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7-4:Impasse.―逃げられない、逃げたくない―

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「……そう。やはり他の街でも同じ状況なのね」

「リフィルさん!ジーニアス!」

 屋敷の前で話し込んでいる二人を見つけ、エミルが二人に駆け寄っていく。
それに気づいたジーニアスが嬉しそうに顔を上げ、かと思えば突然顔を赤くした。

「プ、プレセア!?それにエミルとマルタも!どうしてここにいるの!?」

「しいなさんに頼まれて三人をアルタミラからここまで連れて来ました」

動揺するジーニアスに軽く挨拶をしながらプレセアが答える。
この反応を見ると、ジーニアスの片思いなのだろうか。
面白い状況だと密かに笑っていると、徐々に落ち着いてきたジーニアスが首を傾げた。

「アルタミラ?何でアルタミラに……」

二人はアルタミラでの暴動を知らないのだろう。
いや、まだあの事件のことは知らない者が多いかもしれない。
切迫した空気を察したのか、表情が険しくなるジーニアスにテネブラエが口を開いた。

「大変なことが起きてしまいました。実は……」

 ヴァンガードがアルタミラを制圧し、更に各地では暴動が始まっている。
世界を旅していた二人も暴動を目の当たりにしたのだろうか。
簡単に説明すれば、二人は落ち着いた様子で頷いた。

「……そう。そうだったの。でもみんなここに逃げて来て正解だったわね。マーグナーという男の言う通り今、世界中の街でヴァンガードによる暴動が始まってるの」

 ヴァンガード本部のあるパルマコスタは広場を制圧され、ヴァンガード達がテセアラへの復讐とシルヴァラント王朝復活を声高に叫んでいるという。
暴動はシルヴァラント側の方が多く、最初は怯えていた人々の中には、ヴァンガード側に傾き始めている人々もいるという。
顎に手を当てるリフィルの隣で、ジーニアスも頷いた。

「テセアラ人とマーテル教会に反発する市民感情をヴァンガードが煽ってるんだよ。世界統合のあと、まだ政治体制もまとまってないところにこの騒ぎだもん」

パルマコスタがその中心になっているとはいえ、まだシルヴァラントが国として一つになったわけではない。
暴動に対抗するには、統率のとれた組織としての動きが必要になる。
だが、今のシルヴァラントにはそれはあまり期待できないだろう。

「リンネが以前からマーテル騎士団を使ってある程度の暴動は防いだみたいだけど、今の騎士団は一枚岩じゃないから、全ての暴動は防ぎきれなかったみたいね」

下手に動けば、かえってヴァンガードを刺激してしまう。
その為に水面下で動いていたのだろうが、水面下で動いていたために全て防ぎきれなかったのだろうか。
リンネの性格を考えれば、隠密行動は苦手だろう。
彼女としては堂々と正面からぶつかる方が得意そうだ。

「騎士団長がヴァンガードと繋がってたんだって。団長についていった騎士もいるらしくて……暴動を鎮圧するのは難しいみたいなんだ。それに、下手に動けばヴァンガードの抵抗も激しくなるからね」

 ジーニアス達もリンネから少し話を聞いているのだろうか。
アンジェラも自然と眉間に皺が寄るのが分かった。

「マーグナーのことね。私達を追ってアルテスタの家に現れたわ。今は拘束してあるから大丈夫だと思うけれど……」

だが拘束しているのは戦闘に慣れているとは思えないアルテスタ。
ヴァンアード構成員に襲撃されれば、ひとたまりもないだろう。
状況を説明すれば、傍にいたおろちがすぐに里の者を派遣すると言ってくれた。
 これで一つの不安は消えたが、まだ不安の種は尽きない。

「テセアラの王立軍は……」

シルヴァラントとは違い、テセアラには統率のとれた軍がある。
王立軍はテセアラを護るために作られた組織。
リフィルは首を横に振った。

「テセアラ領の街を抑えるので精一杯でしょうね。シルヴァラントにはまだ統一政府のようなものがないから、自警団で対応するしかないでしょうけど……」

「自警団レベルじゃ、抑えきれるわけないもんね……」

リフィルに頷き、ジーニアスは俯いた。
世界各地で争いが起きている。
その原因はヴァンガード。
責任を感じているのか、マルタは唇を噛み締めて俯いた。

「今後は魔導砲を復活させるつもりでしょうか……。あれを使われては王立軍ですら相手になりません」

魔導砲の恐ろしさはプレセアもよく知っているだろう。
魔導砲は街一つ消滅させる力を持つ。
古代大戦の際にも魔導砲による攻撃で壊滅させられた街もあるのだから。
まだ復活こそさせていないものの、万が一ということも考えられる。

「……この話、イガグリ老へ報告しましょう。ヴァンガードの目的がラタトスク・コアならまだ勝機はあるわ」

「は、はい……!」

 おろちに案内され、屋敷の中に入るリフィルにエミルが慌てて続く。
ジーニアス達もすぐに続いたが、マルタは中々動かない。

「行くわよ」

アンジェラが声をかければマルタが顔を上げたが、その眼は今にも泣きそうだ。

「……そんなに自分を責めなくていいのよ」

堪らず言葉が出てきたが、マルタは曖昧に頷くと作り笑いのまま屋敷に入ってい行った。
責めるなと言ってもマルタは自分を責めてしまう。
このままの状態がいつまで続くのだろうか。

「何かあったの?」

 溜息をついていると、リフィルに声をかけられた。
この空気を彼女も察しているだろう。
アンジェラは肩をすくめて笑った。

「この状況ですもの。マルタだって不安になるわ」

「私は、貴女のことを聞いているのよ」

リフィルの微笑みは崩れない。
それでも心の奥を見抜かれたようで、笑みが固まるのが分かった。
彼女がアンジェラの立場だったらどうするのだろう。
 そう考えるとすぐに出た答えに、アンジェラは小さく笑った。

「……貴女だったら、どんな状況でも人を助けるんでしょうね」

彼女は強く、優しい。
世界統合の英雄たちを育てたのは彼女と言っても過言ではないだろう。
子供たちを立派に育てた教師と、子供たちを利用しているアンジェラ。
あまりにも違いすぎる。

「嘘で自分を守り続けて、人を傷つけて、それでも嘘で作った居場所にしがみつくなんて卑怯なこと……リフィルはしないでしょう?」

「してたわよ」

だがあっさりと肯定され、思わず目を丸くする。
彼女がそんな卑怯なことをするのだろうか。
言葉を失っていると、リフィルは微笑んだ。

「昔はエルフと偽って、イセリアで教師をしていたの。嘘は駄目だって、さんざん生徒を叱っていたのに」

「そんなの当然の事でしょう?ハーフエルフはどこに行っても疎まれるわ。偽るのは当然のことよ」

エルフでもなく、人間でもないハーフエルフは蔑まれる存在。
正直にハーフエルフだと言えば、理不尽な暴力に晒されることもある。
嘘をつくのは当然のことだ。
それを非難すると言うのなら、まずハーフエルフから居場所を奪おうとする人間達を責めるべきだろう。
 眉をひそめれば、リフィルはそっと息を零した。

「アンジェラは嘗てのミトスに似ているわ。賢くて、強くて……脆い」

強くて脆い、なんて矛盾している。
そもそもアンジェラは強くなどない。
強ければ、あの時アステル達を守れた。
リヒターを止められた。
嘘をつくことも、なかったかもしれない。
だが口を挟もうにも何故か言葉が出てこなくて、いつのまにか開いていた口を閉じればリフィルが言葉を続けた。

「貴女が何を背負っているのか、私は知らない。それでも、しがみつきたい場所があるなら最後までしがみついた方がいいと思うわ」

リフィルのしがみつきたかった場所、というのはロイド達のことだろう。
だが彼女がそこにいられたのは、長年培ってきた信頼関係があってこそ。
種族を偽っていたとはいえ、リフィルが愛情を持ってロイド達を指導してきたことが信頼に繋がり、信頼が居場所を作った。

「……それが、偽りの居場所でも?」

 だが、アンジェラにはそれがない。
出会った頃から嘘ばかりついてきたアンジェラにあるのは上辺だけの信頼だけ。
そんな信頼は真実を明らかにすれば瓦解するに決まっている。
目を細めれば、リフィルは笑みを深めた。

「人は誰だって嘘をつくわ。それが大きいか小さいかの違い。大事なのは逃げずに真摯に向き合うこと。それに偽りが真実になることだってあるのよ」

「そんなこと、あるわけないわ」

「あら、そんなのまだ分らないんじゃないかしら?」

首を横に振れば、リフィルはどこか意地悪そうに笑った。
口元に手を当てて笑うリフィルの笑みには大人らしい余裕がある。
彼女に子ども扱いされるのは心外だが、それを口にしてしまうのも子供の様な気がしてアンジェラは少しだけ睨むだけにとどめた。

「自分に出来ることが一つでもあるのなら、やってみたらいいわ。何かをやった後悔より、何もせずに後悔する方が辛いもの」

「出来ること……」

 ぽつりと呟いて、思考を巡らせる。
アンジェラに出来ることがまだ残されているとしたら、一体何があるのだろう。
嘘ばかりついて、逃げ続けてきたアンジェラに出来ることとは何だろう。
だがそれは、少なくとも過去の罪を言い訳にして逃げることではないのは確かだ。

「姉さん、アンジェラ、もう話始まってるよ」

背後からかかってきた声に振り返れば、ジーニアスが屋敷から顔を出していた。
エミルやマルタ達だけではうまく説明できないことも多いだろう。

「今行くわ」

頷くリフィルに続いてアンジェラも屋敷へ足を踏み入れた。
 リフィルの指示で靴を脱いで上がり、草を編んだ床の上を歩く。
部屋に入れば、話は既に進んでいた。
エミル達が上手く説明してくれたのだろう。
部屋の奥の方、何か文字が書かれた紙が掛けられた壁を背にして座るのは老人とおろち。
リフィルの話では、彼が前頭領のイガグリ老らしい。
話を聞き終えたイガグリ老は考え込むように目を瞑っていたが、ややあってゆっくりと目を開いた。

「……なるほど。敵の狙いは魔導砲によるテセアラ領への攻撃か。そうなると、狙いは無論メルトキオじゃろうな」

「魔導砲がしいなの使ったものと同じ威力なら、街一つ簡単に吹き飛ばせる。奴らにラタトスク・コアを渡したら終わりです」

「その通りよ。だから今は各地の暴動よりアルタミラへ目を向けるべきだわ。今、アルタミラにはヴァンガードの総帥がいる。新興組織ほど、指導者を失えば瓦解するのも早いわ」

おろちの的確な補足に、リフィルが頷く。
彼女の指摘も実に的を射ている。
ヴァンガードは発足したのは世界統合後間もない頃だが、ヴァンガードは血の粛清以降生まれ変わったと言っても過言ではない。
粛清前は過激化するヴァンガードに不満を覚えるものがいたが、あの血の粛清で穏健派の多くは命を落としている。
今のヴァンガードはブルートの力に群がる蟻のようなもの。
総帥とリヒターやデクス、アリスといった幹部を失えば、残った構成員達にヴァンガードを再構成する力はない。
数ではどうあがいてもヴァンガードに敵わないが、こちらは量より質。
ミズホの協力を仰ぎ、世界統合の英雄たちをはじめとした少数精鋭で潜入すれば勝ち目はある。
問題があるとすればと横に座るマルタを見れば、前に居たエミルも俯く彼女を心配げに見つめていた。

「それは、ヴァンガードの総帥を討つということでしょうか」

 微かに動揺を見せるテネブラエの言葉に、マルタの肩が震えた。 
世界各地の暴動を一つ一つ制圧する力はないが、ヴァンガード総帥を討つ力ならある。
それが最も効率的な方法だが、彼女にとっては家族を討てと言っているようなもの。

「姉さん!ヴァンガードの総帥ってマルタの……!」

「別に殺せとは言っていないわ」

咎めるようなジーニアスにリフィルはゆるく首を横に振った。
確かに捕縛できればそれが一番いいが、ブルートはこちらを殺す気で来るだろう。
そうなったとき、手加減は出来ない可能性が高い。
それに、とアンジェラは膝の上に乗せた手を固く握りしめた。

「仮に無傷で捕らえたとしてもこれだけの事件を起こしたとなれば……処刑されるかもしれません」

考えていたことをプレセアに言われ、静かに唇を噛み締める。
この事件は本当のブルートの本意ではないとはいえ、一般市民にはそんなものは知らない。
人々には、暴動を起こした首謀者として認識されてしまう。
例えコアに心を狂わせられた故の行動などと説明しても、受け入れられずかえってブルートやシルヴァラントへの不信感に繋がってしまうだろう。
裁判にかけられても、処刑される可能性が高い。

「……マルタ……」

 エミルの声に、マルタは俯いたまま。
父親が殺される可能性を提示されて、マルタが冷静でいられるわけがない。
マルタは、父親思いの優しい子なのだから。
だから嫌だと泣いていい。
助ける方法を探したいと言っていい。

「……わかってます。パパは……それだけのことをしてるんです……」

 そう思っていたのに、小さな声を震わせながらもマルタは肯定した。
本当なら泣きたいはずだ。
失いたくない筈だ。
元の優しい父親に戻って欲しいはずだ。
だが彼女は今の世界の状況と、それぞれの立場を考えて自分の気持ちを押し殺している。
目の前の現実を逃げることなく、必死に受け入れようとしている。
感情を胸の中に押しとどめ、自分を落ち着かせるように顔を上げたマルタはしっかりと前を見据えた。

「私のことは、気にしないで下さい」

 凛とした横顔は、出会った頃のマルタと大きく異なっている。
会った頃のマルタは人に甘やかされて育った、ヴァンガードのお姫様だった。
自分の力では何もできず、困ったことがあればすぐに頼る他力本願な女の子。
自分のやりたいことだけを選んで、嫌なことからはすぐ逃げるような子供。
その彼女が、大好きな父親と決別する道を選んでいる。
 そうさせてしまったのは、他ならぬアンジェラだ。
目的の為にヴァンガードを利用し、コアを持たせて災いの種をまいた。
そして、その種が新たな争いを引き起こした。
それがマルタの成長を良くも悪くも促し、受け入れなくてもいい現実を受け入れられるようにしてしまった。

「本当に……いいの?」

 零れた声は、自分でも驚くくらいに小さかったが、隣のマルタの耳にはしっかりと届いてくれた。
マルタがこう言ってくれれば、作戦を決行しやすくなる。
今更決意を鈍らせるようなことを言うのは得策ではないのに、自分は何を言っているのだろう。
アンジェラの呟きに微かに目を揺らがせたマルタだったが、静かに目を閉じたマルタはしっかりと頷いた。

「パパを止められなかったのは私の責任だもん。だから……」

一度言葉を区切ったマルタが、ぐるりと周囲を見渡した。
みんなマルタのことを心配している。
その気持ちを受け止めるようにしっかりと一人一人と視線を交わせたマルタは、最後にイガグリ老を見た。

「皆さんの力を、貸してください」

はっきりと告げるマルタの手には力が込められている。
不安に違いない。
震えるその手に手を伸ばそうとして、浮きかけた手を握りしめる。
彼女の手を握る資格なんて、アンジェラにはない。
マルタを追い詰めているのは他ならぬアンジェラ自身なのだから。
自分を責めないでいいと言っても、マルタは自分を責めてしまう。
 なら、アンジェラはどうすればいいのだろう。
ここで他人の力だけに縋っていいのだろうか。
本当に、ここにいていいのだろうか。
全ての悲しみの元凶でありながら人々を苦しませるだけ苦しませて、無力さを言い訳にして、巻込んだ人々に全てを押し付けて、無責任に嘘と綺麗事を並べて、逃げるだけ。
自分の力で何かを変えようともしない。
マルタを悲しませて、周りの人を傷つけて、それに後ろめたさを感じながらも何もしない。
これは、アンジェラの嫌っていた他力本願に他ならないのではないだろうか。
思考を巡らせ、出た答えにアンジェラは静かに拳を握りしめた。

「ならば、早速アルタミラに我らの部隊を送り込みましょう」

「私も頭数に数えて頂戴」

「僕も」

「私も……協力します。必ずお役に立ちます」

リフィルに続いて、ジーニアス、プレセアと名乗りを上げる。
彼女たちほど頼りになる人はいない。
聞けばリフィル達は何度もアルタミラを訪れたことがあるそうだ。
そこにミズホの力が加われば、数で勝るヴァンガードも敵ではない。
エミルが続かないのは、マルタを心配しているからだろう。

「……ぼ……僕は……」

 だが、エミルがリーガルを放っておけるわけがない。
マルタから視線を外し、前を見た所で遮るようにリフィルが口を開いた。

「エミルはアンジェラと一緒にマルタを守ってここに残りなさい」

「どうして!?」

「ラタトスク・コアさえ奪われなければ最悪の事態には陥らない。……そういうことだ」

おろちの言葉に、エミルは浮きかけた腰を下ろした。
ここでラタトスク・コアを奪われれば、リーガルの想いを無駄にする。
それだけではない。
今までコア集めに協力してくれた人々の想いも無駄にすることになる。
アンジェラはもどかしげなエミルを横目で見ながら、話をまとめようとしたリフィルに笑みを作った。

「私もアルタミラに向かいます」

意外だったのか、リフィルが微かに目を丸くした。
 自分を責めるなと言っても責めてしまうのなら、マルタが自分を責める原因を解決するしかない。
それがすべての元凶であるアンジェラの責任だ。
それに何より、このままリヒターを放置するわけにはいかない。
彼にとってはアルタミラを制圧し、リーガルを人質にとったのはラタトスクをおびき寄せるための罠でもあるはずだ。
全ての事に決着をつけるなら、この機会を逃せば次はない。
驚いているのは彼女だけではない。
息をのむマルタ達に気づかないふりをして、アンジェラは言葉を続けた。

「私は技術班長の任についていましたから、彼らの持つ武器のことも熟知していますし、彼らの行動パターンなら予測が付きます。それに私にはヴァンガードの元幹部として、事態を収束させる義務があります」

「だ、だったら私だって!」

「マルタは幹部じゃないでしょう。それにコアを危険にさらせないわ」

マルタを連れていけば父親と戦わせることになる。
優しい彼女に父親と戦わせるのは酷だ。
それに、万が一のことを考えてブルートが殺されるところを見せたくない。

「僕も行く!」

エミルもマルタも、先ほどの話を聞いていたはずなのにと思わず笑ってしまう。
本人はまだ知らないが、本当のコアはエミル自身。
彼をアルタミラへ連れていくことだけは避けなくてはならない。
アンジェラは真剣なエミルの目に微笑んだ。

「エミルはマルタを守る騎士でしょう?万が一のことを考えて、エミルはマルタの傍にいた方がいいわ。今、一番大切なことは、コアを奪われないことよ」

ここが隠れ里と言っても、警備を手薄にするわけにはいかない。
ミズホが大半の戦力をアルタミラに投入するのなら、マルタ一人を残すわけにはいかない。
そう説得すれば、エミルはきっと何も言えない筈だ。
予想通り口を噤んだエミルに頷いて、アンジェラは笑みを深めた。

「ヴァンガードを止めるのは私の役目。そして、コアを守るのが貴方達の役目。それぞれに役目があって、どれも大切なことなの」

分かった?と念を押せば、エミルが俯くように頷いた。
エミルにとって、コアを宿すマルタを守ることは絶対。
 アンジェラは黙り込む二人に話はまとまったと判断し、イガグリ老に視線を送った。

「善は急げと申しますからな。早速お支度を」

「それじゃあ、各々準備をすませましょう」

リフィルが頷けば、早速ジーニアスとプレセアが立ち上がった。
こうしている間にもアルタミラの状況は悪化しているかもしれない。
二人はマルタに心配げな視線を送ったが、結局は何も声をかけずに出ていった。
マルタも居たたまれなくなったのだろう。
無言で出ていくマルタをエミルが追う形で出ていった。

「意外ね。貴方はマルタ達と残ると思ったわ」

「あら、私って責任感が強いのよ」

 皆が出ていくと、息を零したリフィルにアンジェラはいつものように笑ってみせた。
それも冗談と分かっているのだろう。
そうねと相槌をうつリフィルにアンジェラも息を吐きだした。

「マルタは被害者ですもの。あの子をこれ以上苦しめるわけにはいかないわ」

マルタは何も悪くない。
悪いのはアンジェラだというのに、アンジェラが真実を明らかにしないばかりにマルタは自分を責め続ける。
ならば、自分の力で解決するしかないだろう。
何の罪もないマルタに、ありもしない罪を擦り付けるわけにはいかない。
もうこれ以上、彼女を苦しめるわけにはいかない。

「あの子は父親と戦うなんて出来ないもの。それに、そんなことさせられないわ。総帥はコアに心を狂わされているだけですもの。あの子も、総帥も……何も悪くないの。悪いのは…………」

私なのだから。
そう言いたいのに、やはり最後の一言が出てこない。
身に着いた卑怯なまでの黙秘は、こんな時まで自然と出てしまう。
アンジェラは強張った体をほぐすように、大きく息を吐き出した――――




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