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6-08:Angry.―奪われ、否定され―

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 雷の神殿を出て、サイバックへ向かう為に街道を南へ向かう。
いつもなら前を歩くのはエミルとマルタだが、今日はリーガルがマルタと並んでいる。
そしてアンジェラの隣にいるのは、気まずそうなしいなだった。

「これ、どうにかならないのかい?」

 ちらりとしいなが振り返り、眉間に皺を寄せた彼を見る。
テネブラエといい、しいなといい、所詮は子供の喧嘩だというのに気にし過ぎではないだろうか。
アンジェラは小さく笑って肩をすくめた。

「放っておきましょう。なんとかは犬も食わないって言うでしょう?」

「そりゃそうだけどさ……」

とはいえ、しいなは放っておけない性分なのだろう。
彼女は面倒見のいい姉御肌。
 なんとかしたいという気持ちは分からなくもないが、とアンジェラは振り向く気配のないマルタの背中を見た。

「こういうことは、下手に大人が手を出せばこじれるわ。手を出すなら、二人の頭が少し冷めてからね」

「それまではこのままってことかい」

「相手の話を聞く心の余裕がなければ、仲直りなんて出来ないわよ」

二人とも熱くなりやすいし、と付け加えればしいなは苦く笑った。
しいなも頭に血が上りやすい性格。
熱くなる感情を自分で制御出来ないという気持ちは分かるのではないだろうか。
 しいなが納得した所で、前方に突然煙が立ち上った。
反射的に身構えるがこの煙は見たことがある。
横を見ればしいなは警戒した様子もなく、アンジェラも構えを解けば煙から男性が現れた。

「頭領、ご裁可いただきたい件があるのですが」

「――こっちも急いでるんだけどねぇ」

確かおろちと言っただろうか。
男性の言葉にしいなは頭を掻いてちらりとこちらを見た。

「問題ないんじゃないかしら」

「そうだな。ここで少し休憩してはどうだろう。急いだところで、神殿の入り口が塞がっていてはどうにもならぬのだし」

一刻も早くコアを手に入れたいのは確かだが、今急ぐことに何の意味もない。
それにしいな達は知らないが、地の神殿にはコアはないのだ。
あそこにあったソルムのコアは既にデクスが持っている。
つまり、ここまで来たならあとはヴァンガードと直接対決を挑まなければならない。
決戦の時は近いのだ。
来るべき時に備え、力を蓄えておいた方がいいだろう。

「私は構いませんけど……」

 そんなことは知らないマルタが小さく頷く。
ラタトスクは聞こえないのか聞かないふりをしているのか頷かなかったが、何も言わないということは少なくとも反対ではないのだろう。

「しいな。すまぬがつなぎの者に社への伝言を頼めないか?」

「いいよ。じゃあ一緒に来とくれ。エミル達はここで待ってるんだよ」

リーガルの申し出を快諾したしいなは、おろちと共に少し離れていった。
残されたのはアンジェラと、マルタとラタトスク。
マルタはラタトスクに背を向け、リーガルたちの方を見つめている。
 ここで席を外したらどうなるだろうと考えていると、ラタトスクが動いた。

「……マルタ。俺が乱暴なのが、そんなに嫌なのか?」

 いつまでもマルタの機嫌を損ねたままは嫌なのだろう。
どうやら乱暴だという自覚はあるらしい。
自分の意見を主張したいのは分かるが、今のマルタでは逆効果だろう。
マルタは僅かに顔を上げたが、ラタトスクの方を見ようともしない。
振り向かないマルタにラタトスクは眉間の皺を深くした。

「マルタ!ここまでお前を守ってこれたのは俺の力だ!」

拳を握りしめて訴えるラタトスクの言葉は真実だ。
魔物を退け、ヴァンガードを退け続けられたのは彼の力があったから。
戦いの中で役に立ったのは、エミルの力ではない。
いつだって率先して前線で剣を奮い続けてきたラタトスクだ。
唇を噛み締め、肩を震わせるマルタに気づかないのかラタトスクは言葉を続けた。

「確かにあの女々しい俺に比べたら今の俺の方が嫌な奴かもしれないが、結局あいつは何も出来ないんだぞ!」

「だけど、エミルはリリーナさんを見捨てたりはしない」

 振り向いたマルタの声は思った以上に冷静さがあったが、潤んだ目に力を込めているのはよく分かる。
その表情にわずかに息を飲んだラタトスクだが、すぐに言葉を理解すると鼻で笑った。

「リリーナ?あの女を助けて何になるんだ?俺はお前を守る。コアに関係ない奴らなんてどうでもいいだろ?」

やはり彼はアンジェラの言葉など何一つ理解しようとしていない。
全ての人間を虫けらと嘲笑った彼は、マルタ以外の人間を虫けらと思うようになっただけ。
虫けらではないのはマルタだけ。
やはりラタトスクは変われないのだろうか。
 傲慢なラタトスクの言葉にマルタは大きく目を見開き、彼の全てを拒むように強く首を横に振った。

「そんなの……そんなの私の好きなエミルじゃない!あなたはエミルじゃない!」

顔を上げたマルタの目から涙が零れる。
そして拳を振り上げると、何度も何度も彼の胸を叩いた。

「エミルを返して!エミルを出して!」

その拳は小さく、弱弱しく見える。
それでもその力のない拳は彼の胸を何度も何度も叩き、ラタトスクは顔を歪めた。
彼の力ならマルタの拳を退けることは容易い。
それでも甘んじて受け止めているということは、彼女の気持ちを受け止めようとしているのだろうか。
それとも単に動けないのか、動く方法が分からないのか。
どちらにしろマルタに拒絶されることは、彼にとってマルタが思うよりも辛いことだ。

「マルタ、もういいでしょう」

 気が付けば、手が伸びてマルタの右手を掴んでいた。
これ以上彼を責めても何の解決にもならない。
ラタトスクも意固地になってしまうだろう。
だがマルタの感情はまだおさまらない。
 それでも尚拳を振り上げた彼女の名前を呼べば、震えた拳は力なく垂れた。

「……お前まで……臆病者のあいつを選ぶのか」

ラタトスクの口から零れた言葉は弱弱しく、俯いた彼は悲しげだった。
危険を冒しても、誰かを守っても認めてもらえずに拒絶される。
彼の横暴さは目に余るものがあったが、それでも今は彼に同情してしまう。
ラタトスクの悲しみに気づかないのか、顔を上げたマルタは涙を零しながら強く彼を睨んだ。

「臆病で何が悪いの!それでもエミルは、必死に私を守ろうとしてくれた!」

「危険な部分は全部俺に押し付けてな!」

受け入れてもらえない悲しみと、認めて貰えない苦しみ。
荒い声は、ラタトスクの心からの叫びに聞こえた。
彼の言葉は少しでもマルタに響いたのだろうか。
息を飲み、よろめくように下がるマルタにラタトスクは言葉を続けた。

「あいつが俺に助けを求めたんだ。もう、俺はあいつに俺を渡さない。渡さないからな!」

ラタトスクの叫びが草原に響く。
もうこれ以上話すことは何もないのか、ラタトスクが遂にマルタに背を向けた。
これでは歩み寄るどころか、二人の距離が開いてしまうだけ。
この状態ではアンジェラの言葉などラタトスクは聞かない。
暫く放っておこうと決めて、アンジェラはマルタに目を向けた。
 マルタも彼の背中を見て思うことがあるのだろう。
彼女は唇を噛み締めてラタトスクに背を向けて歩き出した。
ラタトスクが歩み寄ろうとすればマルタが拒絶し、マルタが大切なことに気づきかけても今のラタトスクは聞く耳を持たない。
そうして背を向けあえば、きっといつまで経っても平行線だろう。

「お待たせ。何とか片付いたよ」

 もう用事は済んだのだろうか。
軽く手を振って戻ってきたしいなだが、ぎこちない空気を察してくれたらしい。
背中を向けあうマルタ達を交互に見比べた。

「ってなんだい、何か変な空気だね」

「……喧嘩でもしたのか?」

「そんなところね」

 無言のマルタ達の代わりに、アンジェラは肩をすくめて笑う。
それだけで何となく察してくれたのだろう。
深く詮索しようとせず、しいなは長い息を吐き出した。

「ま、喧嘩するほど仲がいいっていうしね。ほっときなよ、リーガル」

「うむ……」

俯き、踵を返すしいなにリーガルがこちらの様子を窺いながら続いた。
ラタトスクが彼女たちに続くがマルタは地面を睨むだけで、中々動こうとしない。
 拗ねたようなマルタに、アンジェラはそっと息を零した。

「怒ってるわね」

言えばマルタは眉間の皺を深くした。
彼の態度が許せないのだろう。
目元をぬぐったマルタは顔を上げて彼の背中を睨んだ。

「あんなこと……エミルは絶対に言わない」

確かに、あの気弱でも心優しいエミルならそんなことは言わない。
早く助けようと、無事でいて欲しいと心配するだろう。
けれど、ラタトスクは違う。
エミルに出来ることが、ラタトスクには出来ない。
だがそれと同じように、エミルには出来ないことをラタトスクは出来る。

「でも、エミルはあなたをデクスから守れなかったわ。だから彼に助けを求めた」

「アンジェラはあいつの味方なの!?」

「誰も味方でもないわ。私は私の味方よ」

睨むマルタにアンジェラはにっこりと笑った。
ラタトスクだけの味方になるつもりも、マルタだけの味方になるつもりもない。
アンジェラは、アンジェラの思うように動くだけだ。

「貴女、言ったわよね?臆病でも優しいエミルと、怖くても優しいエミルも、二人ともエミルだから緒にいたいって」

「それは……」

 『エミル・キャスタニエ』という一人の人間の存在が揺らいだとき、マルタは迷わずそう言った。
何の打算もなく、まっすぐにアンジェラをみつめて。
その言葉に嘘偽りはないはずだ。
そう願って、アンジェラは口を噤んだマルタを見つめながら続けた。

「私達ハーフエルフは地上で疎まれて、地下に閉じ込められて、危険な実験を強いられて、手柄も人格も自由も全てを奪われた。そんな環境を間違ってると言った貴方は、今彼に同じようなことをしているんじゃないかしら?」

「そ、それとこれとは別でしょ!」

「そうかしら?彼は今まで、エミルが怖くて逃げていた戦いを全て引き受けてきたのよ。嘗て私が全てを人間に奪われたように、彼はその手柄の全てをエミルに奪われても、みんなにエミルだけが必要とされても、それでも貴女を守るために必死に戦い続けてきたのよ」

自分が何者かも忘れた彼は、ただマルタを守るためだけに戦ってきた。
周りがどんな目で、彼を見ようとも。
どんなに傷ついて敵を倒しても、誰も彼を称賛しない。
いつだって褒め称えられるのは、彼に戦いを押し付けてきた臆病なエミルだった。
こんな扱いをされれば、ラタトスクも快く思うわけがない。
アンジェラは遠ざかるラタトスクの背中に目を向けた。

「確かに、彼は暴力的かもしれない。でも、それだけに囚われて、彼が今まで守ってきたものをなかったことにするの?彼の努力も優しさも消えてしまうの?」

「……それは…」

当然彼にも否はある。
マルタが怒る理由も分かる。
それでも、それでも彼女だけはラタトスクの味方でいて欲しい。
あのラタトスクを変えられるとしたら、マルタだけなのだから。
視線を戻せばマルタはラタトスクの背をみつめていた。
マルタだって、ラタトスクが戦い続けてくれたことの意味を分からないほど愚かではないだろう。

「自分を否定されるのって、辛いことよ」

もどかしげで、苦しげなマルタにアンジェラは微笑んでみせた。
否定することを間違いではないと言うのなら、あの時の言葉もすべて嘘になる。
勿論、あの言葉が嘘ではないということは分かっている。
否定することは簡単で、認めることは難しい。
 それでも願わずにはいられなくて、アンジェラはまっすぐマルタを見つめた。

「リリーナを心配する気持ちも、エミルを大切に想う貴女の気持ちも分かるわ。でもそれは、今傍にいる彼の存在を否定しなければ尊重できないような安い気持ちなの?」

なんて偉そうなことを、と心の中で自分を笑う自分がいる。
アンジェラにとって信じることは難しく、疑う方が容易い。
だからラタトスクの良心に可能性を見出しても、最後の最後で信じきれない。
それなのに、自分のことは棚に上げてラタトスクを拒絶するマルタを諭そうとするなんて。
自分は、ただの卑怯者だ。

「……ごめんなさいね」

「どうしてアンジェラが謝るの?」

 不思議そうな空色の視線が上がってくる。
叱られていると思っていたのだろうか。
どこか気まずそうなマルタに思わず笑ってしまう。

「私は、難しいことばかり貴女に押し付けているからよ」

アンジェラにとってラタトスクの存在を認めることはとても難しい。
けれどマルタは何も考えず、ただ心の赴くままに人を信じることが出来る。
だからつい期待してしまうのだ。
アンジェラに出来ないことを、マルタはまるで呼吸するように簡単にやってのけることがあるから。

「そんなことないよ。アンジェラの言ってることは……正しいと、思う」

 マルタが首を横に振れば、長い栗色の髪が揺れた。
アンジェラの言葉の意味をしっかり考えてくれているのだろう。
素直な彼女が微笑ましく、ほんの少し羨ましいような気がした。


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