8-6:View.―ずっと傍で、最初から―
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「ラタトスクを信じるんだな?」
「そういうことね」
笑って頷き、ユアン達の方へ向き直れば、ロイドがしっかりと頷いた。
こうなることを予想していたのか。
ユアンに目を向けたロイドはどこか嬉しそうだった。
「ラタトスクが人類の敵でなければ、ギンヌガ・ガップに封じる必要はない。だったよな、ユアン」
そうだな、と頷きユアンと目が合う。
まだ何かあるのだろうかと内心身構えていると、ユアンはそっと息を零した。
「お前がそこまで言うのなら、信用出来そうだな」
「あら、そこまで私の意見を尊重してくれるの?」
「僕らハーフエルフは疑り深いからね。その君が、信じるって言うんだ。これ以上信憑性のあるものはないよ。それに、今のエミルの目を見れば分かるからね」
笑って言えば、ミトスが小さく笑った。
もしアンジェラがラタトスクを信じられないと言っていたら、彼らはどうしていただろう。
エミルごとラタトスクを封じて鍵にするつもりだったのだろうか。
そう考えて、考えるのをやめた。
もし、なんて仮定の話をしても何の意味もない。
大切なのは、今目の前にある事実なのだから。
少しずつ空気が変わっている。
張り詰めたものから、柔らかいものに。
だがその中心とも言えるエミルはまだ戸惑い、周囲を見渡した。
「みんな、どうして僕を信じてくれるんですか?僕は……」
「ユアンも言っただろ。エミルを信じたいって」
「え……?」
目を丸くするエミルにロイドが歩み寄る。
一歩一歩と距離をつめるロイドに、エミルは逃げるように数歩後退った。
「エミル自身が一度だって喜んで誰かを傷つけようとしたか?ラタトスクの心が表に出始めてもエミルは消えなかった。俺たちはその心を信じたい」
だがロイドの真っ直ぐな言葉に、エミルの足が止まる。
動かないエミルにロイドは笑みを浮かべ、手袋を外した右手を差し出した。
「エミルは作られた人格じゃない。ラタトスクの良心から生まれた、もう一人のラタトスクなんだ」
それは友好の証。
差し伸べられたロイドの右手は、剣を握り続けていたからか頼もしく見える。
この手が、世界を救った。
だが大きく力強そうな掌に、エミルはまだ戸惑っている。
向けられたあたたかな感情を取るのを戸惑っているのだろう。
その気持ちは痛いほどわかる。
ロイドもエミルの気持ちが分かっているのだろうか。
大丈夫だと言わんばかりに笑みを深め、しっかりと頷いた。
「それにラタトスクだって変わったんだろ?人を滅ぼそうとしたラタトスクが、世界を守ろうとしてくれてるんだ。俺達は世界を守るラタトスク達の力になりたい」
ロイドの真っ直ぐな言葉にエミルが息をのむ。
響く声に力強さを感じるのは、彼が世界統合の英雄だからだろうか。
眩しい光を宿した鳶色の目は、まっすぐエミルを見つめている。
「だから俺達は、エミル達を守る。一緒にみんなが幸せになれる方法を探そうぜ」
明るい声に、エミルの手が動いた。
おそるおそる、ゆっくりとエミルの右手が伸び、ロイドは伸びてきたエミルの手を放すまいとしっかりと握りしめた。
ぎゅっと、どちらともなく力を込めたのが二人の表情で分かる。
その光景に最後の最後まで張り詰めていた緊張の糸がほぐれたような気がして、アンジェラは思わず息を零した。
まだ問題は残っているが、それでも二人が握手を交わしただけで安心してしまう。
エミルはロイドの手を握りしめ、ゆっくりと口を開いた。
「……ありがとう。ロイド」
安堵の息を零し、エミルが微笑む。
少しずつ、事態は好転しているのかもしれない。
少なくとも、最悪の事態だけは避けられたと思ってもいいだろうか。
「それでは我らがやるべきことは、エミルとラタトスクという二人の人格を安定させることだな」
「どういう意味?」
口を開いたユアンにマルタが首を傾げる。
人格を安定、なんて突然言われても意味が分からないだろう。
目を瞬かせるマルタにミトスが口を開いた。
「一つの身体に二つの心というのは不安定で危険なんだ。最悪、二人の人格が消えるかもしれない。そうなる前に、意識を一つにする必要があるんだ」
不穏な言葉にマルタが言葉を失くして息をのむ。
似たような話を以前リーガルから聞いたことがある。
信じられないような話だが、世界統合の英雄たちは一つの身体に二つの人格が存在していたことを知っている。
だからこそ、すぐに信じられるのだろう。
「人格が一つになると、エミルはどうなっちゃうの?」
誰もが抱く疑問を言葉にしたのはジーニアスだった。
不安げな白銀の瞳にユアンは眉間に皺を刻み、ゆっくりと首を横に振った。
「わからぬ。存在の強い方が残るのか、交じり合うのか、二人共消滅するのか」
「そ……そんな……」
マルタの大きな目が見開かれ、零れた声は震えている。
どちらにしろ、エミルもラタトスクも無事ではすまないと言われているのだ。
こんなこと、マルタがすぐに受け入れるわけがない。
最悪の結末を思い描いたのか、マルタは大きく首を横に振ってユアンを睨んだ。
「それじゃあ、エミル達に死ねって言ってるようなものじゃない!」
「ああ。だから何か方法はないかマーテルに聞いたんだ」
大丈夫だと言わんばかりに落ち着いたロイドに、マルタが息をのむ。
解決策があるのなら、無駄に驚かせなくてもいいだろうに。
アンジェラは思わずため息をついた。
「意地悪ね。何か方法があるのなら、最初から言ってくれればいいじゃない」
「私は質問に答えただけだ」
気分を害したのか、ユアンは眉間に皺を寄せている。
あまりいじられるのに慣れていないのか、彼はいじりがいがありそうだ。
もう一言二言言ってみようかと思ったが、ユアンはすぐに話を戻した。
「マーテルはイセリアで心の精霊の加護を受けろと教えてくれた。ラタトスクは精霊だ。精霊は自らの意志で姿形を変えることが出来る。その力がラタトスクにあれば、どちらも生存する方法があるかもしれない」
確かに、一理ある。
納得していると、しいなが大きく肩を揺らしていた。
何を動揺しているのだろう。
固く拳を握りしめたしいなの肩をゼロスが叩くと、ロイドも表情を引き締めた。
「これでエミル達を守れるっていう確証はない。でも今はこれしか方法がない」
決して楽観できない状況にエミルが俯く。
突然消えるかもしれないと言われて、冷静でいられるだろうか。
俯いたままのエミルにロイドは声をかけた。
「どうする?これはエミルの問題だ。エミルの判断に委ねる」
すぐに判断できるようなことではないが、ゆっくりしている時間もない。
ブルートは正気に戻したものの、アリスとデクスの行方は分からない。
それに何より、リヒターの動向も気になる。
沈黙の中、エミルはゆっくりと顔を上げてロイドを見つめた。
「……心の精霊に会ってみます」
他に方法がない以上、選択の余地はない。
僅かな可能性にかけるかない以上、エミルの答えは当然のものだ。
だが不安なことには変わりない。
ロイドはエミルの決意にしっかりと頷くと歩き出した。
「わかった。じゃあ行こう」
「そうと決まればさっさと行くぞ!」
「ちょっと待ちなよ!まだリンネの話を聞いてないよ!」
それにゼロスが続けば、しいなはすぐにゼロスの腕を掴んだ。
方向性は決まったが、まだ消えたリンネについて詳しい話を聞いていない。
アンジェラも頷いてユアン達を見据えた。
「そうね。あの時、消えたリンネが何故生きていたのかも、何故あんな消え方をしたのかも説明して貰えるかしら」
何もかも、分らないことだらけだ。
死んだと思っていたのに突然現れて、また消えて。
幻だと思ったのに、彼らはリンネが生きていると言う。
まだ死んでいたというのなら話は分かるが、彼らはリンネが生きていると断言し、今も戦っているというが未だに信じられない。
全ての答えは、ロイド達が持っている。
既に足を外へと向けているロイドとゼロスを見れば、ゼロスの方が口を上げた。
「イセリアに行けばリンネに会える」
「そうそう、俺も早く会いたいしな」
「早く会いたいって、ロイドはずっとリンネと一緒にいたじゃないか」
「あっ!」
不審な目を向けるジーニアスに、ロイドが慌てて手で口を覆うがもう遅い。
説明を求める仲間達の視線から逃げるようにロイドが視線を逸らせば、ゼロスが頭を掻いた。
「これだからロイド君は……」
「今までよくボロが出なかったな」
ユアンに睨まれ、ロイドが素早く視線をそらす。
ここまで隠されては気になる。
話してくれそうなミトスに視線を向ければ、気付いたミトスが微笑んだ。
「行く前に話してあげようよ。早く会いたい気持ちはみんな一緒なんだから」
大丈夫だよ、とミトスに言われ、ユアンは何か言いたげにしつつも口を閉ざす。
いくつもの視線を集めたミトスは、エミルに歩み寄った。
「リンネはずっとエミル達と一緒にいたんだよ」
「僕達と?」
意味が分からない、と顔を見合わせたエミルとマルタがこちらを見るが、アンジェラも何が何だか分らない。
肩をすくめてミトスを見れば、ユアンがエミルを見つめた。
「あの日、ラタトスクに吸収されたリンネは消えるはずだった。だが、何故か消えずにラタトスクの中で自我を保ち続けている」
「どういうこと?」
あの日、アクアも言っていた。
ラタトスクに糧とされたリンネは死んだと。
首を傾げるマルタに微笑んで、ミトスはエミルの胸元を指で軽く叩いた。
「リンネはエミルとラタトスクの精神世界にいるんだ。そこでラタトスクがヒトを滅ぼそうとしたり、エミルが消えてしまうのを防いでいたんだよ」
エミルが息をのみ、仲間達も静かにざわめいた。
そんなことがあり得るのだろうか。
「精神世界……?」
聞いたことのない言葉に、思わず眉をひそめる。
そんなもの、本当にあるのだろうか。
「僕も実際に見たわけじゃないから何ともいえないけど、でもエミル達の中にいるはずなんだ」
だがミトスが嘘をついているようにも見えない。
他人の精神世界の中に入り込むなんて聞いたことがない。
リンネがずっと傍に居たなんて、ずっとラタトスク達を見守っていたなんて。
だとしたら、アンジェラのことも見ていたのだろうか。
悪事に手を染めて、大勢の人を不幸にしたアンジェラのことをどう思っているのだろう。
失望しただろうか。
悲憤しているだろうか。
俯いているとミトスがそっと息を零し、ロイドがエミルの肩を叩いた。
「エミル、今まで何か声が聞こえたことがなかったか?」
「声?」
「迷った時、落ち込んだ時、何か声みたいなのが聞こえなかったか?」
ロイドの言葉にエミルは考え込むように視線を走らせ、だがすぐに何か心当たりがあったのか。
小さく声を零した後、顔を上げた。
「そういえば……地の神殿で不思議な声が聞こえたんだ。『マルタを守ることを、人任せにしていいの?』って。すごく優しい声で、それに答えようとしたら意識が戻ったんだ」
その言葉に思い出したのは地の神殿でのこと。
ラタトスクから意識を取り戻したとき、エミルは『もう一人いたような気がした』と言っていた。
あの時は気のせいだと思っていたが、どうやら本当だったらしい。
エミルの言葉にミトスは嬉しそうに笑った。
「それがリンネの声だったんだよ」
「じゃあ、今までロイドと一緒にいたリンネは一体何者なの?」
仮にラタトスクの中にリンネが存在していたとしても、まだ謎は残っている。
祈るように手を組み、困惑した様子のコレットに、ロイドは安心感を与えるような笑みを浮かべた。
「あれは命の精霊だよ」
「正確には、精霊リンネが擬態した人に限りなく近い生命体だな」
「どういうことですか?」
少しずつ謎は解けてきたが、まだリンネの無事をこの目で確かめたわけではない。
いつも冷静なプレセアの声にも焦りの色が濃いことに、ジーニアスも気付いているのだろう。
プレセアの様子を伺いつつも、答えを知る者達に目を向けた。
「ラタトスクがリンネを吸収したのは、リンネがマナを生み出す力をもった姫神子だからだ。だから完全に吸収できていないと気付けば、自分の中に存在しているリンネに気付く可能性があった。今までロイドの傍に居たリンネは、リンネの吸収を失敗したとラタトスクに認識させるために作り出した囮というわけだ」
ユアンの説明は理に適っている。
吸収に失敗すれば、力は元に戻らない。
灯台下暗し、とはまさにこのことだろうか。
「リンネが私達の前で剣を抜いたことがないのも、彼女がリンネ・ア―ヴィングではなく、精霊リンネだったからということね」
精霊と言えど、姿かたちは再現できたとしても戦闘技術まで真似ることは出来ないということだろう。
それに、強いダメージを受ければ消える可能性がある以上、戦うのは得策ではない。
そう考えれば、辻褄が合う。
どちらかといえば好戦的な彼女が接近戦ではなく、天使術を使ったことも、ロイドが剣を抜いても自分は剣を抜く素振りさえ見せなかったことも。
どうやらこの考えは間違っていなかったらしく、ロイドは笑って頷いた。
「あいつとの旅も大変だったんだぜ。ずっと自分の神殿に引きこもってたから、人としての生活に慣れてないし。飯の食い方も知らないし、服がぬれたからって普通に道端で脱ごうとしたり」
大きくため息をつき、ロイドは頭を抱えた。
相手は名前も知られていない精霊。
文献に名前がないということは、人との接触が無いに等しいと言う事。
ようは世間知らずの引きこもりだ。
「じゃあ、ほんとにリンネは無事なんだね?」
「ああ、こうしている俺達のこともずっと見ている筈だぜ。エミルの目を通してな」
鳶色の目に見つめられ、エミルは自分の胸元を撫でた。
まだ半信半疑、といった様子だが信じようとしているのだろう。
何かを探るようにエミルは胸元から手を放さない。
「じゃあ、早速イセリアに」
「待て。イセリアに行く前に伝えておきたいことがある」
再び歩こうとしたゼロスを止めたのはユアンだった。
皆早くリンネに会いたいのだろう。
心なしが落ち着かない仲間達にユアンはため息をつきながら、ちらりとアンジェラを見た。
「リヒターの行方が分った。奴は異界の扉と呼ばれている遺跡へ向かったらしい」
心臓が大きな音を立て、息が詰まった。
リヒターがあそこに向かったということは、ただ事ではない。
あそこには全ての鍵があるといっても過言ではない。
静かに唇を噛み締めていると、マルタが首を傾げた。
「異界の扉?どうしてそんなところに……」
「あそこにはギンヌンガ・ガップがあります」
「ギンヌンガ・ガップ?伝説の世界の裂け目があるという?」
テネブラエの簡単な説明に心なしがリフィルの目が輝いた。
遺跡マニアとして、好奇心をくすぐられるのだろう。
静かに頷いたテネブラエは言葉を続けた。
「ギンヌンガ・ガップは魔界ニブルヘイムへ繋がる裂け目。そこに扉を作り守っていたのがラタトスクさまです」
「まさかリヒターの奴、そのギンヌンガ・ガップから、新たな魔族の力を借りようとしているんじゃ……」
「魔族!?どういうことですか?」
緊張気味に言葉を零すロイドにエミルが詰め寄る。
リヒターが更なる魔族と手を組むなんて考えたくはないが、そこまでする理由が彼にはある。
「リヒターは魔界ニブルヘイムに棲む魔族と契約して力を借りてるらしい」
「マナとは違う不思議な波動……あれは魔族の力に間違いないよ」
神妙な面持ちで頷くミトスに、マルタ達も状況を飲み込めて来たらしい。
「そんなことが出来るの?」
不安げなマルタの視線に逃げたくなりつつも、アンジェラは手を握りしめた。
そんなことはないといつもの自分なら否定していただろうが、もう嘘はつきたくない。
それに魔界の住人と接触したことのあるミトス達の前で、嘘が通じるわけがない。
アンジェラは小さく頷いて俯いた。
「少なくとも、血の粛清の時には魔族の力を使っていたわ。いつの間に手に入れたのかは知らないけれど」
「やっぱり、アンジェラでも知らないのか?」
何か知っていると思われていたのだろうか。
アンジェラは何も知らない。
この中で一番リヒターを知っている筈なのに、アンジェラは何も知らない。
何も分らない。
思わず嘲笑的な笑みが零れそうになるのを堪えつつ、知っていることだけでも話そうとアンジェラは口を開いた。
「可能性があるとすれば……私がギンヌガ・ガップで気を失っている間かしら。あの後、私も暫く意識が戻らなかったから」
不確定なことを口にするのは好きではないが、少しでも情報を共有しておいた方がいいだろう。
少なくとも、ギンヌンガ・ガップに行くまでリヒターは魔族と無縁だった。
最も接近した機会といえば、あの日のギンヌンガ・ガップだろう。
あの時に気を失っていたため、リヒターが魔族と接触していないとは言い切れない。
もう少し自分がしっかりしていれば、強ければ、こんなことにはならなかっただろうか。
こうなる前に、リヒターを止められただろうか。
後悔ばかりが、頭を、体中を駆け巡って苦しい。
「ごめん……」
また自分のせいだと思ったのだろう。
俯いてしまったエミルにアンジェラは思わず笑ってしまう。
「もういいのよ。私は、こうして生きているもの」
そっと古傷のある胸を撫で、そっと息を零した。
そう、アンジェラは生きている。
アステルだって……目覚めることはないとしても生きている。
リンネだって生きていることが分かった。
アンジェラもリヒターも何も奪われてはない。
このことが分かれば、リヒターも少しはラタトスクを討つことに躊躇ってくれるだろうか。
「奴は魔族の力を使って俺達たちを攻撃してきた。魔族と契約しなければできないことだ」
「馬鹿な!ニブルヘイムの奴らが見返りもなく力を貸し与えるわけがない」
アルタミラでの戦いを思い出したのか、拳を握りしめるロイドにテネブラエが声を上げた。
この世界を住処としたいであろう魔族と、魔族に対抗する手段を持たないに等しい人という存在。
決して相容れぬ関係にも見えるが、とアンジェラは一つの可能性に息を零した。
「一つだけあるでしょう。魔族とリヒターの共通の敵が」
ラタトスクを排除し世界を手に入れたい魔族と、ラタトスクを討つことを目的としたリヒター。
敵の敵は味方。
辿り着いた答えにテネブラエが息をのんだ。
「そうか!奴の狙いはラタトスクさまの死……。ならば、魔族どもと利害が一致する!」
「どういうこと?」
「ギンヌンガ・ガップはラタトスクさまの存在によって守られています。ラタトスクさまが生きている限り、魔族どもも扉を開くことができない」
不安げに訊ねるコレットにテネブラエの表情が厳しさを増す。
この状況に最も危機感を感じているのは、センチュリオンであるテネブラエだろう。
「リヒターさんがエミルさんを殺す代わりに、魔族が力を貸しているんですね……」
ラタトスクが死ねばリヒターは目的を果たすことが出来、魔族も邪魔者がいなくなった世界で好き放題出来る。
両者共に利害が一致しているなら、手を組む理由にもなる。
「こうしている間にも、リヒターが扉に何かするかもしれない。とにかく、まずはイセリアに行こう」
考えたくないことだが、リヒターがギンヌンガ・ガップを前に何もしない可能性の方が低い。
一度はリヒターと共に世界を滅ぼそうとした自分が言えることではないが、今はこれ以上リヒターを一人にしたくないと思う。
傍に居たいと思う。
馬鹿なことをする前に、止めたいと思う。
あの時の自分は何も出来なかったが、今の自分なら出来ることがあるのだから。
足早に歩きはじめるロイド達に続き、アンジェラも足早に歩き始めた。
だからこそ、気付けなかったのだ。
あの時の、エミルの様子に――――
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