×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
8-8:Mutually.―向かい合って、手を取り合って―

2/4



 一息ついた所で前を見ればロイド達が少し離れた場所を歩いており、アンジェラ達も歩を進めた。
以前来たときは真新しい補修の跡があったが、今ではどこを補修したのか分らない。
やはりダイクの腕は本物なのだろう。
コレット達の案内で、アンジェラ達は更に奥に進んだ。
流石はマーテル教会の聖堂、と言うべきか通路には世界再生を描いた壁画がある。
しっかり観察したいが、今はみな先を急いでいる。
足を進めながらも可能な限り壁画を観察していると、辺りを見渡していたエミルが口を開いた。

「ここにヴェリウスがいるんだね」

「正確には人の心の中にいるんだ。だからどこにいても会えるんだと思う。ただ、多分ここが一番コンタクトを取りやすいってことなんじゃないかな」

「ここはヴェリウスを祀る神殿なの?」

イフリートなら砂漠、セルシウスなら豪雪地帯と、精霊は自身を構成するマナが濃い場所を好む。
それを人々が崇め、時には畏怖し、崇拝の念をこめて神殿が建てられる。
だが心を司る精霊、ヴェリウスなどどの文献にも載っていない。
そんな精霊を祀る神殿があるとは考え辛いが、精霊が何の所縁もない地に現れるとも考えられない。
しいなの説明にそうなんだ、と相槌をうつエミルはどこか上の空だ。
緊張しているのだろうか。

「エミル……」

「ん?どうしたの、マルタ」

 マルタが声をかければ、エミルは優しげに微笑んだ。
平然を装うとしているのだろう。
どこか距離を感じるその笑みにマルタはそっと口を開き、だが静かに閉じると軽く唇を噛み締めて首を横に振った。

「……ううん。ごめん。やっぱ何でもない」

 その表情に何か引っかかるものを感じたのか、エミルは首を傾げたがマルタは追求を避けるように前を向いた。
背を向けられてしまっては話しかけ辛いのか、エミルはその背を眺めるだけで何もしない。
アンジェラはそっと息を零し、マルタの隣に並んだ。

「エミルのこと、気になるの?」

小さな声で話しかければ、マルタはびくりと肩を震わせて静かに頷いた。

「どうしてだろう……なんだか、嫌な感じがするの。エミル達が遠くに行っちゃうような、そんな予感が……」

「そうならないように、今からヴェリウスに会いに行くんでしょう?」

努めて明るく言うものの、マルタの視線は下がってく。
色んなことがありすぎて、混乱しているのかもしれない。
段々と歩みは遅くなり、今にも止まってしまいそうな足取りに、歩み寄ってきたエミルが心配げに眉を寄せた。

「……マルタ。どうしたの?さっきから変だよ」

「ねえ、エミルもラタトスクも消えたりしないよね?もし……二人のままでいられなくなったらどうしよう」

 顔を上げたマルタの目は、今にも泣きそうに見える。
マルタにとってエミルは、エミル達はかけがえのない存在。
その存在が欠けてしまうかもしれない。
最悪の場合、二人共いなくなってしまうかもしれない。
マルタは震える声を鎮めるように大きく息を吐きだし、不安が渦巻いている胸に手を当てた。

「ラタトスクもエミルと同じように私のことを助けてくれた。二人がいたから、ここまで来れたんだよ。だから、私は二人が二人のままでいて欲しい」

そう願うのはきっとマルタだけではない。
誰だって、エミル達に消えて欲しいと思っているわけではないだろう。
それでも何も言えないのは、これからどうなるかアンジェラにも分らないからだ。
不安を隠すことなく曝け出すマルタに、エミルは静かに微笑んだ。

「……きっと、大丈夫だよ。僕もラタトスクも消えないから」

「そうね。約束したばかりで破られても困るもの」

ただ頷いて、にっこり笑えばエミルは困ったように笑った。
エミルの言葉に少しでも安心してくれたのだろうか。
ゆっくりと顔を上げたマルタはぎこちなくも笑い、前を見ればジーニアスが手を振っていた。

「三人とも、はぐれちゃうよ!」

「あ、今行く!僕、ちゃんと考えてるから。だから、心配しないで」

言ってエミルは少し離れてしまったジーニアス達の元に駆けていく。
何かからかわれているのか、ゼロスに肩を組まれたエミルの頬は赤い。
その様子を見守っていたマルタは、そっと目を細めて息をついた。

「大丈夫?」

 大丈夫、と言える状況ではないだろうが、それしか言葉が出てこない。
情けないことだと内心溜息をついていると、マルタは静かに頷いた。

「信じるのが、私の役目だからね……エミル達のこと、ちゃんと信じないとだめだよね」

言い聞かせるように呟き、前を見つめるマルタの目はしっかりと光を宿している。
不安なことは多い。
エミル達を必ず守る方法も見つからないかもしれない。
エミル達が消えてしまうかもしれない。
それでも大丈夫だと信じられるのはマルタの強さだろう。
自分には真似できそうにないと、前に進むマルタについて奥に進めば今までとは少し違う場所に出た。
大きな窓からは眩しいほどの光が差し込み、部屋の中心には台座のようなものがある。
コレットの話では、神託が下るまではあそこにクルシスの輝石を安置していたらしい。
その史跡としても重要な場所を通り過ぎ、更に奥を目指す。
階段を下りて行けば、精霊を祀った神殿とよく似た台座があった。
やはりここはヴェリウスと何らかの所縁のある場所なのだろうか。
 辺りを観察していると、マルタも落ち着きなさげに辺りを見渡していた。

「……どうやって、ヴェリウスを呼ぶんですか?」

「ヴェリウスは心の精霊だ。きっと、もうすぐそこに……」

しいなの言葉を遮ったのは、祭壇に七色の光が集まり始めた。
あれはただの光ではない。
あたたかなマナは火や水といったどのマナとも違う。
例えるなら、世界樹の生み出す純粋なマナに近い。
息をのんでいると、光と共に狐のような精霊が姿を現した。

「私を呼びましたね、しいな」

「コリン!」

 コリン、としいなが呼んだその精霊は金色の毛並みを持つ狐の姿をしている。
声は中性的で、嬉しそうなしいなに青い五本の尻尾を揺らした。

「あなたが、心の精霊ヴェリウス……」

同じ精霊同士、何か感じるものがあるのだろうか。
息をのむエミルの隣にいたロイドが、一歩前に出た。

「ヴェリウス、リンネを助けたいんだ」

ここに来たのは、エミルを守る方法を聞くためだけではない。
エミルも頷いてヴェリウスに縋るような目を向けた。

「僕の中にリンネがいると聞きました。一体どうすればいいんですか?」

エミルを見つめるヴェリウスの蒼い目は、穏やかで優しい。
こちらの目的も知っていたかのようにヴェリウスはしっかりと頷いて微笑んだ。

「貴方が彼女の解放を望むのなら、私が力を貸しましょう」

「お願いします!」

「では、目を閉じてください」

ヴェリウスの指示にエミルがすぐに従うと、彼の身体が淡い光を放ち始めた。
魔術の一種かと思ったが、マナの集まりは感じない。
やはり、精霊は未知で溢れている。
隣ではマルタが心配げな声を上げたが、すぐに口を閉ざすと唇を噛み締めた。
今、自分達に出来ることはヴェリウスとエミルを信じることだと分かっているのだろう。
祈るように両手を組んだマルタの隣で、アンジェラもそっと胸に手を当てた。




- 496 -


[*前] | [次#]
ページ: