきまでテレビ局の近くにあるこじゃれたバーで飲んでいたはずだったのだ。

今日は、いつものように調子がよく、かっこよい山神ポーズを決めて、テレビ収録が終わったのだった。テレビ局を出たところには、たくさんの待っていたファンの子がいて、それに挨拶して、巻ちゃんが呼んでくれていたタクシーに乗って、こじゃれたバーまで行ったのだ。
そこでは、巻ちゃんの歓迎会(主催俺、その他俺)をしていたのだ。巻ちゃんは悪いと言いながらも、ハイピッチで飲み始めたのだった。
俺とて、酒に弱いというわけではない。そのペースに巻き上げられるように、競うようにして飲んでいた。
しかし、酒に飲まれたというのか、ふわふわとした感覚に包まれて、気が付いたら、タクシーに乗って、巻ちゃんの家に来ていた。

巻ちゃんは今、キッチンで水をくんできている。

「おい、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと、酔っているようだ」

ちょっと、酔っただけだった。
なんだかものすごく暑い。上着を一つ脱ぐと、座っていたソファーの背にかけた。

巻ちゃんの家は結構おっきなマンションにあった。
少しばかり一人暮らしには広いと思うが、まあ、俺のマネージャーをするぐらいだ。これぐらいの家に住んでいてもらわないと何となく不釣り合いだといわれてしまうからな。
巻ちゃんの部屋はあんまりものが置かれていない。白を基調としたこの部屋にはおっきなテレビとソファーと観葉植物と、よくわからない絵が飾られている。
巻ちゃんの趣味はなんなのだ?と思いながら、その絵を見つめる。女の人が書かれているのだろうと思うが、その絵があまりにも芸術的なハイセンスすぎてちょっとついていけなかった。普段巻ちゃんはマネージャーらしくスーツを着ているので知らなかったが、巻ちゃんのセンスって結構奇抜なのかもしれない。
まあ、あの髪の毛の色から勝手に想像しているだけなのだけれども。

「なあ、巻ちゃんの趣味ってなんだ?」
「あ?なんショ、急に」
「巻ちゃんの趣味って聞いたことなかったと思ってだな」
「あー、グラビア?」
「なんで疑問詞なんだ」
「わかんねぇからショ」
「そうか、ちなみに俺はファッションだ」
「知ってるショ」
「言ったことあったか?」
「さっきから、さんざんファッションの話をされてるこの身にもなれショ」

そうか、俺は酔っているのだな。すまない、と言いながら、巻ちゃんが差し出した水を飲んだ。
ひんやりとした温度がのどを通って、胃の中に入った。

パタンとソファーに寝転がる。このソファーは巻ちゃんのにおいがする。世界が巻ちゃんでつつまれてたような感じになる。
幸せだと感じる。黄色いふわふわとした感情が浮かびあがってくる。

――ああ、俺は巻ちゃんが好きだ。

まあ、知っていたけれど、ひしひしと感じる。
巻ちゃんにこれを伝えたらどんな顔をするだろう。巻ちゃんは嫌な顔をするかな。まあ、男に好きとか言われてもうれしいやつとか、いるだろうか?俺はそっち側の人間であるつもりはないが、巻ちゃんは特例だ。巻ちゃんだけがおかしいのだ。もしかすると、巻ちゃんの髪の毛が長いから勘違いしているのかもしれない。髪の毛が長いとほら、女の子ぽく見えるってことあるだろ?まあ、長い髪の毛の巻ちゃんを女の子だとは思ったことがないが。長い髪の毛でも短い髪の毛でも巻ちゃんは巻ちゃんだ。

「東堂、寝るならベッド行けショ」
「うーん、」

巻ちゃんが俺の顔をのぞく。その、あのだな、顔が近くないか?そうか、巻ちゃんも酔っているのだな。
俺はふふっと笑う。そして、巻ちゃんの顔を両手で挟むとそのまま頭を浮かせて、ちゅっとキスをした。

「巻ちゃん、」
「何ショ」
「俺、巻ちゃんのこと、好きみたいだ」
「・・・」

黙られるとちょっと困るんだけれど。何かしら反応してほしいっていうのが、わかんないかな。ちょっと戸惑った顔をした巻ちゃんが口角を上げると、そーかよって言って俺をふわりと抱き上げた。

「巻ちゃん、どこいくんだ?」
「ベッドショ。ソファーで寝かせるつもりはねぇからな」
「そうか、」

隣の部屋に連れて行かれる。
その部屋にはおっきなキングサイズのベッドが置いてあった。巻ちゃんは普段こんなベッドで寝ているのだな。知らなかったが、これだと一人でさみしくないか?

「巻ちゃん、ベッドひろすぎないか?」
「まあ、キングサイズだからショ」
「これだとまるで、」

俺が一緒に寝ることを考えてくれたみたいじゃないか。そんな自由な解釈をすると、巻ちゃんはクハと笑う。

「そーだな、お前が寝るためにあるのかもしれねぇショ」

そんなうれしいことを言ってくれるな。巻ちゃんも酔っているに違いない。だって、巻ちゃんは口下手でそんなにトークが切れるわけがないのだ。

「巻ちゃん、酔ってるのか」
「ああ、酔ってるショ。だから、これから先のことは気にするな。お前も酔っているんショ」

そういって、ベッドにおろされると思ったら、頭の後ろに巻ちゃんの大きな手が回り、巻ちゃんの顔が近づいてきて、そして俺は目をつむると優しいキスをされた。
人の体温ってこんなにあったかいんだな。黄色い感情がまたふわふわと頭の中を飛んでいる。つむっていた目を薄くあけた。そしたら、深い緑の目と重なった。優しい色だ。なんでこんなにやさしいんだ。巻ちゃんは。こんなことされたら、まるで巻ちゃんも俺のことが好きだと勘違いしてしまうじゃないか。

「ん、ふ」

少しの時間だったはずなのに、ものすごく長い時間だったように感じた。巻ちゃんの顔が離れていく。なんでこんなに巻ちゃんはかっこいいんだろう。巻ちゃんに俺はもうメロメロじゃないか。

「巻ちゃん、」
「何ショ」
「いや、呼んでみただけだ」

巻ちゃん、巻ちゃん、まきちゃん。何度だって呼びたい。巻ちゃんが振り向いてくれるまで。何度でも。

「なあ、巻ちゃん、」
「ん?」
「巻ちゃんは、その、好きなやつとかいるのか?」

あれ?これ前にも聞かなかったか?まあ、酔っているからしょうがない。昔のことなんて酒と一緒に飲んでしまったのだ。

「・・・いるのかもしれねぇショ」
「ずいぶんとあいまいだな」

巻ちゃんの長い髪を触る。トリートメントをしているのだろうか?いたんでいるがさがさした感じはあんまりしない。でも、俺の髪のようにつやつやでさらっさらっていうわけでもない。
まぁ、俺みたいにテレビに出るような仕事じゃない巻ちゃんはそんな手入れするわけもなさそうだけど。

巻ちゃんの長い髪を指に絡ませる。くるんとわっかをつくると、髪の毛は重力に従って落ちてくる。巻ちゃんの顔が目の前にある。息がかかるほど、近い。
寝ている俺の上に巻ちゃんはまたがっていて、なんだか押し倒されているみたいじゃないか。巻ちゃんは酔っているからそんなこと気にしているわけないんだけれど、自覚したらなんだかちょっと照れくさくなってきた。

「東堂、顔赤いショ」
「まあ、酒で酔っているのだ」
「かわいいショ」

かわいいとか初めて言われたぞ。巻ちゃんはもしかして天然たらし系男子なのか?そんな言葉俺以外にいったら承知しないぞ。まあ、巻ちゃんがそんなこと簡単にいうとは思えないが。

「なあ、かわいい東堂」
「どうした?かっこいい巻ちゃん」

ちょっと仕返しをしてみた。巻ちゃんは眉を下げて、困った顔をした。俺はかっこいいって言われなれているからな。そんな言葉で照れくさくなるわけじゃないんだけれど、巻ちゃんはそんなこと言われなれているわけじゃない。また、キスをされた。巻ちゃんのキスはさっき飲んでたカクテルみたいに甘くって、優しくて、なんだか乙女が恋してるみたいなキスだ。

「暑くないショ?」
「・・・うむ、暑くなってきたな」

ああ、思い出した。俺は暑かったんだった。上着はさっきソファーにおいてきたが、シャツのボタンを少し開ける。ついでに、巻ちゃんのネクタイを緩めて、ベッドの下に投げた。巻ちゃんのワイシャツのボタンも全部外してしまう。
巻ちゃんの鎖骨って初めて見たかもしれない。少し割れている腹筋とか、形のいいおへそとかも、初めて見た。

「何、見つめてるショ」

そんな見つめてたわけじゃないんだけど、いや、見入っていたっていうのか?巻ちゃんのすべてが愛しいからな。巻ちゃんの全部が欲しい。

「巻ちゃんの全部が欲しいよ」
「・・・やるって言ったら?」

え?今、なんて言った?くれるの?巻ちゃんを?

「そのかわり、お前の全部を俺にくれショ」
「もちろんだ、もちろんあげるに決まっているだろう。巻ちゃん」

愛だって、なんだってあげる。
だから、巻ちゃんも愛して。

巻ちゃんの長くてきれいな指が俺のシャツの裾から入ってくる。
ちょっと冷たくて気持ちがいい。

「巻ちゃん、おいしく食べてくれるか?」
「そんなの、言わなくたって分かるショ」
「分かんないぞ、言ってくれなきゃ分かんない」

巻ちゃんがグラビアが好きとか、言わなかったから分かんなかった。それに、俺のことかわいいとか言ってくれなかったから分かんなかった。かわいい東堂尽八っていうのも新しいかもしれないな。アイドルでもかっこいい路線をいっている俺とはなんだか全く違うものを差し添うだけれど。まあ、何をしても似合うのが俺だからな。巻ちゃんもきっと俺のことを好きになるに違いない。

「…じゃあ、言うぞ」
「ん?何をだ?」
「お前が言えって言うからショ」
「あれ?そうだったか?」

酔っているからつい先ほど言った言葉すら忘れてしまった。そう言えば、分かんないって言ったっけ?巻ちゃんは何を言ってくれるのだろう?

「俺は、」
「おれは?」
「お前のことが、」
「おれのことが?」
「…これ以上先は、あとでのお楽しみにしておけショ」
「えー、巻ちゃんズルい」

ズルいじゃないか。まるで、告白されるかと思いって結構ドキドキしたんだぞ。ほら、このドキドキした心臓は何だって言うんだ。
巻ちゃんの顔が近いからだけじゃないんだぞ。

「なぁ、巻ちゃん」
「んー?」
「さっきからずっと腹をなでているが、もしかして俺の肌は気持ちよすぎては慣れられなくなったか?」
「そうかもしれねぇショ」
「うむ、曖昧だな」

まあ、巻ちゃんが口下手なのは知っていた。それも含めて巻ちゃんが好きなのだ。好きだ、巻ちゃん。大好きだ。愛しているって言っても良い。この感情が、届くとしたら、それはサンタクロースが魔法を巻ちゃんにかけたからに違いない。まだまだ、サンタクロースの時期とはほど遠いけれど。

「巻ちゃんはサンタクロースって信じているか?」
「何を唐突に言ってるんショ」
「いや、魔法をかけられると言ったら、サンタクロースじゃないか?」
「普通に、魔法使いでいいショ」
「そうか、魔法使いか」

魔法使いとは思いつかなかった。やっぱり酔っているんだ。魔法使いがいれば、巻ちゃんと両思いになれるのかもしれないのだけれど、そんな都合良く魔法使いがいる訳が無い。

「東堂、俺が今から魔法をかけてやるショ」
「え?巻ちゃん、魔法使いだったのか?」
「今、魔法使いになったんショ」
「?」
「お前だけに、特別に魔法をかけてやる」

巻ちゃんが意味深な顔つきで俺の海の底みたいなダークブルーの瞳を覗き込む。

「尽八、愛してる」

時がとまったかと思った。
魔法にかかったみたいだ。だって、幸せの黄色いふわふわが頭の中で舞っている。
俺はへにゃりと笑って、巻ちゃんの目をじいっと見つめた。

「本当だ、魔法にかかった」

巻ちゃん、大好きだぞ。
また一つキスをして、いっぱいいっぱい巻ちゃんを楽しんだ。

「なら、もう一つ魔法をかけてやるショ」
「うむ、いいぞ。今は何でも信じられる気分だからな」
「お前は俺のことを一生好きになる」
「それって一生、一緒にいてくれる意味か?いやだって言ってもなかなか離れないぞ、山神だからな」
「それぐらい安いもんショ」

巻ちゃんは笑って言った。
重くのしかかるのは、これが恋って言うやつか。
魔法は明日まで解けないと信じて、今日だけは巻ちゃんを独り占めしたいと思う。

巻ちゃん、愛してる。





これが魔法というならば
(恋する魔法にかかったのは誰?)


20141017/もだもだした両片思いって大好きです。
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