7-7:Trap.―単純で、卑劣な―

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 通路を奥へ進めば、レザレノのマークを隠すようにヴァンガードの旗が掲げられていた。
警備兵が巡回しているが、彼等はヴァンガードの中でも末端構成員。
静かに背後から忍び寄り、エミルやプレセアが一撃あびせれば簡単に倒れていった。
あまりの弱さに罠かと疑ってしまうほど。
それでも決して気を緩めず、十分に周囲を警戒しながら地下を目指して、アンジェラ達は警備室の扉を開けた。

「侵入者か!」

 敵が武器を構える前に、ラタトスクが剣で一閃。
慌てて椅子から立ち上がったもう一人はアンジェラが矢を放ち、怯んだ所でプレセアが斧を振り下ろした。
あとはここの機械を操作して、見取り図を探すだけ。

「……う……。機械だらけで何がなんだか……」

 周囲を機会に囲まれた部屋に、エミルが顔をしかめた。
マルタも光るスクリーンは見慣れないのだろう。
無意識なのかエミルにそっと寄り添った。

「エミルとマルタはヴァンガードが来ないか見張っていてくれるかしら」

こういうものには慣れていないであろう、エミルとマルタに指示を出せば二人はそろって頷いた。
騒がれずにここまで来たのはいいが、倒したヴァンガードはその辺に転々と転がっている。
それを発見した構成員たちが騒ぎ出していてもおかしくはないだろう。
一刻も早く先に進もうと、アンジェラは近くの機械に触れた。

「早く終わらせましょうか」

「そうね。すぐに見取り図を出すわ」

「警報装置を切っておきます」

リフィルに視線を向ければ彼女も頷き、すぐに操作を始めた。
その隣ではプレセアも操作して警報装置の画面を開いている。
二人共機械操作に慣れているのだろう。
警報装置をプレセアに任せて、アンジェラもリフィルと共に操作を続ける。
横目でリフィルが見取り図を出したのを見、アンジェラは監視カメラの画像を確認する。
やはり上に行くほどに警備が厳重になっている。
会長室にはブルートの姿があるが、リヒターやアリスといった幹部はどこにいるのだろう。
出来ることなら幹部との接触を避けてブルートのみを討てれば良いが、ブルートとの戦闘中にアリス達に出てこられても困る。
それに、このまま正面突破するには敵の兵力に圧倒されてしまう。
陽動隊を作るべきだろうが、そうなった時に複数の幹部と遭遇するのは危険だ。
なんとか大体の位置だけでも把握しようとカメラの画像を見つめているとある部屋に拘束されているデクスが映った。
コアの影響で手が付けられないとしたら戦力外だが、戦えればいいと判断されば放たれる可能性もある。
用心しなければと考えている所で、リフィルが強くキーを叩いた。

「……出たわ。スクリーンを見て」

 リフィルが顔を上げた先には、スクリーン全体に映し出されたレザレノの見取り図。
かなり広いが、覚えられないほど広くはない。
アンジェラは見取り図を目に焼き付けようとじっとスクリーンを見つめた。

「最上階が会長室かな?」

「直通エレベーターがありますね」

ジーニアスが一番上を示せば、プレセアが機械を操作してエレベーターを点滅させた。
あのエレベーターに乗れば一番楽だが、ヴァンガードも馬鹿ではない。

「それに乗ればすぐブルートのところに行けるの?」

「この警備網を潜り抜けられれば、ね」

プレセアに訊ねたエミルに、アンジェラは監視カメラの映像をスクリーンの端に映した。
エレベーターの前と、設置された階には武装したヴァンガード兵。

「エレベーター付近に幹部はいないようだけれど、従業員が使用するような道に監視カメラなんて設置してないでしょうし、カメラに死角はあるでしょうね。仮に一般構成員だけだったとしても、この数を相手にしていれば当然体力は消耗するし、幹部が駆けつけてもおかしくはないわ」

 説明しながらも他の監視カメラ映像を見るが、リヒターとアリスの姿は映らない。
うまく隠れているのだろう。
映像を見ていたリフィルがため息をついた。

「予想通り厳重ね……」

「正面突破はかなり難しいでしょうね」

リフィルに頷いて、アンジェラは肩をすくめてみせた。
このまま正直にエレベーターを目指せば、確実に消耗戦になる。
少数精鋭とはいえ、アルタミラを制圧したヴァンガードの数を相手に勝つのは難しい。
だからといって、分散するには人数が少なすぎる。
ヴァンガードはこう考えているはずだ。
 にっこりと微笑めば、リフィルも同じように微笑んでから口を開いた。

「やっぱりここは二手にわかれることを提案するわ」

「兵力の分散は危険ではありませんか?」

「私も……そう思います」

テネブラエが懸念すれば、プレセアも頷いた。
普通に考えれば、誰もがそう思うだろう。
彼女たちがそう考えるのも無理はないと、アンジェラは頷いた。

「敵もそう考えているわ。だからそれを逆手に取るのよ」

「ええ。まともにぶつかれば数の力で私たちに勝ち目はないわ。敵の兵力を分散させなければ」

やはり考えていることは同じだ。
この人数で分散させることに不安がないわけではないが、警備はエレベーターの方に集中している。
姿の見えない幹部たちが潜んでいる可能性もあるが、正面突破よりはましだろう。
リフィルの説明にマルタは静かに息をのんだ。

「……もしかして、陽動作戦ですか?」

「そうよ。囮は直通エレベーターの方で騒ぎを起こす。その間に、本隊は非常階段から上を目指すの」

頷いてリフィルが再びモニターの画面を切り替える。
レザレノ本社には、有事の際に客や従業員を避難させるための非常階段が地下から最上階まで続いている。
あの長い階段を上るのは骨が折れそうだが、エレベーターの方はリフィル達が向かうことになるだろう。

「なら、私が囮の方に……」

 マルタが自分を示せばエミルも頷いた。
志は立派だが、二人が囮になっては意味がない。
そっと息を吐き出しながらアンジェラは首を横に振った。

「マルタはそっちじゃないわ。本隊よ。もちろん、エミルもね」

「でも、私が行った方が目立っていいでしょ」

それでもマルタは引き下がらない。
これ以上自分の父親やその組織が自分の仲間を傷つけるのが嫌なのだろう。
その気持ちは尊重すべきかもしれないが、今はその時ではない。
思いつめた表情のマルタに、プレセアはやんわりと首を横に振った。

「マルタさんは……お父さまと話をしたいんですよね。それなら本隊に行くべきです」

「でも囮は危険です」

「どっちも危険には違いないよ。そうでしょ」

引き下がらないマルタにジーニアスが軽く笑う。
囮になれば、長時間の戦いになる。
嘗て世界を救った彼らの実力はよく分かっているつもりだが、それでも彼等だけで数で勝るヴァンガードを相手にするのは骨が折れるはずだ。
それでも彼らは困難を感じさせないように、いつものように笑っている。
今は彼らの強さと優しさに甘えるべき時だとアンジェラは頷いた。

「それに、コアを孵化させられるのはマルタだけなのよ。この事件を収束させるには、あなたの力が必要なの」

こう言えばマルタは断れない筈。
目を見て笑みを浮かべれば、マルタは俯くように頷いた。
これでチーム分けは済んだようなもの。
一応は納得してくれた様子のマルタに、リフィルも小さく頷いた。

「そうね、アンジェラ達の言う通りだわ。アンジェラ、エミルとマルタとテネブラエを連れて非常階段ルートをお願い。地図は覚えたわね?」

「ええ、大丈夫よ。思ったより複雑な構造じゃないもの」

にっこりと笑みを浮かべればエミルがモニターとアンジェラを交互に見た。
それでも自分では覚えられないと思ったのだろう。
しっかりと頷いてみんなを見渡した。

「わかりました。リフィルさん、ジーニアス、プレセア。気をつけて」

「そっちもね」

「ごめんなさい……。ありがとう!」

胸を張るジーニアスに、マルタが頭を下げる。
そして気を付けてね、と不安げな視線を残して警備室を飛び出した。
とはいえ、二人は非常階段の場所を知らない。
後ろから説明しながら、アンジェラも二人を追うように走る。
途中でヴァンガードに見つかっても、ラタトスクとマルタがすぐに片づけてくれる。
少しは手伝った方が良いかもしれないが、アンジェラは二人よりも体力がない。
 リフィル達と別れてから順調に進んではいるが、やはりアリス達幹部の姿が見えないのが気がかりだ。
それにこの近くにはデクスが拘束されている部屋がある。
彼を利用して足止めをしようと考えていてもおかしくはない。
 周囲に視線を走らせていると、前方から人影が近づいてくるのが見えた。
静かにボウガンに手を添え、近づく人影を見据える。
その姿が近づくにつれて分った正体に、思わず手に力がこもった。

「エレベーターの方にいなかったから、こっちのルートだと思った」

 鞭を携え、不敵な笑みを浮かべたのはアリスだった。
近くに魔物の気配はないが、メルトキオを襲撃した時のように、いつ呼び出してくるか分らない。
無言でボウガンを向ければ、マルタが持っていたスピナーを構えた。

「……パパは……この先にいるの?」

「ブルートはどこだ!」

知っているなら、とエミルが剣を構えた所でアリスの眉間に皺が寄る。
その悲しげにも見える表情からは敵意は感じられないが、相手はアリス。
マルタやエミルの情に訴えて、油断させるつもりかもしれない。
 睨んでいると、アリスは力なく首を横に振って両手を上げた。

「そんな怖い顔しないで……。アリスちゃん、みんなと争うつもりで来た訳じゃないのよ」

「どういうこと?」

争う意志がないことを示しているようだが、マルタはスピナーを構えたまま。
すぐに警戒心を解かない辺りは安心できるが、これからアリスが何を言い出し、何を始めるのか分らない。
睨んでいるとアリスはアンジェラを一瞥し、鞭を握りしめて俯いた。

「……こんなこと、敵対してたあなたたちに頼むのもしゃくなんだけど……」

 そう切り出したアリスの手元は震えている。
いつもと様子の違うアリスに警戒心が薄れているのだろうか。
エミルの構えた剣がゆっくりと下がっていくと、アリスが目を潤ませて顔を上げた。

「3Kのデクスを助けて欲しいの!そのためなら、ブルート総帥の居場所ぐらい教えてあげる」

「デクスがどうかしたの?」

「アンジェラも知ってるでしょ?デクスってば、ロイドに化けるためにブルート総帥からソルムのコアを渡されてすっかり人が変わっちゃったの」

エミルが訊ねれば、アリスはちらりとこちらを見てからエミルに視線を戻して彼を見つめた。
中々うまいこと二人を引き込んだな、と内心舌を巻く。
アンジェラはボウガンを構えたままでいたが、マルタもスピナーを下ろして考え込むように俯いた。

「そういえば……確かに前より凶暴になってたね」

コアを渡され、凶暴化する前のデクスのことはマルタもよく知っている。
デクスは馬鹿だが、むやみに人を傷つけるような人間ではなかった。
だからこそ、警戒心を解いてしまったのだろう。
静かに姿を現したテネブラエも、険しい表情だった。

「センチュリオン・コアは人間をも狂わせますからね」

「何とか助けてあげられない?今もデクスの錯乱が酷くて、奥の部屋に閉じ込められてるの。かわいそうで見ていられないわ……」

祈るように両手で鞭を握りしめるアリスにマルタが困ったようにこちらを見る。
マルタはコアによって狂わされた人間の治し方なんて知らない。
助けを求めるようにエミルもこちらを見た。
アンジェラの隣にはテネブラエもいる。
そのすがるような視線に、アンジェラはボウガンをアリスに向けたまま口を開いた。

「前にも言ったでしょう。元に戻すにはコアを孵化させるしかないって。コアはどこ?」

コアは孵化していないから人々を狂わせる。
そんなことは、アリスも分かっているはずだ。
強く睨んでいると、テネブラエが一歩前に出た。

「コアは今ブルートが持っているのですか?」

「ううん。あなたたちと戦ったあと、またデクスに渡されたの。だから助けてあげて!」

「言ったはずよね。デクスをもとに戻すとしたら、コアを取り上げるしかないって」

「しょうがないでしょ。コアを渡した方がまだましだったんだから!」

声を荒上げるアリスがアンジェラを睨む。
その目に薄らと滲んだ涙に、エミルもマルタも信じ込んでしまったらしい。
心配げな二人に内心溜息をついていると、アリスは俯いて鞭を握りしめた。

「デクスだって好きでコアを持ったわけじゃないわ。騙されて、利用されたんだから……」

デクスにソルムのコアを持つように提案したのはアンジェラだ。
剣の腕があり、そして扱いやすい人間として彼は適任だと思っていた。
最終的にデクスが自分で決めたことではあるが、その決断に導いたのはアンジェラと言っても過言ではない。
否定できずに口を噤んでいると、マルタがテネブラエに視線を向けた。

「……テネブラエ。ソルムのコアの気配感じる?」

「それはこの街に入ってからずっとしています。ですが、暴走がこの街全体に影響を及ぼしていてどこにあるかまでは……」

もしコアの気配が近くにあればアリスの言葉も多少は信用出来たかもしれないが、コアの行方が分からなければアリスの言葉に信憑性はない。
尤も、アンジェラはアリスの言葉など信じてはいないが。
アリスもアンジェラを騙せるとは思っていないだろう。
彼女の目はまっすぐマルタを見つめていた。

「マルタちゃんお願い。助けてくれたら、必ずブルート総帥のところに連れて行くから」

「マルタ、助けてあげようよ。コアを孵化させる必要があるのは確かでしょ」

エミルもマルタを見つめて訴えかける。
どうしてこの二人はこうも簡単に敵を信用してしまうのだろう。
思わずため息をつきながらアンジェラは首を横に振った。

「駄目よ。罠に決まっているでしょう」

「私も賛成しかねます。それにデクスは血の粛清でエミルのご両親を殺した仇ですよ」

「……罪は償わせるから!だから……お願い!」

 アリスの眼から零れる涙に、エミルが悲しげに眉を寄せる。
あれも演技だと言ってもエミルもマルタも信じてくれないだろう。
二人はそういう人間……いや、彼らはそういう性格なのだから。

「……今はコアを孵化させることを優先させるべきだよ。それにデクスが錯乱したままならパルマコスタのことも聞けない」

「それが罠だって言ってるのよ」

エミルの言葉に、アンジェラはボウガンを構えた手に力を込めた。
お人好しもここまで来ると怒りさえ覚える。
このアルタミラ解放の重要さをもう少し理解してくれないだろうか。
アリスの性格が決して良くないことをマルタもよく知っている筈なのに、それで何度も不快な思いをさせてしまったはずなのに、何故まだアリスを信じてしまうのだろう。
睨んでいた視線をマルタに向けるが、マルタは怯まずアンジェラの視線をしっかりと受け止めた。

「でも、もしかしたら本当にコアを持ってるかもしれないよ」

「総帥がコアを手放すとは思えないわ」

「様子を見るだけだから。だからお願い!」

「デクスだって被害者なんでしょ。だったら放っておけないよ」

 エミルとマルタに訴えられ、隣のテネブラエを見る。
アリスを信じていないテネブラエも、二人を止めたいと思っている筈だ。
何とか言ってくれないだろうかと横目で睨んでいると、テネブラエは無言で溜息をついただけ。
この顔はどうしようもないということだろう。
視線を前に戻せば、真剣なマルタとエミル、その後ろに涙を浮かべたアリス。
これは罠に違いない。
だがこれ以上アンジェラが何を言ってもエミル達は聞きそうにない。
ここで時間を浪費してしまうくらいなら、敢えて罠に嵌ってアリスの隙をついた方が利口だろうか。

「……分ったわよ」

「ありがとう!デクスはあの部屋よ!お願い!」

 ボウガンを下せば、アリスは近くの部屋を示した。
確かにあそこはデクスが拘束されていた部屋。
監視カメラには怪しいものは映らなかったが、カメラで見えることが全てではない。
アリスの動きに注意しながらも部屋を覗けば、アイアンメイデンに羽交い絞めされたデクスがいた。
やはりコアの影響なのか、顔色は悪い。
食事もろくにとっていないのか頬は痩せこけ、目の下には隈が出来ている。
以前見た時より精神汚染は進んでしまっているのだろう。
肩で荒い息をし、目は虚ろに周囲を彷徨っていた。

「最近、ずっとあの調子なの」

そう小さく呟くアリスは不安げで、思わず信じてしまいそうになる。
だがアリスが純粋にマルタ達に助けを求めるとは考えにくい。
侵入者に反応したのか、虚ろな目のデクスが顔を上げて大きく口を開いた。

「…はぁ……はぁ……ソルムのコアを……よこせぇぇええええええぇぇぇっ!」

「デクス!」

羽交い絞めになりながらも暴れるデクスに、マルタが駆け寄る。

「マルタ!不用意に近づいては、」

慌てて止めようと思い、アンジェラが前に出てマルタの肩を掴んだその時。

「きゃあ!」

機械音が響き、嫌な浮遊感に包まれた。
やられたと思った時には既に遅く、足元は真っ暗な闇が広がっており。
咄嗟に左手でマルタの腕を掴み、反対の手で何か掴もうと伸ばすが、指先は床を引っ掻いただけ。

「マルタ!アンジェラ!」

エミルが呼ぶ声と共に、アンジェラ達は深い穴に落ちていった――――




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