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「#幼馴染」のBL小説を読む
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7-6:Purpose.―潜入と救援―

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 夕暮れ時の薄暗い海岸沿いを歩く。
夕日が沈む海は憎たらしい程穏やかで、寄せては返す波の音がいやに響く。
出来ることなら森などを通り、姿を隠しながら進みたいところだがあいにくこの辺りに身を隠せる場所はない。
徐々に張り付けていく空気の中、エミルが辺りを見渡した。

「おろちさんはまだかな……」

 約束ではこの辺りで落ち合うことになっている。
またいつものように姿を隠しているのだろうかと考えていると、前方で爆発と共に煙が立ち上った。

「ここにいる」

「び、びっくりした」

「はい、驚きました」

のけ反るエミルに、プレセアが頷く。
だが飛び跳ねる心臓を抑えるように胸元を抑えるエミルに対し、プレセアの方は眉ひとつ動かさない。
冷静なその表情に、エミルは口元をひきつらせた。

「お、驚いていたようには見えないけど……」

「さ、さすがプレセア!冷静だね!」

「いえ、だから驚いたのですが……」

目を輝かせ、称賛を送るジーニアスにプレセアが首を横に振る。
見ていて面白い光景だが、このままここで遊んでいるわけにもいかない。
緊張で身体が動かないよりはましだが、もう少し緊張感を持って欲しいものだ。

「そうだな。頭の痛くなる会話はその辺りでやめてくれ」

「適切なつっこみをありがとう。ところで、アルタミラの様子はどう?」

 頭を抱えるおろちに微笑んで、リフィルが本題を切り出した。
遊んでいるように見えても、ここまで来た目的までは忘れていない。
皆がおろちに視線を向ければ、彼は懐から筒状に巻かれた地図を取り出した。

「ヴァンガードはレザレノ・カンパニーの第二社屋に本部を置いたそうだ」

「第二社屋?」

「遊園地の近くを開拓して作った建物ですね」

首を傾げるマルタに頷いて、プレセアは広げられた地図の一点を指さした。
事業拡大に伴い、海を開拓して作ったという建物は遊園地の敷地よりも広い。
地下一階から地上五階までの六階層となっており、エレベーターで行き来が出来るようになっているらしい。
地図では第二社屋に辿り着くまでの道は、アルタミラを観光するようにある地上の道しかないが、そんな道を通れば当然敵に見つかる。

「下手に騒ぎを起こせば、第二社屋にたどり着く前に敵に態勢を整えられてしまうわね」

「じゃあ、どうするんですか?」

眉間に皺を寄せるエミルに、リフィルは答えず地図を睨むように見つめている。
だが地図に見えるものだけが全てではない。
アンジェラはレザレノにもっとも詳しいであろうプレセアに視線を向けた。

「隠し通路はないの?あれだけの従業員がいるなら、人目につかない場所に通路があるんじゃないかしら」

「ホテルの地下に社員用の通路があると、前にリーガルさんから聞いたことがあります。それを使えば、第二社屋の前に行くことが出来ると思います」

「さすがプレセア!」

プレセアがホテルの一点を指させば、ジーニアスは目をきらきらと輝かせた。
どうやらジーニアスは相当プレセアが好きらしい。
恋は盲目、とはこういうもののことを言うのだろう。
だがジーニアスの想いはいまいち伝わっていないのか、プレセアは変わった様子もなく礼を述べているだけだったが。

「プレセアさんは歳に似合わず冷静ですね」

感心した様子のテネブラエに、プレセアが小さく笑う。
プレセアの実年齢を知らないなら、この少女の落ち着いた行動には感心するだろう。
彼女の実年齢を知っている身としては、年相応の振る舞いに見えるが。

「我らは敵の増援が来ないように第二社屋の周囲を封鎖しつつ、街の中のヴァンガード兵どもを引き受ける。内部に潜入する役目は貴殿らに任せてかまわわないだろうか」

つまり、ミズホに囮になってもらい、注意をひきつけて貰っている間に内部に潜入しコアを奪う。
コアさえ奪い、孵化させてブルートを正気に戻せばヴァンガードの凶悪な総帥、ブルートはいなくなるようなもの。
あとは上手くアリスやデクス、リヒターといった幹部を押さえつければこちらの勝利となるが、やはり不安要素は多い。
砦での戦いから考えると、デクスやアリスを倒すことは可能だろう。
だがリヒターは一筋縄ではいかない。
アルタミラに潜入するのはエミルとマルタ、リフィル、ジーニアス、プレセア、そしてアンジェラ。
後衛が多く、前衛の数が少ない。
うまくリーガルやしいなと合流してから遭遇出来れば良いが、リーガルの方は人質として捕えられている可能性が高い。
戦力として数えるわけにはいかないだろう。

「了解よ」

 それでも、旅を始めた頃よりは頼もしい協力者がいる。
贅沢は言っていられないと頷いたリフィルに続けば、おろちはぐるりと一同を見渡した。

「作戦開始は深夜0時だ。それまでは騒ぎを起こすなよ」

その眼がエミル達を見たのは気のせいではないだろう。
尤も、二人はその視線の意味を気付いていないのか、しっかりと頷いただけだったが。

「じゃあ僕たちも行きましょう」

「そうね。もう少し近くまで行ってみましょう」

アンジェラ達はエミルに頷いて、海岸沿いを進み始めた。
もうすぐ、もうすぐこのコア集めの旅が終わる。
ソルムのコアを取り戻せば、残るコアはアクアのみとなる。
だがブルートが正気に戻れば、マルタ達は血の粛清の真実を知ることになるだろう。
そうすれば、当然アンジェラはもうここにはいられなくなる。
たった一人で、どうやってリヒターを止めればいいのだろうか。
リヒターにはアンジェラの声は届かない。
力づくで止めようとしても、アンジェラがリヒターに敵う訳がない。
 アステルさえ目覚めてくれれば。
何度も思った叶わぬ願いに、胸が苦しくなる。
自分はなんて無力なのだろう。
あの時から自分は何も変わっていない。
マルタのことを甘やかされて育ったヴァンガードのお姫サマ、と思っていた。
今では彼女はただの甘えん坊ではなかったと分かったが、自分はどうだろう。
コアを孵化させたのは、ラタトスクであるエミルがいたから。
エミルがここまで旅を続けられたのは、マルタがいたから。
では、自分は一体何をしたと言うのだろう。
マルタ達が道を間違わないように、見守っていたとでもいうのだろうか。
違う、アンジェラがいなくともマルタ達はきっとコアを集められていた。
互いに支え合う二人なら、きっと世界統合の立役者達の協力も得てここまでたどり着いていたはずだ。
ここまでの旅を思い返し、更に過去に思いを馳せる。
 世界各地を放浪した幼少時代は、テセアラに捕えられたことで終わりを告げた。
そこから興味のあったものを片っ端から研究した。
好きだった動物を追い求めた生物学、人の生活を豊かにするための魔科学、長い歴史を知るための考古学、人体の構造を知るための医学、そしてエクスフィア。
だがそこで生み出したものが、一体何の役に立ったのだろう。

「アンジェラ、どうかしたの?」

 気が付けば目の前にマルタ、そして少し離れた所にエミル達がいる。
考え事をしている間に少し離されてしまったらしい。
何でもないわと笑って首を横に振ったが、横から顔を覗き込んでくるマルタの目は不安げだった。

「やっぱり……私達が一緒に来たこと怒ってるの?」

だが、やはりマルタは甘い。
思わず笑ってしまえばマルタは困惑したのか眉に皺を寄せた。
鋭いようで、やはりマルタはずれている。
アンジェラは不安げな空色の瞳に微笑んで、肩をすくめた。

「怒ってないわよ。こうなる気がしてたもの」

「じゃあ、やっぱりリヒターと戦うのが嫌なの?」

その言葉に、思わず顔が引きつりそうになるのを耐える。
半分正解、半分はずれといったところだろうか。
視線が集まってくるのを感じながら、アンジェラはそっと息を吐き出した。

「旅を始めた頃から、彼と戦うことは覚悟していたもの。今更迷ったりしないわ。ただ、もうすぐ旅が終わりなのかと思うと……色々と、ね」

そう零して視線を海に向ける。
あの事件の後目覚めて、止めようとしたリヒターはアンジェラの言葉を聞くことはなかった。
それでも傍にいたくて、でも血の粛清の夜にそれさえ叶わなくなって。
ならばと、リヒターの目を覚まさせるために彼と敵対する道を選び、コアを探して孵化させ、ここまで来た。
まさかこんなことになるとは予想だにしなかったが。

「色々あったもんね」

「なんだかすごくあっという間だった気がするけど」

 付き合いの長いマルタとエミルが頷き、顔を見合わせる。
旅を始めてから本当に色んなことがあった。
世界を巡り、色んな人々と出会い、仲間を得た。
甘えん坊で人に頼ることでしか生きられなかったはずのマルタは、いつの頃からかコア探しを自分の使命として立派に果たそうとした。
弱虫で、自分のことしか考えていなかったエミルはマルタを守るうちに強くなり、心身ともに成長した。
今も意識のあるラタトスクと共に。
マルタ達は本当によく成長してくれたと思う。
これが人間の成長速度なのかと恐ろしくなるくらいに。
何も変わっていないのは、アンジェラだけだ。

「そうだ!ねえ、アルタミラ遊園地のお勧め教えてよ!」

 と、マルタが両手を合わせてジーニアス達に振り返った。
彼らは何度か遊園地を訪れたことがあると言う。
思考を巡らせるようにジーニアスは姉と同じく顎に手を当てていたが、すぐに答えが出たらしく腕を組んで大きく頷いた。

「僕はやっぱり観覧車かな。昼も海がきらきら見えて綺麗なんだけど、夜景も綺麗なんだ」

ちらりと白銀の目がプレセアに向けられる。
彼女と一緒に乗りたいのだろう。
残念ながら、その熱い視線にプレセアは全く気付いていないが。

「クロノアも可愛いです」

ふわりとはにかんだプレセアにジーニアスの頬が朱に染まる。
本当に分かりやすい少年だ。
耳まで真っ赤にしたジーニアスは、震えながらも口を開いた。

「プレセアのクロノアも、か、かかか」

「可愛かったですか?ありがとうございます」

プレセアの笑顔にジーニアスが何度も何度も頷く。
よくあんな意味不明な言葉で分ったものだ。
感心していると、リフィルが頭を抱えて溜息をついた。

「本当、プレセアのジーニアス翻訳機は優秀ね」

「観覧車か……」

ちらりと、今度は熱い視線がエミルに向けられる。
マルタの目には一緒に乗りたいと書いてある。
まんざらでもないはずだが、やはりはずかしいのかエミルは視線を泳がせた後、目が合ったリフィルに問いかけた。

「リ、リフィルさんのおすすめはなんですか?」

何とか話を逸らしたいのだろう。
その必死な目にリフィルは小さく笑い、そうねと顎に手を当てた。
彼女が遊園地ではしゃぐ姿は想像出来ないが、一体何と答えるのだろう。

「ティーカップも人気だそうよ。私としてはネーミングが気になるけれど」

カップ型の乗り物に乗り、真ん中に取り付けられた円盤を回して、カップを回す仕組みらしい。
円盤を回さなくても回るらしいが、回した方が面白いとロイド達が力説していたとのことだ。
自分が乗って楽しかった、というよりは教え子たちが喜ぶ様子が楽しかったのだろう。
彼女らしいと笑みを零していると、マルタに視線を向けられた。

「アンジェラは何に乗りたいの?」

何が、と言われて遊園地を思い出す。
遠目で見た為によく分らなかったが、興味があるといえばあの大きな物体。

「ジェットコースターかしら」

「意外!もっと大人しい乗り物かと思った」

「あれは力学的観点から見るととても面白いのよ」

目を丸くするエミル達に、アンジェラはあの乗り物について説明して見せた。
ジェットコースターとは猛スピードで鉄骨のコースを走り抜ける乗り物。
だがあのスピードは動力に頼るのではなく、最初に最高到達点まで乗り物を上げた後は、斜面を走ることで速度を上げていくもの。
実に計算され尽された乗り物なのだ。
それを実体験してみるのはきっと面白いだろう。
理論は分らなくても、その楽しさは分かってくれたのかマルタはとても楽しそうだ。
もっとも、隣のエミルは口元を引きつらせていたが。
強くなったとはいっても、やはりこういうことに苦手な所は変わっていない。
 それがなんだが嬉しくて、アンジェラはにっこりと笑った。

「一緒に乗りましょうか?」

「ええ!?ぼ、ぼくは」

「それいい!みんなで乗ろうよ!リーガルさん達も一緒に!」

慌てて首を横に振るエミルだが、マルタは目を輝かせている。
遊園地は楽しい場所。
そんな所で、みんなで遊べたらどんなに楽しいだろう。
期待に胸を膨らませるマルタは旅の結末が明るいものだと信じて疑わない。
ここに居るエミル達だけでなく、この旅に協力してくれたみんなと一緒にアルタミラで過ごす未来を思い描いているのだろう。

「そうね。楽しそうね」

けれど頷いて微笑むアンジェラは知っている。
それが、訪れることのない未来だと。




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