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6-07:Brawl.―兆しと変化―

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 最上階に辿り着けば正面の祭壇にトルトニスのコアだけが浮かび、そこには誰もいなかった。
やはりリリーナ達は地の神殿にいるのだろう。
誰もいない祭壇の間は雷鳴さえ遠く、静まり返っている。
人の気配のない空間に、マルタは静かにコアに歩み寄ると大きく肩を落とした。

「リリーナさん……ここにはいないみたい」

「では、ソルムの祭壇ということになりますね」

テネブラエの声にマルタが俯くように頷く。
コアも大事だが、リリーナの安否も気になるのだろう。
一緒に消えたのが精神を狂わされたデクスなら、不安になる気持ちも分かる。
デクス一人で消えて欲しかったが、世の中そううまくはいかない。

「だがトニトルスのコアは頂いていくんだろ?」

「当然です」

 不機嫌なラタトスクに、テネブラエが頷く。
目の前にあるコアを無視してリリーナを捜しに行くほどマルタも馬鹿ではない。
だが中々動こうとしないマルタに彼は面倒臭そうに顎でコアを示した。

「マルタ。早いとこそいつをふ化させろよ」

エミルはリリーナを心配していたが、ラタトスクは違う。
心ない一言にマルタは微かに首を動かして彼を睨み、その視線に彼は呆れたように溜息をついた。

「……何だよ。まだ怒ってるのかよ」

マルタは答えず、コアに向き直る。
そうして怒りをこらえるように握りしめていた拳を解き、ゆっくりとコアに手を伸ばした、刹那。
 突如落雷が祭壇に落ち、マルタの体が大きく吹き飛ばされた。

「きゃっ……!?」

「マルタ!!」

「危ない!」

アンジェラが声を上げたその時、ラタトスクは既に駆け出してマルタの小さな体を受け止め祭壇を見据えていた。
今のはただの落雷とはマナの質が違う。
 魔物のものか、それとも……と周囲を探っていると天井が光り出して空気が変わっていくのを感じ、アンジェラは声を上げた。

「来るわ!防御を!!」

アンジェラの声が先か、周囲に落雷が走るのが先だったか。

「うわああああっ!」

だがマルタ達は防御が間に合わず、祭壇の間に悲鳴が響いた。
これは魔術とみて間違いないだろう。
静かにボウガンを構えていると、光の中から魔物の姿が浮かんできた。

「な、なに……?」

「トニトルスのコアが呼び寄せちまったみたいだな……」

よろめきながらも立ち上がるマルタを支えつつ、ラタトスクが舌打ちする。
ベアのような大きな両腕と背中には巨大な翼。
確か、奴は地属性の魔物コーデュロイ。
コアを渡すまいと祭壇の前で雄叫びを上げるコーデュロイに、リーガルが構えた。

「倒すしかあるまい。来るぞ!」

 リーガルが駆け出し、ラタトスクも剣を抜いて駆け出したが動きが鈍い。
先ほどの雷で体がしびれているのだろうか。
治療術を詠唱し始めるマルタを確認し、アンジェラは天に向かって矢を放った。

「月華!」

降り注ぐ矢を飛んで避けるが、この矢は逃しはしない。
軌道を変えて追う矢がコーデュロイをとらえた。

「蛇拘符!」

しいながコーデュロイの前に立ち塞がり、札を張り付ければ黒い靄が蛇のようにコーデュロイを囲む。
そしてスピードが落ちた所でリーガルがコーデュロイ目がけて急降下した。

「鷹爪蹴撃!」

コーデュロイが叩きつけられた衝撃で地面がへこむ。
そしてしいなの札を腕で払って羽ばたこうとしたユーデュロイに、アンジェラは矢を放った。

「凍牙!」

狙い通り羽の付け根に刺さった矢は、右翼を凍らせていく。
これでもう宙には逃げられない。
 怒り狂い、腕を振り回すコーデュロイを避け、マルタの治療を受けた彼が大きく剣を振りかざした。

「牙連轟天襲!」

遅れを取り戻すかのように斬り上げ、半月を描くように空中で大きく強く振り下ろす。
これで前衛は大丈夫だろう。
アンジェラは少し後ろに下がると詠唱を開始した。
ここなら遮るものは何もない。

「鳳翼旋、虎咬裂斬刺!」

ラタトスクが真上に飛びつつ、回転しながら剣を振り下ろせば彼の周囲に風の刃が舞う。
さらに突進し、コーデュロイを弾き飛ばすとその先にいたリーガルが脚に力を込めた。

「白狼撃!」

狼となった闘気がコーデュロイに牙をむく。
 そして大きく吹き飛ばされた所で、アンジェラは軽く息を吸った。

「来たれ、蒼き星の覇者よ。戦渦となりて厄を呑み込め――メイルシュトローム!」

コーデュロイの足元から水が吹き上げ、渦を描きながら上空へ舞い上がる。
とどめに水柱で地面に叩きつけた所でしいなが高く高く飛び、無数の札を構えた。
彼女の元に不思議な力が集まっていく。
困惑していると、天井を見上げたリーガルの声にアンジェラ達は一斉に飛びのいた。

「あたしの力、みせてやるよ!」

空高く舞い上がったしいなが、不敵な笑みを浮かべる。
しいなが放った札は床に張り付き、それぞれが光を放つ。
艶やかな光が描くのは、見慣れない文字に見慣れない色の陣。
札が張り付けられ、床に紫色の陣が描かれていく。
そして光の柱が天高く突きあがり次々と爆発を起こした。

「風塵封縛殺!」

それは一つの爆発となり、炎が消えたときにはコーデュロイの姿はどこにもない。
召喚師としての腕は勿論だが、やはり彼女は戦闘のエキスパート、ミズホの頭領。
音も立てずにしいなが着地し、桃色の帯が揺れる。
凛としたその立ち姿に彼女の実力を再認識せずにはいられなかった。

「ふん、雑魚がしゃしゃり出てくるからだ」

 しいなの隣をすり抜け、剣を仕舞ったラタトスクが祭壇に登る。
そしてやや乱暴に祭壇のコアを手に取ると、マルタに向かって放り投げた。

「ほら、早くトニトルスを孵化させろよ」

両手で受け取ったマルタだが、彼を見る目は鋭い。
エミルだったらコアをこんな風に扱わないと思っているのだろう。
また喧嘩になるのだろうかと内心溜息をついていたが、マルタは眉間に皺を寄せたままトルトニスのコアを掲げて孵化させた。
ふわりと浮かび上がったコアは花が開くように光を放ち、その姿を球体に変える。
中心ではトルトニスの紋章が浮かんでおり、無事孵化を見届けたしいなが拳を左の掌に叩きつけた。

「よし、それじゃあリリーナを助けるために地の神殿へ行こうか」

 が、そう簡単に地の神殿へ行くのは難しいだろう。
しいなは先日のことを思い出したのか、ため息をついて腕を組んだ。

「とは言っても、あそこは地震の落石で塞がっちまってるんだよねぇ……。そろそろ開通してるといいんだけど……」

落石で塞がっている以上、進みようがないだろう。
何か抜け道のようなものがあればいいが、そんな都合のいいものが簡単に見つかるとは思えない。

「ではメルトキオ方面に戻ることになるな。だがその前に、シュナイダー院長に事の次第を報告するべきだろう」

「そうですね」

 ぐるりと見渡すリーガルにマルタが頷く。
封鎖中の雷の神殿を襲撃され、研究員が一人消息不明となれば一報入れるべきだろう。
あそこには戻りたくはないが、我儘を言えるような状況でもない。
入りたくないと言っても、事情を知っているマルタ達なら無理強いはしない。
大人しく街の外で待っていればいいだろう。
 踵を返したリーガルの後ろにつくマルタに、ラタトスクが言葉を投げつけた。

「――待てよ!」

足を止めたマルタだが、彼の方を見ようともしない。
振り向かないマルタに彼は言葉を探すように赤い目を僅かに走らせ、だがそれも不本意なのだろう。
不服そうに唇を尖らせた。

「……悪かったよ。だから、機嫌を直してくれよ」

どこかたどたどしい言葉にしいなが振り返る。
そして何か言いたげに口を開いたが、マルタが何も言わずに微かに首を動かしただけ。
それも背後の気配だけを伺うようなもので、険しい表情をしているであろうマルタの表情は見えない。
 そのままマルタが歩き始めたのを見て、彼は重い息を零した。

「マルタ……」

どこか不安げに彼女の名を呼ぶラタトスクの姿は、まるで迷子の子供のようで思わず笑ってしまう。
だがそれが気に食わなかったのだろう。
ラタトスクは赤い目でこちらを睨んできたが、彼の振る舞いは子供そのもの。
笑みを浮かべてアンジェラは肩をすくめた。

「全然心がこもってないわ。分かってないのね」

「なんだと?」

 今まで誰もが彼を拒絶しても、マルタだけは彼の存在を認めていた。
また出てきてもいいかと不安げに問いかけた彼に、彼女は迷わず頷いた。
その彼女がラタトスクを拒絶し、目を合わせようとしない。
彼は今、どんな気持ちなのだろう。
そっと息を零してアンジェラは口を開いた。

「マルタはね、馬鹿なのよ」

「あいつを悪く言うんじゃねぇ!」

声を荒上げる彼に胸の傷が痛む。
それでも今優位に立っているのは彼ではなく、彼よりもマルタを理解しているアンジェラだ。
それが何だか楽しくて、胸の痛みさえどうでもよくなる。

「貴方は今、マルタに同じ思いをさせてるわ。自分の大切なものを貶されたら怒るのは、人として当然の感情よ」

反論出来ないのか、何か言いたげだったラタトスクは何も言わずに視線を逸らした。
本当に子供だ。
だからこそ、扱いやすいともいえるが。

「本当に、マルタのことが好きなのね」

「なっ!」

 言えばラタトスクの頬に朱がさした。
彼は本当に卑怯だ。
こんな子供みたいな顔をされたら、恨むに恨めなくなってしまう。
ラタトスクがアンジェラの言葉に翻弄されているのは演技ではないのだからたちが悪い。
 必死に弁解の言葉を探しているのか、口の開閉を繰り返すラタトスクにアンジェラは小さく笑った。

「マルタは自分の為なら他人なんてどうなってもいいとか、そんなこと考えないわ。他人を身内のように考える。他人が傷つけば自分も傷ついて、見ず知らずの人の命さえ大事にする子なの」

それがマルタの長所でもあるが、彼女のような生き方はアンジェラには出来ない。
アンジェラはただ、自分の大切なものだけを大事に出来ればいい。
自分が傷つかないようにする方がずっと楽なのだから。

「そんな生き方、辛いだけなのに……」

「何が言いたい?」

だがラタトスクはまだ大事なことに気づいていない。
先ほどより落ち着いてきたようだが、眼光は鋭いまま。
 やはりこういうことには鈍いようだと溜息をつき、離れていくマルタに視線を向けた。

     
「敵を倒すだけじゃ、あの子は守れないわ。あの子を守るには、もう一人の貴方のような優しさが必要なのよ」

「あいつが必要?」

低い声に頷いて、赤い目を正面から受け止める。
怒気に胸の古傷が痛み、拳を握りしめたラタトスクは憎しみを込めた目でアンジェラを睨んだ。

「あいつはただの臆病者だ!嫌なことは全部俺に押し付けて、そのくせあいつだけが必要にされる!俺は無力で臆病なあいつが大嫌いなんだよ!」

「それは否定しないけれど、でもあなたのように自分のやりたいようにやってるだけじゃマルタは守れないわ。現に貴方はマルタを傷つけたでしょう?」

「うるせえ!俺の何が悪いんだ!」

笑って頷けば、ラタトスクは拗ねたようにそっぽを向いた。
彼にとって大切なのはこの世界でただ一人、マルタだけ。
 彼の力は認めている。
あの力がなければ、アンジェラ達はここまでたどり着けなかったかもしれないのだから。
だがそれと同時に、アンジェラはあの臆病なエミルの成長をこの目で見てきた。
臆病だったエミルがマルタの為に強くなるところを。
周囲の意見を受け入れる寛容さを身に着けていくところを。
一人の人間として、成長していくところを。
そこまで考えた所で気づいてしまって、思わず笑ってしまう。
憎んでいたはずなのに、今はエミルが成長したようにラタトスクも成長してくれないだろうかと願ってしまうのは何故だろう。
変わるはずのないと思っていたラタトスクに変わることを求めてしまうのは何故だろう。
自分も随分甘くなったものだと、思わず笑みが零れた。

「あの子にとっての幸せは自分ひとりのものじゃなくて、みんなで幸せになることよ」

 だからこれは助言だ。
ラタトスクがこれ以上自分の立場を危うくしないように、マルタ達人間から離れていかないために、マルタ達に歩み寄るために。
彼がいなければコアの孵化は出来ない。
ラタトスクは、必要な存在なのだから。

「お前がそんなくさい台詞言うとはな」

「そうね。私が一番驚いてるわ」

鼻を鳴らす彼に、アンジェラは笑った。
マルタと共にパルマコスタを旅立ってから、こんな風に考えが変わるなんて予想だにしなかった。
それでも不快な気持ちにはなれなくて、笑いがこみあげてくる。
笑うアンジェラを不満そうに睨んだラタトスクは踵を返して歩き始めた。
 それでもマルタは強がっているのは誰もが分かっている。
大股で歩いていたマルタの歩幅は段々と小さくなっていった。

「リリーナさん、大丈夫かな……」

 やがてぽつりと零し、マルタは大きくため息をついて肩を落とした。
目星はついているが、状況が状況なだけに不安なのだろう。
しいなも頷いて頭を掻いた。

「ヴァンガードと一緒に飛ばされたってのは気になるね。デクスに攻撃されたりしてなきゃいいけど……」

「奴らの狙いはコアだ。関係のない女性にまで手を出したりしないとは思うが……」

「そうね。リリーナを殺してもヴァンガードには何のメリットもないもの」

だがリリーナが心配なのはみな同じようだ。
唸るようなリーガルにアンジェラも頷いたが、彼だけはリリーナのことなど考えていなのだろう。
ちらりと視線を向ければ、やはりラタトスクは不機嫌そうに口をとがらせていた。

「心配しすぎだろ。どうせ」

「アンジェラ、しいな、リーガルさん、テネブラエ。早く行こう!」

ラタトスクの言葉を遮り、マルタが前を歩いていたリーガルを追い抜いて歩いていく。
心無い言葉ばかりの彼から少しでも離れたいのだろう。
遠ざかる背中に、ラタトスクは顔をしかめた。

「……おい、マルタ!」

「人でなしと話すことなんてない!」

振り向くことなく、マルタはいつもより大股で歩いていく。
その背中を黙って見守るリーガルと、気まずそうにちらりとこちらを見たものの、歩みを止めないしいな。
旅を始めてから何度か喧嘩はあったものの、ここまで気まずい空気になったことがあっただろうか。

「……なんだッてんだよ!くそっ!」

 忌々しげに舌打ちするラタトスクに、思わずため息が零れてしまう。
先ほど助言したと言うのに、やはりアンジェラの言葉はラタトスクには響かないらしい。

「ほら、冷たいこと言うから」

「うるせえ!」

小さく笑えば、ラタトスクは聞く耳も持たず歩き出した。
とはいえ、今はマルタに近づきたくないのだろうか。
マルタ達の数歩後ろを歩くその背中はいつもより力が入っている。

「あそこまで怒ってしまったら、下手に触れない方がいいわよ。少し頭を冷やした方がいいわ。貴方もね」

「偉そうに指図するんじゃねえよ」

「だって私、大人だもの。そんな子供みたいな喧嘩はしないわ」

 にっこり笑えばラタトスクは顔を歩調を速めた。
返す言葉がないのか、言葉を返しても無駄だと思っているのか。
後ろを振り向かないマルタ、その背中を見守るリーガル、不機嫌を隠すことのないラタトスク、気まずい空気に視線を彷徨わせるしいな。
ぎくしゃくした空気に思わず笑ってしまう。

「貴女も人が悪いですね」

「あら、何のことかしら?」

 背後から姿を現したテネブラエにアンジェラは肩をすくめて笑った。
流石にテネブラエもあの気まずい空気に耐えられなかったのだろうか。

「貴女なら、うまくまとめられるでしょう」

「買いかぶり過ぎよ。結局のところ、最後に響くのは大切な人の言葉だもの。二人が歩み寄らなければ、私がどう動いたって無駄よ」

言って肩をすくめて笑う。
丸め込むことは出来るかもしれないが、それでは根本的な解決にはならない。
どんなに正論を述べても、信頼に値する人が言わなければ意味がない。
結局のところ、最後に心に響くのは綺麗に飾り付けられた言葉ではなく、大切な人のたった一言なのだから。


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